幕間の物語40.魔法生物はこれからも寝かしつけると決めた

 安眠カバー。それはシズトによって作り出された魔道具。その魔道具に刻まれた魔法陣に触れた者を一定の時間まで深い眠りに誘う魔法の道具だ。

 どれくらい深いかというと、普段使われている少年がどんな事をされても起きず、周りがどんなに騒がしくとも目を覚まさないくらい深い。夢を見させない副次的な効果もあるようで、とある神様を泣かした事があるくらい強力な魔道具だ。

 シズトと親しい関係の者しか知らず、意図的に知られないように管理されている魔道具だったが、それは魔物だろうと問題なく効果を発揮した。

 霧に包まれた道路の真ん中で、安眠カバーが着いた枕を使って眠りについている美しい青年がいた。美しい金色の髪は肩のあたりまで伸びており、端正な顔立ちから女性のようにも見える。病的なほど白い肌を見ても、シズトには人間のようにしか見えなかった。

 胸が上下に規則的に動き、起きる気配はない。

 シズトが魔道具を作って討伐する予定ではあるのだが、なかなかシズトが動かなかった。


(マスターの世界では、殺人はこの世界よりも忌避されているようですし……難しいのでしょう)

「私が代わりにしましょうか、マスター?」

「………いや、がんばる」


 道路を覆うようにして薄く伸ばした鉄の板に魔法陣を【付与】をして、その魔法陣の上に【加工】と【付与】をした円柱状の筒の様な形のものを配置するだけならできる。そう判断してシズトは作業を開始した。

 刻むのは火魔法の中でも上位に位置する魔法。使う魔石はBランクを複数個使う。この時点で赤字なのだが、シズトはそれについて考える余裕がない様子だった。

 鉄の板に刻んだ魔法陣の中央にヴァンパイアを寝かせ、魔石を入れた円柱型の筒の様な物を置いていく。八個置いたら鉄の板に刻まれた魔法陣が置かれた場所の線からだんだんと淡く光っていき、魔法陣全体が青白く光る。

 その魔力に反応してやってくるグールたちをホムラが全力を持って対処をしていく。


(マスターの邪魔はさせません)


 ドーラとラオはシズトの側に控えてもらったおかげで、魔物に集中する事ができる。魔力の高まりを感じつつ、ホムラは一足飛びに気配のする方へ跳んだ。魔力を帯びた霧が出ていようが、暗闇だろうが、魔法生物の彼女にはあまり関係がなかった。人間離れした五感と、人外の力を持ってグールたちを駆除していく。

 そうしている間にも魔法陣に魔力が充分に溜まり、いつでも発動できる状態になっていた。

 一通り片付けて、一度シズトの様子を見ておきたかったホムラがシズトのそばまで戻ると、シズトは魔法陣の前で立ちすくんでいた。


「……本当に、人間じゃないんだよね?」

「そもそもこのダンジョンにアタシら以外いねぇよ」

「間違いなく魔物」

「人間だったとしても、私たちに向けて魔法を使ってたのは間違いなかったわ。お姉ちゃん、この目で見たもの」

「私が起動させましょう、マスター」


 多数のグールが近づいてくる音や気配を感じ、あまり時間がないと判断したホムラはシズトが持っていた最後の筒を取り上げようとした。が、シズトは離さない。


「……いつかは、やらなきゃいけない事でしょ?」

「そういう事は私たちに任せていただいて構いません、マスター。そのために私たちを作っていただいたのですから。煩わしい事はすべて私たちに任せていただいて、楽しく過ごしていただければいいのです」

「楽しく生きていても、厄介事には巻き込まれる可能性が高いじゃん。万が一、誰かを殺める必要がある時に躊躇して、それのせいで皆が傷つくかもしれないなら、少しずつ慣れていく必要がやっぱりあると思うんだよね。ゴブリンから少しずつ慣れていけばいいって話だったけど、目の前の寝てる人もゴブリンと同じ魔物だし、練習するなら人に似てる魔物の方が実践的だし。今回の魔法は跡形もなく燃やし尽くすみたいだから血を見なくて済むし……」


 ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように話すシズトの視線はヴァンパイアから一度も逸れない。

 許可を貰わず、無理矢理しようか、とホムラが考えたところでグールが思ったよりも早く近くまで来ている事に気づき、ラオとドーラを一瞥した後、ホムラはその場を離れた。

 ホムラがグールの相手をしてしばらくすると、背後から爆音とともに凄まじい熱量を感じた。ただ、シズトが無事な事はシズトに作られた魔法生物である彼女にとって分かり切った事だったので、気にせずグールの駆除を続けた。




 命を奪う事。それはシズトの世界では、あまり経験しないという事は作られた時に流れ込んできたシズトの知識からホムラは知っていた。

 自分の意志で命を奪ったのは蚊等の小さな虫くらい。その虫でさえ、極力殺さなくて済むなら捕まえて逃がしていたのを知っていた。何より、豚や牛等の哺乳類は殺した事がないのも知っていた。

 だから、命を自分の意志で奪ったらどうなるか危惧していたホムラだったが、シズトは表面上はいつも通りのように見える。


「なんか、実感が湧かないんだよね。害虫だと思ったのが良かったのかな」


 体を隅々まで洗われながらもボーッとした様子で特に反応を示す様子のないシズトが、そんな事を言いながら、にへらっと困ったように眉を下げながら笑う。そんなシズトの様子を見てホムラは思う。しばらくは必ず安眠カバーを使って眠らせよう、と。


(ただ、今指摘したら今までしたかった身の回りの世話を止められるような……指摘しないでおきましょう)


 ホムラは特に返事をせずに黙々とお世話をし続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る