幕間の物語16.借金奴隷も魔道具に夢中

 ドラゴニア王国に隣接するエルフの都市国家ユグドラシルでハーフエルフとして生を受けたノエル。

 彼女はエルフとして中途半端で、エルフの国で生きていくのは難しかった。

 なぜなら、人間と異種族間で子どもが生まれる事は起こりうる事だったが、マイノリティだったから。

 彼女が物心つく頃には、周りの大人たちの視線が他の子に向けられる視線と違うものだと敏感に感じていたし、父親が人間だった事も他の人とは違うと自覚させられる要因でもあった。


 母親は彼女の父親と冒険を通して知り合い、結ばれたのだという。

 寝る時に聞かされるダンジョンでの冒険の話や、その冒険によって得た数多くの戦利品である魔道具が家にあった。

 彼女が魔道具をもっと詳しく知りたいというきっかけになったのは間違いなく両親の影響だっただろう。

 その研究に協力する、と声をかけられ騙されてしまったから借金奴隷になってしまった。

 元々罠に嵌めて魔道具作りをさせようとしていたらしい。酷い目に遭わされる事はなかったし、そのおかげで彼女はシズトの側で魔道具を色々見る事ができるようになったのだから、人生何が起こるか本当に分からない。


「まあ、騙した奴らも結局潰された見たいっすし、それほど酷い目に遭う事もなかったっすし……悪くはないっすね」


 と、彼女は独白した。

 今現在、ノエルはシズトが自分のために魔改造した部屋に一人でいた。

 部屋に入った瞬間に目が入った家具が実は希少な魔道具で、雑に置かれていたのはとても驚いた。ただ、シズトからしてみれば自分で作れるからこんなぞんざいな扱いなんだろうな、と彼女は納得した。


「でもまさか、異空間魔法を引き出しにつけるとは誰も思わないっすよ」


 異空間魔法が付与された魔道具は荷物を入れる物しか聞いた事がなかった。

 商人や冒険者に大変重宝されており、小さな魔道具に魔道具の相場の数倍の金額がつけられる事が普通だ。見た目によっては数十倍~数百倍の値段になる事も普通であるが、目の前の家具はいくらになるのだろうか、と彼女は考えた。


「……別の異空間魔法が付与された魔道具に繋がっているなんて馬鹿げた機能があるっすし、想像つかねぇっすね」


 引き出しの表面に刻まれた魔方陣を読み解こうと思っても、古代文字が細かく書かれ過ぎていてもはや線になっている。いや、この太い線ももしかしたら魔法文字なのかもしれない。そう考えたらこれに時間をかけるだけ無駄である。

 ノエルは気を取り直して引き出しから魔道具を引っ張り出してベッドに座った。

 作業台と紹介された家具を使うなんて、彼女の中では考えられなかった。

 とりあえず取り出したのは浮遊台車。冒険者ギルドが独占をしていたため、見る機会がなかった魔道具だった。

 浮遊ランプとの類似性を見つける事が出来れば、浮遊に関する魔法文字が分かるはずだった。


「んー、似てるような、似てないような……ここら辺は多分違うんすよね。そもそもこの魔道具、ランプと違って勝手についてこないっすし、簡易的なのかと思ったっすけど見通しが甘かったっすね。自重以上のものをいくら乗せても同じ高さをキープしようとする事自体がおかしいっすもん。いったいどれだけの重さの物を持ち上げられるんすかね」


 ぶつぶつと呟きながら浮遊台車を触っていた彼女は、突如開け放たれた扉に気づく事も、名前を呼ばれている事にも気づく事はなかった。

 部屋に入ってきたのは床にまで届く見事な髪が特徴的な魔法生物のホムラだった。

 自分の創造主の言いつけを守り、靴を脱いで部屋に上がるとベッドの上で唸っている彼女の足首を掴んだ。

 この行動には流石にノエルも気づいて「な、なんすかいきなり!」なんて事を言ったがホムラはまったく気にしない。


「食事の時間です」


 端的にそういうと、歩き始める。もちろん、ノエルを引き摺って。


「いた、痛いっす! ちょ、そっち階段っすよね? ま、待ってほしいっす! 話を聞くっす!」

「マスターがお呼びになられたのに居留守を決め込んだ奴隷の話など聞く価値もありませんね」

「え、シズト様来てたんすか? 勝手に入ってイタタタタタタタ!!!!」


 階段に差し掛かると歩くスピードが上がったのは、ノエルの気のせいではなかった。

 ホムラは相も変わらず無表情ではあったが、ノエルは振りほどけない程強く握られた足首から彼女が怒っている事を察した。また、彼女の怒りを物語るように刻一刻と強さが増しているような気がしてならなかった。

 ホムラが2階に上がった時点で、背中と何より握られている足首が涙が出るほど痛い。後頭部を守る事に集中していたが、とりあえず足を何とかしないといい加減もげそうだ。

 そこに2人の主人であるシズトが慌てた様子で降りてきた。


「ちょっとホムラ、何してるの!」

「た、助けてほしいっす~。足離させてほしいっす!」

「ホムラ、手を離して!」

「かしこまりました、マスター」


 離された瞬間、ノエルはこれ幸いと床を這ってシズトの後ろに隠れるように移動した。

 そっとシズトの後ろからホムラを見上げたが、その瞳を見て「ひぇっ」と小さな声で悲鳴を上げてシズトの足に纏わりつく。体が震えるのを抑えるかのようにぎゅっと足を抱きしめる。


「ノエル大丈夫? うわ、足に手形ついてる……。ちょっとホムラ! 僕は呼んできてとは言ったけどこんな風に連れて来いって言ってないよ!?」

「呼んでくる方法まで指示されていませんでしたので、私が最良と考えた方法にしました」


 無表情でそういうホムラを見上げてノエルは思った。

 今の主のいう事を聞いていないとこの魔法生物にそのうち殺される、と。




 シズトが夕食を食べながらササッと作った魔道具、癒しの布切れを右足首に巻かれたノエルはぴょんぴょん片足跳びをしながら用意された部屋に戻った。


「シズト様にいつでも入っていいって伝えたっす。魔道具に集中し始めたら周り気にしなくなるから体に触れて知らせてほしいって伝えたっす。これで今日みたいな事が起こる事はなくなるっすよね」


 これで魔道具にだけ集中できるっす、なんて事を考えている彼女は、シズトが奴隷の扱いについてよく分かっていない事をまだ理解していなかった。

 シズトにとっては奴隷だろうが何だろうが、女性の部屋に勝手に入ったら着替えとかをしてたら気まずいし、これからも反応がなかったらホムラに頼もう、と考えていた。その事を彼女はこれから体で覚えていく事になる。

 彼女がシズトの奴隷となって2日目の朝もそうだった。

 寝ていない彼女は眠たい目でシズトにどんな時でも部屋に勝手に入っていい事を伝えた。


「奴隷の部屋っすよ? 許可なんていらないっすよ」


 癒しの布切れを左足首にも巻きながらそう伝えたが、シズトの反応はあんまり良くなかった。


「でも女の子でしょ? 着替えとかしてる時に入ってきたら嫌でしょ?」

「別にいいっすよ。魔道具見せてくれるんだったらいくらでも見せるっすよ。むしろホムラ様をボクの部屋に1人で来させるのが嫌っす。せめてシズト様もついてきてほしいっす」


 めっちゃ痛いんすよ、と涙目で足首をさすりながらボソッと呟くノエル。

 とりあえず、そこでその話は終わりその日の夜からノエルがご飯を用意する事になった。

 魔道具を見る時間が減るのは少し嫌だったが、魔道具を好きなだけいろいろな種類を見る事が出来る環境を確保するためのために彼女は頑張る事にした。




 2日目の夜になってもノエルは学習しなかった。

 ホムラは今度は手首を強く握って引っ張ったので引き摺られずにすんだが、手首に追加の癒しの布切れを巻いて夕食の準備を終わらせ、夕食を食べた。

 彼女の料理は可もなく不可もなく、シズトには満足してもらえたようだった。量が足りなかったのでラオは不満そうに外のマーケットに追加のご飯を食べに出かけたが、主人の護衛の事までは考えが及ばなかった。


「もっと大量に食材を買っといたほうがいいっすね」

「そうかな。料理してくれるだけで助かるから、無理しないでね」

「大丈夫っすよ、シズト様」

「でもちょっと顔色悪いよ? ちゃんと寝てる?」

「え? あー、確かにここに来てから寝てないっすね。でも大丈夫っすよ。魔道具の事が気になりすぎて眠れないっすし」


 シズトは心配そうな表情でノエルを見ていたが、彼女は食器の片づけをして部屋から出て行ってしまったので気づく事はなかった。

 シズトの奴隷になってから3日目の朝に、シズトから寝てるか聞かれた際に寝てない事を伝えたらそれから毎晩ホムラが枕を片手に部屋にやってくるようになってしまう事になったのだが、自業自得である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る