幕間の物語19.訳アリ冒険者は巨大な木を目にする

 ドラゴニア王国の中で南の方にダンジョン都市ドランがある。

 ドラン公爵の領都で、周辺のダンジョンや、さらに南にある不毛の大地からいつ魔物がやってきてもいいように、城塞都市のような高い城壁がその都市を覆っている。

 他の国々との国境線を守っているドラン公爵領だが、不毛の大地の先に都市国家ユグドラシルがあった。

 そこからは世界樹の素材を筆頭に、貴重な品物が商人を通じてやってきていた。もちろん、他の国からの交易品もたくさんやってくる。その影響で、ドラン公爵領の中で最も栄えた街となったのが、ダンジョン都市ドランだった。

 ただ、いつからだろうか。ユグドラシルからやってくる品物の中に、世界樹の素材が少なくなっていったのは。今ではもうユグドラシルから世界樹の素材はやって来なくなってしまっていた。

 それに困ったのが、ユグドラシルまで続く街道を歩く大柄で赤い髪の女性、ラオだった。

 彼女は妹のためにダンジョン都市にしばらく生活をしていたのだが、お金がたまった事もあり、直接ユグドラシルへ行く事にした。

 動きやすさを重視した魔物の素材を使った鎧を身につけた彼女は周囲を見回す。


「ったく、本当になんもねぇな」


 見えるのは自分と一緒に移動する商人と、同じ依頼を受けた冒険者たちくらい。

 後はひび割れた地面くらいだろうか。

 大昔にあった大戦の影響で作物はおろか、植物すら育たなくなってしまったと言われているのが彼女たちが横断している荒野だった。

 そろそろ日が暮れる、という事で護送している馬車数台で円陣を組むように停め、中に自分たち用の天幕を張る。


「今日もよろしくお願いしますよ、『鉄拳』殿」

「やる事はやっからいちいち話しかけてくんな」


 いやらしい笑みを浮かべてラオの胸部をちらちら見ながら話す同業者に辟易しながら自分の天幕を張る。

 彼女の見張り番の時間は夜遅く、最もアンデッドが出没しやすいと言われている時間だった。

 それまではラオはひと眠りにする事にした。




 深夜、満天の星空がラオを照らす中、彼女は現れたゾンビに光を当てていた。


「ギャーーーッ!!!」

「本当にこれ楽だな。近づかなくて済むし、魔力も温存できるし」

「そちらの魔道具はどちらで手に入れたのですかな?」

「ああ、ちょっとした伝手で手に入れたものだよ。アタシから口添えしてやろうか?」

「ほんとうですか! それはとてもありがたい事です。どうしても私たちはこの荒野を行き来する事になりますからな」


 ラオは馬車の上でのんびりと周囲を警戒しつつ、御者の初老の男性と雑談に興じていた。

 彼こそが護衛依頼を出した商団の最高責任者である。

 魔物の恐怖と戦いながら、なんとか世界樹の素材を商おうと努力していた男性だ。

 ただ、ここ最近は全く出回らなくなってしまったので日用品等を取り扱う事が多いが。


「それにしても、良かったのですかな? これだけ大量のアンデッドを討伐しているのです。今からでも魔石を集められてはいかがでしょう?」

「私は腐った死体に触りたくねぇし、火葬もめんどい。昔、拳で爆散させたら酷い目に遭ったから近づきたくもねぇ。実体がない系の魔物だったらありがたく貰うがな」


 ラオの戦闘スタイルは超接近戦。その腐臭は絶えず彼女の鼻を攻撃するし、昔の出来事があって苦手意識を持ってしまった。

 そんなラオだったが、ピカーッと光を当てればゾンビ共は発火して真っ黒に焦げ、実体を持たないレイス等は消滅してしまう。

 ある程度近くまで魔物が来るまで待つ必要はあるが、ずいぶん楽をする事が出来ていた。

 光魔法が付与されたその魔道具の威力は尋常じゃないものだったが、当然、魔石の交換が必要になる。

 しかし魔石不足になる事はなかった。魔道具の燃料が向こうからやってきている状況だったからだ。


「まったく、またとんでもない物作りやがって。ちょっとは常識ってやつを身につけさせるべきだったか」

「その常識知らずの方のおかげでその魔道具があるのでしょう。それならこのまま常識知らずでいてほしい、って思ってしまいますな」

「まぁ、な」


 そんな雑談をしていると見張りの交代の時間になり、再度ラオは眠りについた。




 不毛の大地を横断していると少しずつ緑が増えてくる。

 その頃になると都市国家ユグドラシルの領土に入ったという事になる。それを意味する事と言えば、急にとてつもなく大きな世界樹が目に入る事だろうか。

 認識阻害の結界を張っている事もあり、領土内に入るまで世界樹は見えていなかったのだが、急に見えるものだからラオは驚いていた。


「どうです、びっくりするでしょう?」

「ああ、聞いていた通りだったが、いきなり見えるようになるっていうのは変な感じだな」

「そうでしょうな。それにしても……やっぱり世界樹に何かしらあったようですな」

「どこか変な所でもあんのか?」

「葉っぱの色が異常です。世界樹の葉っぱはいつ行っても緑色だったのに、茶色ばかりです」

「あんな大きな木だし、他の木と違って年単位で葉っぱが落ちたりするんじゃねぇか?」


 そんな事を明るい口調で言うラオの表情も、話し込んでいた商団の代表と同じように眉間に皺が寄っていた。

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