幕間の物語56.仲間たちの欲しい物
都市国家ユグドラシルにある宿屋の中でも、異世界転移者たちからの評判が高い宿『ふるさと』に、シズトたちは宿泊していた。
一日目にお風呂を満喫した彼らだったが、二日目はひたすら部屋の中で過ごしていた。
朝風呂に入ったシズトの髪はまだ若干濡れていたので、今日の世話係であるホムラが魔道具を使って髪を乾かしていた。
眉間に皺を寄せて何事か考えているシズトを、部屋でのんびりしていた者たちが気にしていた。
「……ねえ、ホムラ」
「なんでしょうか、マスター」
「ホムラは何か欲しい物ある?」
「…………マスターが欲しいです、マスター」
「流石に僕は誰かにあげられないかなぁ。……僕のドッペルゲンガーみたいなの作って動かせばワンチャン? そうなると、やっぱりランクの高い魔石かな?」
「偽物は不要です、マスター」
「あ、はい」
「レヴィア様が仰っていた『賠償』に関する事でしょうか、マスター」
「うん。考えてみたんだけど、特に欲しい物がないんだよねぇ。魔道具で結構儲かってるみたいだし、お金で買える物なら自分で買えそうじゃん?」
「そうですね、マスター。……Aランクよりも上の魔石はどうでしょう? Aランクよりも下の魔石は、ダンジョン都市に住んでいる事もあり、金に糸目を付けなければ手に入ります。ただ、それよりも上となると、ほとんど出回っていない事もあって難しいです。ですが、どこかの国が所有している可能性はあるかと」
「確かに、そういう物は献上される事も多いですし、ありかもしれないですわね」
二人の会話に入ったのはこの国の第一王女であるレヴィアだ。
彼女が胸元が大きく開いたVネックの黒いネグリジェ姿のまま過ごしているため、シズトはそっちに視線を送らずに相槌を打つ。
「レヴィさんは欲しい物あるの?」
「そうですわね。物、となると難しいのですわ。だいたい何でも買ってもらってましたし」
「なるほど。流石王女様」
「レヴィア様の場合は、加護の事もあって甘やかされてきたのもあります」
長いスカートのメイド服をきちっと着こなしたセシリアが補足をした。
シズトが作った魔道具である『加護無しの指輪』のおかげで加護に振り回される事もないレヴィアだが、それがなかった頃は悪意に晒されるのを恐れ、あまり外に出なかった。
そんな彼女を両親は不憫に思い、望んだ物は持てる力を使って手に入れてきた。それが彼女の悪評に繋がり、さらに傷つける事になったのだが。
セシリアは、アイテムバッグから取り出した魔道具で紅茶を淹れて長机の上に並べていく。
部屋の好きな所で好きなように過ごしていた面々が長机を囲んで座った。
「強いてあげるならば、ドラゴニアにはない植物の種ですわね。ファマリーの周辺と屋敷の二カ所で育ててみて、世界樹の近くであればどんな物でも育つのか、それともシズトの加護の力でどんな物でも育つのか実験してみたいのですわ。加護の力であれば、よりファマ様の力を広めていきやすくなると思うのですわ」
「なるほどなー。……そう言えば、魔物の中に植物っているの?」
「いるな。トレントとか、吸血木とか」
「マンドラゴラもいるわね。他にも色々いるけれど、どれも大変な事になるから街中での栽培は禁止されてるわ」
「街中で育てるのが難しいなら魔物系の植物は要らないかな」
髪が完全に乾いたのを手で確認すると、シズトも大きな長机の空いてる座布団の上で正座をした。
ホムラも魔道具をしまうと、シズトの隣で、真似をして正座をする。
「ラオさんは何か欲しい物あるの?」
向かいで胡坐をかいて座っていたラオにシズトが尋ねると、顎をさすりながらラオは考える。
彼女が座っていて下半身が見えない事もあり、普通にタンクトップを着ているように見えるだけなので、シズトはまっすぐにラオを見て返答を待つ事ができた。
「そうだな……アダマンタイトとかの聖武具とかいいかもな」
「アダマンタイトって?」
「最も硬い金属だな。ダンジョンで見つかるのは全て加工されたもので、どうやって加工するのか未だによく分かってねえ」
「加工……なるほど?」
「……また変な事考えてんじゃねぇだろうな?」
「いや、ちょっと気になる事ができただけ。ルウさんは? 何か欲しい物ある?」
「そうねぇ。シズトくんのお世話で使うための物を買い揃えたいわ! お布団も最高品質の物にして……服も肌触りを気にしてたし」
「それなら現金でもらった方がよさそうだけどな」
「その国独自の服を送ってもらってシズトくんに着てもらうの!」
「普通のじゃないと着ないからね?」
「そんなぁ~」
しょぼんとしているルウから視線を移して、紅茶を味わっているドーラを見るシズト。
ちゃっかりシズトの隣に座っていた彼女は、寝間着にしているぶかぶかの長袖の服を着ている。
「ドーラさんは何か欲しい物は?」
「……魔道具。宝物庫の」
「マスターの魔道具に何かご不満が?」
「ない。ダンジョン産の物があれば、ノエルが何か法則を見つけるかも」
「いざとなった時に宝物庫クラスの強力な魔道具を、シズトが量産する事も可能になるのですわ」
「まあ、それもありなのかなぁ。クーは……寝てるか。どんだけ寝るんだろ」
「起こしますか、マスター?」
「寝かしてあげよ? こういうとこでだらだら惰眠を貪るのも贅沢だろうし」
「かしこまりました、マスター」
シズトは、すやすやと眠っている小柄な少女からセシリアへ視線を移す。
視線を受けて、聞かれるよりも前にセシリアは口を開いた。
「来客用に食器類を揃えてはいかがでしょうか? これからもシズト様の所にそれなりの身分の方がいらっしゃるかと思いますので」
「いらっしゃってほしくないけど、まあ、ありだよね」
話で挙がった物品をダンジョン産の紙にまとめ、それを眺めてシズトは思う。
「これ、皆が欲しい物って言うか、あったら便利だな……とかそんな感じの物じゃない?」
「そりゃ、シズトの側にいりゃ、だいたいの物が手に入っからな」
「一番欲しい物はシズトくんからしか貰えないもの。仕方ないわ」
「そうですわね。私たちが頑張って手に入れるしかないのですわ」
女性たちが顔を見合わせて笑い合っているのを見て、シズトはただただ、きょとんと首を傾げて見ていた。
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