12.事なかれ主義者の昇格試験②
第四階層からスライムの他にゴブリンも出るようになった。
数匹単位で出てきて、獲物を見つけると嬉々として突っ込んでくる。
パーティーの他の人ばかりを狙うのは、そういう魔物だからだろうか。
女の子がゴブリンに捕まったら大変な事になる、っていうのが前の世界の創作でよくある話だったんだけど。
「ああ、確かに繁殖力強くて、女が捕まったら悲惨な事になるな。魔法生物がどうなのかはわからんけど、気を付けさせとけよ」
「だって、ホムラ。捕まらないように気を付けてね」
「分かりました、マスター」
この世界でもゴブリンはそういう魔物らしい。
小さな村の近くにゴブリンが出たら、駆除されるまで女子どもは村から出ないように気を付けるんだとか。
ダンジョンのゴブリンも変わらないが、基本的にダンジョンの魔物は階層間の移動ができないらしい。
だから未熟な冒険者や、ソロの女性冒険者はあんまりこのダンジョンに来ないんだとか。
ゴブリンを殴り殺したラオさんは返り血を拭いつつ、いろいろな事を教えてくれた。
聞き逃さないように集中して聞いているつもりだったけど、ラオさんが心配そうに時折こちらを見ている。
「シズト、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
「大丈夫、って顔色じゃねぇんだけどな。血が苦手なのか?」
「……まあ、あんまり見る機会なかったから」
「そういうやつもいるよな。ただ、冒険者を続けるんだったら慣れないと上にいけねぇぞ」
やっぱり、人と同じように二足歩行で歩き回るゴブリンが死ぬところを見るのは精神的にきついものがあった。
何より、今まで赤い血が出るような魔物を相手にしていなかったのでちょっと楽観しすぎていたんだと思う。
僕は元々血が嫌いだ。血を見ると力が抜ける。昔からそうだった。保健の授業で事故の話を先生がし始めて、それを想像してしまったからか、気分が悪くなって保健室に行った事もある。採血の時は横になって採血をしてもらい、逆の方を向いて受けていた。ただ、それでも気分が悪くなる時もあったし、注射後に張るシールみたいなのに付着していた血を見ただけで気分が悪くなった時もある。
それについて医者がなんか長い病名のようなものを言っていたけど、「基本的に反射だから完治は難しい」と言っていた気がする。だから、争い事とか、誰かが怪我した姿とか見ないようにしてきた。
冒険者をやるには、致命的だよなって改めて思う。
街の依頼だけだったら全然困る事はなかったんだけど。
ただ、耐えられないほどじゃない。気を失うわけでもない。ただ、力が入りにくくなって、物をうまく持てないだけ。
ボールガイドがコロコロ転がってくれるから、地図を持たなくていい。
手に入れた討伐証明は、アイテムバッグに突っ込めば重さは感じない。
そのアイテムバッグは開けるのに力は要らない。
最悪、ホムラにおんぶしてもらって移動する事だって可能だと思う。
ただのポーターをするだけだったら、特に今の所問題は起きてない。
あんまりゴブリンが倒された現場を見ないようにしながら進む。
途中で冒険者に会う事もなく、第五階層に続く階段に着いた。
道中、ゴブリンが多い事を気にしていたラオさんだったが、下の階が騒がしいのに気づき、舌打ちをした。
「ドーラ、お守りを頼む。ホムラに後ろを警戒するように言っとけ」
そう言って先に階段を下りていくラオさん。
その後をドーラさんが警戒しながらついていき、僕はホムラに後ろを警戒させてその後を続く。
階段の途中で、ぼろきれをまとった虚ろな目をした女性の集団がまず見えた。
その奥では男性の冒険者たちが、代わる代わる階下から上がってくる大量のゴブリンたちを下に蹴落としていた。彼らが持っている武器は使い物にならなくなっているのだろう。
ラオさんが座り込んでいる女性の集団の頭上を飛び越え、男性の冒険者たちも飛び越し、先頭のゴブリンを蹴り飛ばすとドミノ倒しのようにゴブリンたちが吹っ飛んでいく。
「何があった」
「変異種がでた! 何か分かんないけど、ゴブリンリーダーじゃないでかいやつだ!」
それだけでラオさんはわかったようで、舌打ちをした。
僕は訳が分からないままボロボロの男性の冒険者たちを見る。
全員防具がボロボロで、腕が明らかに折れている人もいれば、血を流している人もいた。
たぶん、あの人はもう助からないんだと思う。
女性の集団の中に横たわっていた男性冒険者が視界に入ってそんな事を感じた。
「大丈夫?」
前にいたドーラさんに支えられて、心配そうに問いかけられる。
女性の集団を見ると、衣類は剝ぎ取られたのだろう。ぼろきれを羽織っている以外、何も身につけていなかった。涙の跡が痛々しい。
話では聞いていたし、物語ではこういう被害にあった女性たちが出てくる事もあったけど、実際に見るのとではまた違う。
女性の集団の中の冒険者の男性は、まだ息をしているようだった。ただ、出血がひどい。右腕もなかった。
ドーラさんが視線に気づいて、その男性に持ってきていたポーションをかける。傷口から血が出ることは止まったけど、おびただしい量の血の跡が階段に残っている。
その姿が自分の未来のように思えて、力が抜けて階段に座り込む。
やっぱり、冒険者は無理だ。
「ドーラ、そいつだけ連れてダンジョンを出ろ。それで外の監督官に伝えろ。ここはアタシが抑えるけど、正直もっと下の階層のがやべぇかもしんねぇ」
「分かった」
ドーラさんに引っ張られる形で階段を上る途中で考える。
このままラオさんだけ残して、本当に大丈夫なのか。
きっと、大丈夫さ。高ランクの冒険者だって言ってたし。むしろ自分がいた方がやばいでしょう。力抜けて歩くのもしんどいんだから、逃げれる時に逃げた方がきっと彼女の助けになるさ。
と、自分を安心させるためにそんな事を思う僕がいた。
ただ、本当に大丈夫?
ラオさんが判断したんだからきっと彼女は大丈夫なんだろう。でも、後ろの人たちはこのまま無事外に出れる?
……手助けはできると思う。
殺す事は無理だ。でも……時間稼ぎだったら、きっとできる。
僕が足を止めると、ドーラさんがこちらを振り向いた。
「ちょっと、手伝ってもらってもいいですか?」
このままあの人たちを見捨てると、後で何を言われるか分からないし。
何も言われる事がなくても、きっと今なにもしなかったら嫌な夢も見ちゃうだろうし。
……できるって思っちゃったし。
アイテムバッグにたくさん物を詰め込んできたから、【加工】のための貯蔵は万全だし、頑張ってみよう。
……ただ、うまくいかなかったら死に物狂いで逃げよ。
その時のために、体力と魔力、温存しておいてくださいね、ドーラさん。
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