154.事なかれ主義者は舞台に立った

 みっちりジュリウスさんに稽古をつけてもらって一週間が経った。

 ファマリーの周辺をぐるりと取り囲むように聖域の魔道具が設置され、テントとかがたくさん並んでいる。観光客同士のいざこざに対処するために、頭がふさふさになったアルヴィンさんが率いるドラン軍が巡回している。

 テントの群れの中で、ドーンと目立っているのは神様たちの像だ。台座の上に実物の倍以上の大きさで作ったそれらは、黄金に輝いていた。鉄の像を覆うようにアダマンタイトを薄く纏わせたんだけど、ちょっと悪目立ちしすぎてるかな?

 どういう神様かは台座にしっかり刻んでおいたので、変に伝わる可能性は減るだろう。

 南に配置したファマ様の像を守るようにたくさんのエルフが集まっていると報告されたんだけど、エルフ以外を追い払い始めたら退いてもらおう。今は像を取り囲むように集まって跪いているだけらしいし、害はないだろう。

 大量のお金を払い、大量の魔術師を使って突貫工事で作られたらしい円形闘技場の貴賓室でのんびり過ごしていると、闘技場のいたるところに設置した魔動拡声器から声が響く。


「奴隷部門の最優秀賞は、一番大きく、美しい花を咲かせた、ブラッドリー! 皆様、惜しみない拍手を!」


 火傷痕が酷い少年が舞台上でおどおどとしている。無事、怪我が酷い奴隷が最優秀賞を取れたようだ。まあ、取れなくても取れる機会がある、と思って貰えれば今後もその機会を逃さないように一生懸命頑張るだろう。

 最優秀候補に残ったのはほとんどが僕の奴隷だったけど、中には主人から賞品を手に入れるために出場させられたのだろう身なりの良い奴隷たちもいた。全員綺麗な女性だったから大事にされていたのかもしれない。

 その女性をジーッと見ていたら、武装をしたルウさんが覗き込むようにして僕の顔を見てくる。


「シズトくん、大丈夫? 表情が硬いわよ?」

「この部屋が落ち着かないんだよ。無駄に広いし、周りから注目されてる気がするし。っていうか、観客どんどん増えてるし……ちょっとやりすぎたかも」

「賞品があれだったらこれでも少ない方だろ。舞台を二週間で作り上げた者たちに感謝だな」

「こんな舞台じゃなくてもよかったのに……」

「『龍の巣』をやるんだったらこのくらいの広さは必要だから仕方ねーだろ」

「観客席とか要らないって話なのー」


 っていうか、なんでコロッセオみたいな感じなの。絶対以前の勇者の影響でしょ、これ。

 余計な事をしてくれたな、勇者たちめ……。

 豪華なドレスを身に纏ったレヴィさんが、最優秀賞を取った奴隷と何か話していたが、話が終わったようで次の部門の表彰をするための準備が進む。

 それを眺めていたら貴賓室の扉がノックされた。武装をしたラオさんが扉を開くと、近衛兵の一人が入ってきた。ミスリル製の鎧が輝いている。やっぱりミスリル製の像でもよかったかなぁ。盗まれるかもしれないからと言われてやめたけど。


「そろそろお時間です」

「はーい」


 普段着ない、ちょっと派手な刺繍が施された服を汚さないように気を付けつつ立ち上がると、近衛兵に案内されるままついて行く。ラオさんとルウさんも後ろを黙ってついて来る。勝負の時が迫っていた。




 動きやすい服装に着替え終わると、右手の中指には青い宝石の指輪を、左手の中指には赤い宝石の指輪を嵌めた。どちらも付与して魔道具化したものだ。それっぽいから腰に剣でも装備しようと思ってアイテムバッグを漁るが、愛用にする予定のトークソードがどれだけ探しても見つからなかった。ノエルがきっと解析中で部屋のどこかにおきっぱにしてしまっているのだろう。

 万が一の時のための帰還の指輪を右手の人差し指に嵌めておく。台座に魔石がセットしてあるのを念のため確認した。転移先ではモニカがエリクサーを持って控えてくれているはずだ。即死じゃなければ何とかなる……はず。

 その他にも腕輪やら何やら身に着けていると何だかゴチャゴチャしてきた。すべてを身に着けるのは無理なので、後は必要に応じてその場でアイテムバッグから取り出すか即興で作ろう。今回の主役はあくまでプロス様の加護の予定だけど、出し惜しみして負けたら目も当てられないし。

 準備が終わり、案内の兵士に連れられる形で、通路を歩いて行くとざわめきがだんだん大きくなってきた。

 屋外へと出て姿が見えたのか、観客たちの声がさらに大きくなった。その声を意識から無理矢理追い出して、正面を見ると既に相手は舞台上に上がっていた。腕を組んでこちらを真っすぐに見ている。僕はギュッと、読心の魔道具である扇子を握りしめた。

 石で作られた階段を上り、舞台の中央へと歩いて行く。歓声がだんだんと小さくなっていき、舞台の中央で待っていたユウトと対峙する頃には静まり返っていた。先程までの歓声が幻聴だったかのように静まり返った闘技場内に、主審を務めるジュリウスさんの声が響く。


「この度の主審を務めさせていただきます。ユグドラシルから来ました、世界樹の番人ジュリウスです。勝負の前に、シズト殿から、一つ条件の追加の希望がありました。『どちらが勝っても恨みっこなし。勝っても負けても直接的、間接的問わず誰か他者を呪う事がないように』との事ですが、ユウト殿は承諾なさいますか?」


 今まで真剣な表情だったユウトが、鼻で笑った。レヴィから聞いたんだな、と思った彼は、表情をすぐに真面目な表情に戻して頷いた。


「いいだろう。たとえ負けてしまったとしても、誰も恨まない事をここに誓おう」

「では、改めて誓文を交わし直しますので、皆様は少々お待ちください」


 勝負を受けなかったら邪神の信奉者をけしかけようか、と考えていたらしいのに、案外素直に承諾するんだな。勝負をしたら勝つ自信があるからだろうか。それとも、本気でそうしようとは思っていなかったのか。

 まあ、どちらでもいいや。僕がやるべき事は変わんないんだし。

 とにかく死なないように、気を付けつつ、できる範囲で頑張ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る