169.事なかれ主義者は電気風呂を作った

 ファマリアの教会建設予定地の視察を終えて、屋敷に戻ろうとする頃にはだいぶ日が傾いていた。

 ファマリーの根元に設置してある転移陣で屋敷の地下室に戻ると、モニカが待っていた。


「お帰りなさいませ、シズト様」

「ただいまー。ご飯できてる?」

「はい、準備は万全です。ただ、一つお知らせがあります」


 なんかこの流れ前もあった気がする。

 何とも言えない表情になっている僕を見て、モニカさんは苦笑を浮かべた。


「お察しの通り、レヴィア様のお兄様のガント・フォン・ドラゴニア様がお越しになっていて、シズト様をお待ちです」

「まさか今日来るとは思わないじゃん……」


 王家ってそんな暇なの?

 確かに会いに来るよって朝手紙が来てたけどさぁ。

 そんな高頻度で来られたら困るんですけど。

 いや、レヴィさんに会いに来るだけならいいよ。

 それに僕が同席する必要があるからめんどい。一応婚約者だし。


「それで、そのガント様? は今はどこで待ってるの?」

「待っている間にレヴィ様とドーラ様が応対していたのですが、パメラとアンジェラを加えてボウリングの練習をされています。レーンを直す人がいないのでレヴィ様は見ているだけですが、何でもシズト様とボウリングで勝負をしようとお考えの様です」


 勝負って聞くと嫌な感じがするからお断りしたいんですけど……。

 っていうか、パメラもアンジェラも王族相手に失礼な事してないといいんだけど……特にパメラ。

 忘れがちだけど、パメラは奴隷だし無礼な事をしたら物理的に首が飛ばないか心配になる。

 とりあえず状況の確認のために、急いで屋敷から出ると、ボウリングを終えたのであろうレヴィさんたちが戻ってくるところだった。


「シズト、お帰りなさいですわ。久しぶりにシズトより早く帰る事ができたかと思えば、お兄様の相手をしなきゃいけなくなって、一番最初にお出迎え出来なかったのですわ……」

「残念ですね、レヴィア様」


 ……セシリアさんセシリアさん、レヴィさんを慰めるのは良いんだけど、あなたたちの後ろにいるイケメンが居心地が悪そうにしているよ。

 バチッと赤髪のイケメンと目が合ったので、とりあえず愛想笑いをしておいた。




 赤髪の気の強そうなイケメンさんは、ガント・フォン・ドラゴニアと名乗った。うん、知ってた。

 この国の第一王子様で、次期国王の予定だそうだ。

 国王になる気はあるかと、食堂に移動中尋ねられたので笑顔で「まったくこれっぽっちもないっす」とはっきり即答しておいた。言葉にするの大事。

 食堂で食事をゆっくりとしながらレヴィさんとガントさんの話を聞く。

 口の中に物が入っていれば喋らなくていいだろう、という事でもぐもぐと念入りに咀嚼していると、壁際に控えて立っていたラオさんが、半目で見てくる。

 何すかその目。僕は今、食べる事に忙しいんすよ。


「シズト、食事の後は普段何をしているんだ?」

「……え? あ、はい。ご飯の後はお風呂です」

「そうか。じゃあ、男同士、裸の付き合いとやらをしよう。そうすれば、勇者たちの世界では仲良くなれると伝わっている」


 勇者! 変な知識残さなくていいから!

 ルウさんが残念そうに肩を落としているのが視界の端に映った。

 そう言えば、今日はルウさんが担当の日だったっけ。

 ……悩みどころだ。


「お兄様、食事を食べたらお帰りになるのではなかったのですわ?」

「なに、弟になる者と仲を深めておこうと思ってな。レヴィには分からんだろうが、男だけの時にしか話せん事もあるんだ」

「護衛とかってどうする感じですか……?」

「俺には不要だが、シズトには必要か……」

「それならば私が一緒に入りましょう」


 壁際に控えていたジュリウスさんが前に進み出て跪いてそう言った。

 まあ、そうなるよね。

 ラオさんをチラッと見ると、腕を組んだまま特に反応はない。

 ジュリウスさんがいたらだいたい大丈夫って言う信頼があるようだ。


「今日はお姉ちゃんの番なのにぃ~……」


 なんか聞こえるけど、放置して食事を続けた。ルウさんと一緒にお風呂入る時はいろんな意味で油断できないから、落ち着いて入れないので……。

 食事が終わると、ジュリウスさんを先頭に、ガントさんと並んで歩く。

 ガントさんはラオさんたちほどじゃないが背が高い。

 それに、体つきががっしりしているからか、並んで歩くと威圧感がやばい。


「……先程呼び捨てで呼んだが、気に障ったか?」

「え?」

「いや、呼び方を考えたのだが、弟であれば呼び捨てが妥当かと思ったんだ」

「あー、大丈夫ですよ……?」

「そうか。レヴィは略称で呼んでいなかったのでな。俺がシズトを略称で呼ぶのはどうかと思ってな。ああ、それとシズトも敬語を使わんでいいぞ。あと、レヴィのようにお兄様と呼んでくれて構わん」


 ちょっといきなりそれはハードル高いっす。




 浴室の中、男三人並んで体を洗う。

 右にジュリウスさん。左にガントさんだ。

 ジュリウスさんが「お背中流しましょうか?」と確認してきたから丁重にお断りすると、その後にガントさんが同じように聞いてきた時には焦った。

 王族の人が他の人のお世話するのってどうなの、って思ったけど、どうやらガントさんは弟が欲しかったらしい。


「下は二人いるが、どちらも女でな。流石に一緒に風呂に入る訳にはいかんだろう? 弟はできないか、と真剣に悩んでいた時期があったんだ。いや、今でも思うな。友人の一人が弟に乗馬や剣術を教えているのが羨ましくてなぁ」

「そういうのは間に合っていますのでぇ」


 自称お姉ちゃんの次は、ガチの義兄かぁ。

 ちらりと横目でガントさんを見ると、鍛え上げられた筋肉が目に入る。

 筋トレの仕方だけでも習おうかな?

 ……魔道具でやれば必要ないか。

 体を洗い終わったのでお湯に浸かる。柚子の香りが疲れを癒してくれるような気がする。

 いや、肉体的には疲れてないけど、精神的に現在進行形で疲れてるから。

 のんびりとお湯に浸かっていると、ジュリウスさんが黙って隣に腰かける。

 ガントさんは、座らずに興味深そうに打たせ湯を見ていた。


「アレも魔道具か?」

「そうですよ。お湯が出てくるだけですけどね」

「この浴槽も?」

「そうですねぇ。お湯が溜まるだけですけど」

「さっき使っていた物も全部そうか」

「お風呂に妥協はできないのでぇ」

「勇者の風呂好きは本当なんだな」


 この世界の人たちと比べたら、日本人はお風呂好きなんじゃないかなぁ。

 とりあえず、気になるんだったら打たせ湯試してみたらいいと思う。

 打たせ湯をガントさんに薦めたら、思いのほか気に入ったようで、彼はお風呂から上がるまでずっと湯に打たれていたのだった。

 おかげであんまりお喋りしなくて済んだが、ガントさんは長風呂をするタイプの人の様だったので、新しく浴槽を作って電気風呂を堪能した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る