幕間の物語74.侯爵令息は安らかに眠った

 ユウトの眼下にはアダマンタイトのドームが傷一つなくあった。

 わざわざ詠唱までして放った上級魔法ですら焦げ目をつける事もできず、加護を用いた無詠唱での度重なる魔法攻撃ですらその周囲の舞台を破壊するしかできない。


「丸ごと持ち上げるしかないか?」


 対戦相手であるシズトからの攻撃は、卵を持っているのにも関わらず皆無だった。

 アダマンタイトのドームを破壊するために隙を晒したが、シズトがとった行動は、飛んでくる石礫や爆風から自分を守る事だった。

 鍛えている様子も見受けられず、身体強化の魔法を使っている様子もない彼を見て、改めて戦闘の経験が少ない事を確信したユウトは、高度を下げる。利き手である右手から出る炎を慎重に調整しながら相手陣地に近づいていた。

 シズトが魔法の射線上に入るように移動してもよかったが、どうせアダマンタイトで防がれるだろうと判断してのことだった。

 ゆっくりと警戒しながら降りていくと、シズトが再びアダマンタイトの塊をぐにゃりと形を変えさせた。

 液体の様に形を自在に変えるそれらは、細く長く伸びてユウトに迫る。


「まあ、攻撃にも使えるだろうとは思っていたがな」


 シズトが伸ばすアダマンタイトから逃げていると、シズトは近くに鈍く輝く金属の塊を何もない空間から取り出した。舞台上を横断するその鉄の塊は、シズトに触れられるとぐにゃりと形を変えて、凄まじい速さで床に広がっていく。


「シズト様も加護の同時行使か!? 加護を普段から使って慣れているのでしょう。滑らかに鉄が床一面に広がっていきます。それでもまだまだ鉄の塊は余っている! 一体どれだけあるんだそれはーー!!」


 触手の様に細く長く延ばされた複数のアダマンタイトよりも数倍速く動く鉄に意識が持っていかれていたユウトが、何かに気づいた様子で突然炎を今までの倍以上放出して急降下する。


「ユウト様が急降下! いやー、ユウト様も気づいたようですねー。シズト様はアダマンタイトを加工してユウト様を捉えようとしていたが、それは囮! ユウト選手をぐるりと取り囲むように、視認し辛いほど細くされたアダマンタイトの群れが、彼を背中から襲おうとしていたが、何とか気づいて逃げる! 逃げる! 逃げる! 片手だけでの飛行で普段よりも飛び辛いだろうが、しっかりと逃げているー--!!!」


 実況のボビ―の声が闘技場に響く中「バレちゃった」とベロを出すシズトはさほど残念そうな様子はなく、真剣な表情に戻る。

 ユウトが鉄の床すれすれを飛んで追撃をかわす中、鉄がぐんぐんと柱を形成していく。

 柱と柱の間には、人が通れない程度の隙間がある格子が鉄によって作られていき、鉄の柱の先端から広がった鉄は、天井を作り上げた。

 アダマンタイトの量がどんどん減っているが、鉄はまだ十分余裕があるようだ。


「これで閉じ込めたつもりか! メルトバーナー!」


 このまま鉄の檻の中で逃げ回っても後手に回ってしまうと判断したユウトは、無詠唱で魔法を放つと、それによって天井は穿たれ、天に向かって青い火柱が立った。

 火柱が消えると今まで以上の速さで穿たれた大穴に向かって飛ぶユウト。

 ただ上に飛ぶだけなので最高火力で飛ぶ事ができたユウトは、あと少しで大穴から外に飛び出せそうなところで、大穴がなぜか太陽の光を浴びて金色に光輝いているのを見た。


「【加工】!」


 シズトの声が下から聞こえた時には既に遅く、軌道を少し変えただけでは間に合わなかった。

 極限まで細く作られたアダマンタイトの糸の体積が一気に増して大穴を埋め、さらに天井を黄金に塗り替えた。

 天井に自分から叩きつけられたユウトを、天井から伸びたアダマンタイトの触手が囲い込み、彼の手足に纏わりついて固定化すると、ユウトは天井から身動きできなくなってしまった。

 なぜか卵を抱えた左手にはアダマンタイトがまとわりついていないので、しっかりと抱え込み、自身の周囲を炎の壁で覆う。

 ユウトは、アダマンタイト相手にこんな事しても意味ないだろうが、と自嘲気味に口元に笑みを刻みつつ、真下でなぜか痛そうに顔を顰めているシズトを見た。怪我をしている様子は見受けられない。


「卵をおとなしく渡してくれると助かるんだけどなー」

「ハッ。そんな事する訳なかろう! もしも貴様が奪ったとしても、卵に触れた瞬間、消し炭にしてくれるわ!」

「えー、それは困るー」


 全然そんな風に見えないシズトは、眉間に皺を寄せて首を傾げている。


「シズト様は攻め手に欠けるのか、作戦を考えているようだ! 対するユウト様は捕まったとしても諦めずにカウンターの構えだ! このままむやみに卵に触れれば大火傷は避けられないが、シズト様はどうする!」

「うるさいなぁ。まあ、それが仕事なんだろうけど、もうちょっと静かに盛り上げて欲しいよね。ってか、やる気満々じゃん。大怪我しちゃうよ、その魔法」


シズトの指摘に対して、ユウトの表情から感情が抜け落ちた。

しばらくの沈黙の後、抑揚のない声でシズトに問いかける。


「……お前も、心が読めるのか?」

「魔道具を使ってね。じゃなきゃ最初の防衛の時で死にはしなかっただろうけど怪我はしてたと思うし、だいぶ助けられたよ。お喋りしてるとずんぐりむっくりなおっさんたちが突撃してきそうだし、さっさと終わらせようか。カウンターは嫌だから、ちょっと夕方くらいまでお昼寝しててよ」


 シズトが鉄の床に触れると、鉄がシズトを乗せたままどんどん柱を作ってシズトを上に運んで行く。

 そうして、天井付近まで近づいたシズトは、天井に触れながら「【付与】」と小さく呟く。

 シズトを中心に、天井全体に魔法陣が刻まれていき、シズトが天井から手を離すと同時に淡く輝く。

 魔力が魔法陣に吸われるのを感じると共に強い睡魔に襲われるユウト。その睡魔に抗う事はできず、ユウトは深い眠りに落ちて、抱えていた卵を手放したのだった。

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