幕間の物語33.エルフたちは壁の補強をする
世界樹ファマリーは、ダンジョン都市ドランと都市国家ユグドラシルの中間地点に生えている。
その周囲を囲うように高さ五メートルほどの鉄の壁が取り囲み、外からの侵入者を防いでいた。たとえ鉄壁を超えたとしても内側に張られた聖域に弾かれて下級のアンデッドはそれだけで消滅してしまう。
その二重の防壁に守られる形で、十人のエルフたちが作業をしていた。一週間前に勇者たちがファマリーを去ったが、同行していたエルフたちは半数がその場に残って待機していた。加護を持ち、移動力に秀でたエルフだけがすぐに戻ってきて世界樹の使徒からの命令を伝えたのだが、命じられたのは鉄の壁の補強という名の隠蔽工作だった。
エルフたちは壁の内側を精霊の力を借りて土で覆っていく。鉄壁に刻まれた文字や絵のいずれも見えないように多めに土で覆っていくため、想定よりも長い時間がかかってしまっている。昼の休憩を取っていたエルフたちが輪になりながら雑談をしていた。
「国から応援が来るまでは地道に広げていくしかないな」
「外側は上に登って目視でやっていくしかねぇよな?」
「マジかよ。壁の上って普通にアンデッドが襲ってくるじゃねぇか」
「それだけで済めばいいけどな」
「応援が来たら何とかなるだろ」
「応援……無事に来るといいな」
覇気のない様子で土で壁を覆っていく仲間たちを見ながら一刻も早く応援が来る事を願っていた彼らだったが、日に日に彼らを取り巻く環境は悪くなっていっていた。
食料や飲料は現在の人数で一か月分はあった。普通に食べてそのくらいあるが、当初の予定と異なり一週間経ってもやってきたのは精霊魔法で飛んで戻ってきた数人だけだった。その他の者たちは明らかに時間がかかりすぎていた。その事もあり、食事も水分補給も最小限だけで済ませるようにしていた。
「ドラゴニアの奴ら、今日もどんどん増えてるみたいだぜ」
「アンデッド退治をしているだけだ、とか言ってるが、どう考えても我らの邪魔をしているだろアレ」
「物資が届かねぇのもあいつらが襲ってるからだろうな」
「盗人の次は強奪かよ。人間ってのはどこまでも卑しい奴らだ」
「ほんとほんと。こーんな、嘘まで残しちゃって。後処理する僕らの身にもなってみろっての」
「…………これが嘘だといいんだがな」
「嘘に決まってんだろ、さっきから何言ってんだお前!」
「動かすのは手だけにしとけ」
魔力回復のために休憩をしていた彼らだったが、ばらばらに分かれて自らが担当する場所にどんどん土を盛っていく。結局、その日も内側の補強は終わらなかった。
(応援に来る予定だった奴らに見られなかった事を喜ぶべきか、現状を憂うべきか)
彼らを纏め上げるエルフのリーダーは危険は承知で鉄の壁に上って周囲を見渡していたが、ドランからどんどんと鎧を身に纏った集団が近づいてきているのが見えた。ある程度の集団に分かれて湧いてくるゾンビたちに筒状の魔道具から不思議な光を浴びせて倒していく。
それを目を凝らして見ていたリーダーだったが、ぐるりと囲むように点在してある程度の人数で野営をしている人間共の料理の匂いが風に乗って彼の嗅覚を刺激した。
ただでさえやる気が削がれているエルフたちだったが、人間の嫌がらせに苛立ちを募らせていた。
「我々ドラゴニアが貴殿らの国から世界樹の種と呼ばれるものを盗んだという事実はない。世界樹ファマリーは生育の加護を持つ者が、ドランにある最高神教会で礼拝をした際に神々から下賜された苗木を育てたものである。世界樹は生育の加護を持つ者しか育てる事ができぬ。ユグドラシルのように枯れてしまう前に、大人しく立ち去れ! 貴殿らの国とは現在国交断絶状態であるが、大人しく立ち去るというのならば、ユグドラシルまでの安全は保障しよう」
日の出と日没のタイミングで同じ内容が魔道具を使って大音量で響き渡るようになって一週間。内側の壁の補強はすでに終わっていた。今は壁の上に上り、半数が壁の補強を行って残りの半数が周囲の警戒に勤めている。
ただ、ゾンビたちは周りを固めているドラゴニアの兵士たちが処理をしてしまう。彼らが警戒をするべきは、ドラゴニアの兵士たちと、時折飛んでやってくるレイスの様な上空から襲ってくる魔物だけだった。
「神聖エンジェリア帝国並びにその他の周辺諸国からなる連合国は既にユグドラシルの援助は断っている。生育の加護を持つ者に濡れ衣を着せ、世界樹を育む事もできぬ者たちよ――」
「同じ事ばかり適当に言いやがって、聞き飽きたっての」
「本当にそういう状況になってたら、とっくに俺たち死んでるだろ」
二人組のエルフは無表情でぶつぶつと言いながら片方は外側の土を盛っている。もう一方は上空を警戒しながらも、不思議な形をしたものを口に当てながらこちらを見上げて喋り続けている人間を睨みつけていた。
この二週間、人間共はなぜか周りのアンデッドを討伐するだけでこちらに直接攻撃を仕掛けて来なかった。それを不審に思いつつもエルフたちは与えられた職務を全うしていた。そういう風に育てられていたのだからそれしかできなかった。
今日もまた何事もなく日が暮れる。エルフたちは風に乗って運ばれて来る肉が焼ける匂いを感じながら、憂鬱そうな表情で自分たちの質素な食事の準備をし始めるのだった。
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