幕間の物語61.勇者たちのお買い物
住宅街の中にひっそりと紛れ込むようにある魔道具のお店サイレンス。
その店の前に、明と姫花がいた。
その二人を近くでお喋りをしていたふくよかな奥様方が見て、ひそひそと何か話をしている。
勇者として有名なのは考え物だな、と明は嘆息した。
「このお店で間違いないですね。入りましょうか」
明の後についてくる姫花は考え事をしているようで、返事はない。
明は気にせずに店の扉を開ける。
店内は物で溢れ、通路が狭くなってしまっていた。
「どいて!」
「じゃまー」
小さな子どもたちがその狭い店内を走り、明たちを押しのけて外に出て行く。
先程まで騒がしかった店内が、一気に静かになった。
忙しい時間帯を避けて彼らが来た事もあり、店内に人は少ない。
店員が並んで座っているカウンターに、物を避けながら近づいていくと、気だるげに机に突っ伏していた店員が体を起こした。
「今、街の噂の中心の勇者様たちが、何の用だい?」
帽子を目深に被り直して問いかけたのはユキ。
名前通り短くて真っ白な髪に健康的に焼けた褐色の肌。面倒そうに細めて明を真っすぐに見る黄色い目が特徴的な店員だ。体をすっぽりと覆うローブを着ているが、明らかに大きな胸部を少し見て、陽太がいなくてよかったな、と思う明。
彼がいたら口説き始めて話がややこしくなるだろう。
それを見越して姫花は、サボってここにいない陽太の事をとやかく言わなかったのかもしれない。
そんな事を思いつつ、明は口を開いた。
「ダンジョン都市ドランに初めて来たので、せっかくだからダンジョンに行くつもりなんです。何か有用な魔道具がないかと思いまして」
「例えば、どんなのが欲しいのかしら」
「伝達系の魔道具とかですかね」
明が言うと同時に、もう一人の店員であるホムラが杖を振った。
日焼けをした事がないような真っ白で綺麗な肌に、床まで伸びている長い黒髪が特徴的な女店主だ。
口元には笑みを浮かべているが、紫色の目は笑っていない。
まだまだ営業スマイルは勉強中のようである。
彼女たちの背後にある大きな棚の一つが勝手に開くと、中から全く同じ装飾の指輪が複数出てきた。
「着用者の魔力を使うタイプです。試しに使ってみますか?」
「それでは、遠慮なく」
ホムラが二つの指輪を手に取り、一つは明に渡してもう一つは自身の指にはめた。
明はそれを真似て指輪をはめる。
「リンクさせたい指輪同士をはめた状態で、重ね合わせます」
ホムラが拳を握って明の方に突き出すと、明も拳を握り、指輪同士がぶつかるように合わせた。
「それから魔力を流して、これで事前準備完了です」
「なるほど、便利ですね。ただ、こういう魔法は傍受される恐れがあると思うのですが」
「魔物相手であれば問題ないでしょう」
「それもそうですね」
明たちが指輪を付けた状態でしばらく話し込んでいると、姫花を気だるげに見つめていたユキが彼女に話しかけた。
「そちらの聖女様は、この前の鞄の事かしら?」
「え? あー、うん。そうよ。アイテムバッグ、可愛い物が欲しいなって思ったんだけど」
「けど?」
「使えれば今はどうでもいいかなぁ、って」
「買っておいてください」
「……さっきまでは無駄遣いするなって言ってたじゃん」
「状況が変わったんです」
明は指輪に視線を向け、その後にユキに視線を移した。
その視線の意図するところは何なのかは分からないが、頼んでもいいなら頼んでしまおう。
表情が明るくなった姫花はポーチを差し出した。
「じゃあこのポーチをアイテムバッグにして!」
「……アイテムバッグはその特性上、バッグの口よりも大きなものは入れられません。それでも大丈夫ですか?」
「マジ?」
「マジです」
どうしようかな、と姫花がチラッと明を見る。
「問題ないんじゃないですか? どうせ僕か陽太が持っているアイテムバッグに倒した魔物の素材を入れる事になるんでしょうし、下着とか服とか入れる程度でしょ?」
「あーね。じゃあこれアイテムバッグにして!」
「どのくらいかかりますか?」
「魔道具師の気分次第なので何とも言えませんね。割増料金を頂けるなら口添えしてもいいのですが……」
「あまり長い間、ドランにいるわけではないので早めにしてもらえると助かります。他にも魔道具を買いたいですし、ある程度割引してもらえると嬉しいんですけど」
「魔道具師に依頼があった事を伝える程度ならこのくらいでしょうか」
「え!? たっか!?」
「その値段で伝えるだけですか……」
「オーダーメイドのアイテムバッグですから。嫌ならダンジョンで気に入るデザインのアイテムバッグが見つかるまで探すか、マーケットで探すといいと思います。見つかるまでどれだけかかるか、分かりませんが」
「勇者様たちならこのくらいポンと出せるんじゃないかしら。もし急ぎで作るなら、この2倍は出して欲しいわね」
「う~~~……あきら~、ちょっとお金――」
「私物ですよね」
「いいじゃんちょっとくらい! ケチ!!」
「侍らせてる人におねだりすればいいんじゃないんですか? ちょっと話し合いで忙しいので、買うなら買っといてください」
今後の事も考えると気が進まないんだけど、と姫花は思いつつ一緒に店内に入ってきていた男をチラッと見る。
だが、すぐに目を逸らされた。
結局、姫花は自分の財布からお金を出すしかなかった。
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