84.事なかれ主義者と霧に包まれた路地裏

 亡者の巣窟の二十階層以降に挑戦し始めて三日目。二日目は建物の配置が微妙に違う霧に包まれた街をグールの襲撃を撃退しながら進んで、二十五階層の下へ続く階段がある建物で夜を迎えた。いや、外の景色が全く変わらないから夜なのかどうなのかいまいちよく分かんないけど。

 結局、夜の見張りをする事もなく、ぐっすりすやすやと安眠カバーを使って眠らされていた訳だけど、今更何か言っても眠らされるのは変わらないので諦めて味気ない食事を済ませる。

 二十六階層に降り立つと、街並みは一変していた。

 今までが大通りがたくさんある街で大通りを歩いていた僕たちだったが、今度は住宅密集地のような街だった。迷路のように道が入り組んでいて、霧に包まれている事もあり正直地図がなかったら迷っただろうな、って思う。以前攻略していた人たちは屋根伝いに進んでいたらしいが、罠が大量にあるらしい。


「ラオさん。予定通り、下を進む感じでいい?」

「いいんじぇねぇか? 罠があるって分かってる場所にわざわざ突っ込む必要性がねぇからな」

「ルートは分かるかしら?」

「問題なさそう」

「魔物がどこにいるかは変わらず分かりません。傍から離れないでくださいね、マスター」


 と、いう事で始まった探索だったけど以前と変わりはない。

 僕の前にはルウさんがいて、僕の指示の元、迷路のように入り組んだ路地裏を進んでいく。

 その後ろについて行くのが僕だけど、その両隣にはホムラとドーラさん。時々通路が狭い時は前後に動くけど、基本的に両手に花状態だ。……ドーラさんは金属鎧着ているからパッと見片手に花だけど。

 僕の後ろからついてくるのはラオさん。後方と頭上を警戒してくれている。


「……後ろから来てるな。複数だ」

「前からも来てるわー。こっちは一体だけだけど、気配を消してる可能性もあるから油断禁物ね」

「ドーラ、シズトの後方守れ」


 その言葉を最後に、ラオさんは後ろから迫ってきていた魔物に対処するために数歩前に出た。たったそれだけでラオさんの姿が見え辛くなる。ほんと、この霧何とかしたいわ。

 そんな事を考えている間にも状況は刻一刻と変わっていて、ルウさんが前方の敵と戦闘を始めたようだ。後ろからも爆発音とかがするし、気を引き締めないと。


「……て、え? ホムラァァアアア!?」

「大丈夫です、マスター」


 グイッとお姫様抱っこされたかと思えば、いきなり真上に放り投げられたこの状況が大丈夫に思うわけ!? いきなり何すんのこの子! 理由があっての事だと思うけどさ。

 とりあえずもうそろそろ勢い失くなって落ちてく事になるんだけど大丈夫なんすかね? 怖くて下が見れないけど二度ほど重く鈍い音が聞こえた。

 もうだいぶ落下してる感じなんだけど、まだ手が離せない感じですかね、ホムラさん。……ホムラさん!?


「お待たせしました、マスター」


 地面に叩きつけられるのも覚悟したけれど、何事もなかったかのようにホムラにお姫様抱っこで受け止められた。無表情で僕の様子を見ていたホムラに物申したい事があるけれど、今はそれどころではない、と状況把握に努める。

 前方での戦闘音が止まったのもあって気になっていたけど、特に問題なさそうにルウさんが戻ってきた。後方で続いていた爆発音等も終わっていて、ラオさんも戻ってくる。


「なるほど、前後挟み撃ちで身動き取れない状況から壁の向こう側から突き破って攻めてくるって感じか」

「そうみたいねぇ」

「建物の壁なんて簡単にぶち抜いてくるが……ホムラ、メイスで思いっきり壁を殴りつけてくれ」

「………」

「ホムラ、お願い」

「かしこまりました、マスター」


 若干不服そうな声音な気がしたけど、気のせいかな?

 僕を地面に下ろすと、グールの頭を叩き潰していたメイスを手に取って、思いっきり野球をするかのようにフルスイングをした。大きな音とともに、若干揺れた感じがしたけれど、建物の壁に多少ひびが入っただけ。そのひびも、だんだんと修復されていく。

 ホムラの力で一直線に壁を壊して進んでもいいかな、って思ったけどそこまで上手くはいかないようだ。

 とりあえず、グロい死体を見てしまったので近くの建物に入り、罠がないか念のため確認してから休憩した。

 ある程度力が戻ってきたタイミングで探索を再開する。さっさとこの階層終わらせてご飯食べたいし、お風呂にも入りたい。




 結局、フロアボスへと続く階段のすぐそばにたどり着いたのは、二十階層を探索し始めて五日目の事だった。ほんと、魔道具無しでここを冒険をしていた先輩方には頭が上がらないっすね。貴重な情報ありがとうございます。


「フロアボスのおさらいをするぞ。フロアボスはヴァンパイアだ。上位種じゃねぇが、Bランクの魔物だ。今まで以上に気を引き締めていくぞ。グール以上の怪力と超回復に、知性がある魔物だ。魅了の魔法には注意が必要だが、とりあえず身代わりのブレスレットは全員付けてんな?」


 身代わりのブレスレットは、吸血鬼が魅了の魔法で意のままに操ると聞いていたから作った『魔法による精神攻撃』を防ぐためのものだ。ブレスレットは売られている物を使っただけなので僕がデザインしたわけではないが、後から加工して魔石をはめ込む部分だけは作った。その魔石の数だけ、精神攻撃系の魔法を防いでくれる……はずの代物だ。

 ちなみに僕も着けてるけど、魔法の影響じゃないので血を見たら力が抜けるのは何ともできなかったよ……。いや、戦うために何とかしたい訳じゃないから、すぐに治せなくてもいいけどね。ちょっとずつ慣れてくしかない。


「ブレスレット外すなよ。正直ヒール役がいねぇから、魅了された奴は状況によっては見捨てる事もある。魔石がきちんと嵌めこまれているか確認しとけよ。それじゃ、次行くぞ」


 はーい、お願いしまーす。

 ……緊張感がないからか、ラオさんに睨まれたので静かに話を聞く。


「怪力はやって見ねぇことには分かんねぇけど、ホムラとドーラが開いてくれ。無理そうなら早めに逃げろよ」


 こくり、と二人静に揃って頷く様子を見つつ、ラオさんも一度頷いた。


「超回復以外にも、魔法を使うんだっけ?」

「ああ、そうだな。まあ、そこら辺は気合で何とかしろ。後は霧になるとか、蝙蝠になるとか? その状態の時は攻撃してこねぇらしいが……とりあえず情報が少ないヴァンパイアの情報を集めつつ慎重に戦うぞ」

「わかった」

「シズトくん、行きましょ?」

「貴女は前です。そこは私の位置です」

「いや、どうでもいいからさっさと降りろよ」

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