4.事なかれ主義者は魔道具を売ってみる

 異世界転移して一週間が経った。稼いだお金は銀貨一枚。今日朝払ったのは銀貨七枚。普通に赤字です、ありがとうございます。

 たくさん詰め込むような宿だったら貯金できるくらいらしいんだけど、いろいろ実験をするなら一人の方が都合がいい。

 それに、知らない人と寝るなんて無理。自衛とかしないとまずいだろうし、なんか実年齢よりも若く見られているようだったから、変なトラブルに巻き込まれやすいと思うんだ。

 前の世界だったら十八歳になったら結構大人っぽく見られてたと思うんだけど、ここだと見た目で成人したばかりだと思われてたみたい。

 この世界の成人は十五歳だった。宿の人とお喋りして知ったんだけど、どっかの村から出てきた転移者の子孫だと思われているっぽい。

 転移者と思われていないのは、そもそも転移者は(戦いに関する)強い力があるから国に管理されるらしい。一人でフラフラしてるからなぁ。だから、転移者とは思われないのかな。


「おはようございます。……これ、なんですか?」


 朝食を持ってきてくれたルンさんが、1週間前に作った台車もどきを見て首を傾げた。

 【浮遊台車】と名付けたそれをルンに披露すると暢気に、より興味を持ったようだ。前かがみになって浮遊台車を見ている。

 ちょっと目のやり場に困ります! 猫耳も尻尾も谷間も目の保養なんですけど困ります!! 胸元が無防備です!!!

 浮遊台車を使っていて分かった事は、想定していた通り魔力をたくさん使った方が、魔力が増えやすい事。

 転移者だからかは分からないけど、ラノベの知識が良く活かされる異世界だなぁ、なんて思いつつ毎日気絶するようにベッドで寝ていた。

 翌日はとってもだるいからしんどいんだけど。なんかだるさを回復するもの売ってないかな。

 ちょっとよそ見をして意識的に現実逃避してみる。

 そんな事をしていたらルンさんが浮遊台車を触っていた。


「んー、やっぱり浮きませんね」

「え? 故障かな……」

「いえ、私、魔力を扱えないタイプですので」


 ルンさんがちょっと困った顔で笑って「残念です」と奥に引っ込んでいった。

 魔力を扱えない、って人もいるんだなぁ、とか思いながら朝食を食べ終わり、さっそく台車を持って冒険者ギルドへ向かう。

 今日はどのくらい使えるのかの挑戦。ここ一週間、早めに仕事を切り上げて、お昼くらいから気絶して寝るまで浮遊台車に魔力を流していたら午前中の配達くらいならこなせることに気づいた。

 冒険者ギルドに着くと相変わらずイザベラさんの場所はとっても空いている。何でか知らないけど恐れられているっぽい。ちょっと目つきは悪いけど、仕事も丁寧だし良い人だと思うんだけどなぁ。

 受付のすぐ近くまで行くと、イザベラさんの方から挨拶してきた。


「おはようございます、シズトくん」

「おはようございます、イザベラさん」

「……なんか、変な物を持ってきましたね。魔道具ですか?」

「浮遊台車っていうんですよー。重たい荷物も運べるから、今日から使ってみようかな、って」

「……なるほど」

「とりあえず、午前中二件くらい依頼を受けたいんですけど、近場で重たい荷物の運搬がある仕事ってありますか?」

「………」

「イザベラさん?」


 イザベラさんは浮遊台車を見て何か考え込んでいるようだったが、名前を呼ぶとハッとしてすぐに依頼を用意してくれた。

 一件だけだったけど、何度も同じ場所を往復して運べた量だけ報酬がもらえるらしい。

 中央通りから北側にある倉庫からレンガとかを拡張中の城壁まで運ぶ仕事のようだ。

 一本道で分かりやすいし、まっすぐ進むだけなら台車を使うとめちゃくちゃ楽だ。

 倉庫の前は結構な人数の人が集まってレンガを運んでる。小さな子どももいて頑張って運んでいる。貧困対策とか、そんな感じなのかなぁ、なんて思いながらレンガを受け取る順番待ちをする。

 チラチラと周りの人から見られるが特に気にしない事にした。

 レンガの受け渡しをしている人たちの中で、僕の相手はタンクトップっぽい服を着た大柄な女性だ。

 身長は二メートルくらいあるんじゃないかな。前の世界だとこんなに大きな人は見た事がない。

 腕は筋肉質で足もがっしりしている。レスリングとかしたら強そう。汗をかいているからか、服が体に張り付いていて、豊満なボディラインに視線が行ってしまう。


「次……て、なんだそれ?」

「台車です」

「車輪ついてねぇじゃねぇか」

「そういう台車なんです。レンガください」


 とっても大きな女性にレンガをとりあえず腰くらいまで積んでもらう。

 魔力を流すと、普通に浮いた。とりあえずこれで運んでみよう、と驚いている大きな女性をほっといて拡張中の城壁の方に向かう。

 ずだ袋を担いだ人たちを尻目に、浮遊台車を押して歩く。

 特に重さも感じる事なく進む。まっすぐ進む。楽な仕事だと思ったけど、外壁まで遠い。歩くのがめんどくさい。なんか乗り物とか欲しい。

 そこまで考えて、ふとキックボードが頭に浮かんだ。

 一旦立ち止まって、台車に乗ってみると、一瞬沈んだが、また元の高さで止まる。

 これ、乗り物みたいなものでは?




 その後、調子に乗ってスピードを上げすぎて人にぶつかりそうになり、急停止したらレンガがめちゃくちゃ落ちるとかいうアクシデントもあったけど、無事一往復終わって二回目の順番待ち。


「次……てお前かよ。早いな?」


 また、大きな女性が担当になった。ご縁がありますね。


「さっきと同じくらいレンガください」

「どっかに捨ててねぇだろうなぁ」

「あ、往復する時は証明書見せるんでしたっけ」


 背負い袋に入れてた証明書を取り出して、女性に渡す。


「確かに捨ててはねぇみてぇだけどよ」

「便利なんですよ、これ」


 レンガをさっきと同じように積んでもらって、また往復する。

 歩くより早いから午前中だけで二往復。結構な量だったので銅貨三枚の収入だった。

 初日の一日分の収入が午前中だけで手に入るのは結構大きい。

 それでも夕方までの仕事らしいので銀貨を稼ぐほどではないかな。

 スピードが出せるならいいんだけど、事故が起こりそうだし、浮遊台車になんか安全機能でも追加するべきかなぁ。でもそうなると必要魔力増えるっぽいしな。

 加護の効果でだいたい出来上がったもののイメージができるのは便利だ。周りの障害物を検知するような感じで障害物を避ける機能とかつけたら、やばそう。


「まあ、地道にやってくしかないか」


 そんな事を考えつつ、宿に戻る。

 出迎えてくれるのは猫耳少女のラン。

 とってもかわいい女の子で、今年で成人になるらしい。これから成長するんかな。まだ悲しいぺったん娘だ。


「おかえりなさーい。鍵取ってくるねー」


 邪な考えを頭を振って取り除き、鍵を持ってきてもらうのを椅子に座って待つ。

 ランから鍵を受け取って、しばらく二人でのんびり雑談をして過ごした。

 猫耳と尻尾に癒される……。胸は目の保養だけど、目のやり場に困るからこんな感じがちょうどいいかもしれない。

 夕方頃になるとランとライルさんが交代するので、そのタイミングで僕も退散する。ムキムキマッチョな猫耳男性見てても癒されないので……。

 部屋に戻って、浮遊台車をもう一台作ってみる事にした。

 途中までは昨日と同じなので手早く【加工】を済ませて形だけ整える。その後、板を触れてイメージする。魔石を入れるくぼみと、蓋。目を開けるとうまくできているようだった。

 魔石を使うタイプの魔法陣を頭の中で思い浮かべて、板を触りつつ【付与】を使うと……特に眠くならないな。魔法陣もできていないし不発のようだ。


「魔力が足りないからとかかな」


 とりあえず、浮遊の魔法陣を使ってみるも、それも変化は起きなかった。今日午前中だけでそれなりの魔力を使ったからかな。

 まあ、別に僕は自分の魔力使えるし、いいか。




 翌日、浮遊台車に乗ってゆっくり冒険者ギルドに行く。

 今日もイザベラさんの前は空いてたのでちょっと勢いをつけてすいすい移動すると冒険者たちがこっちを見ていた。特に気にせず受付のイザベラさんに挨拶。


「おはようございます。イザベラさん」

「……あっ、はい。おはようございます。ちょっとお話をしたい事があるので奥の部屋に来ていただけますか?」


 イザベラさんが受付の席を外れ、遠回りをして僕の方にやってくると、手を引いて階段を上っていく。

 冒険者ギルドは三階建てで、二階は冒険者たちに開放していて、調べ物や新参者との自己紹介、作戦会議などいろんな事に使われているらしい。その二階でお話ではなく、そのまま三階の階段に上っていく。

 ノックもなしに大きな扉を開き、中に僕を連れ込むと、部屋の中では最初に冒険者登録をしてくれた真面目なお兄さんが資料を長机の上に並べているところだった。


「おはようございます、シズト様。このギルドの副ギルドマスターのクルス、と申します。以後、お見知りおきを。ああ、あなたについての自己紹介は特に不要です。登録の際に対応させていただきましたので。ギルドマスター、こちらへどうぞ」

「ええ、ありがとう。では、シズトくん。私の正面に座ってください」


 連れてきてくれたイザベラさんがドカッとソファに座り、足を組んで眉間を揉んでいる。

 僕は恐る恐る椅子に座ると、そんなに緊張しなくていいです、と言われた。

 何も知らずに受付の人だと思って話をしていた人がここの一番偉い人だったのはびっくりだ。


「今日呼んだのは、その台車の事です。どこで手に入れたか教えてもらえますか?」

「……商売道具とかって、秘密にしてもいいんじゃないんですか?」

「そうですね、暗黙のルールですけど、それが望ましいです。ただ、このままだと貴方、厄介事に間違いなく巻き込まれますよ? 貧民からそれを奪われる可能性は今の状況だと高い事は理解できていますか?」

「そうなんですか?」

「はい、昨日は変な訳の分かんないものを持っている、ってだけでしたけど多くの人の前で使い方を見せましたよね? 魔力を流して台車を浮かせ、それを押して進ませる――単純だけど、魔法は使えないけど魔力が扱える人が持ったら便利なものです。それに、それを作ったのは貴方ですね? 今までそんな物を見た事がないですし、この街の事はだいたい知っています。それは私に限った話ではないので、ある日いきなり貴方が持ち込んだ、という事はギルドにいた人は知っているでしょう。力づくで奪う、って先を考えない馬鹿が出てきてもおかしくないです」


 それは、ちょっと困るなぁ。


「そこで相談なのですが」


 立ってこちらの様子を見守っていたクルスさんが話に入ってきた。


「その浮遊台車、でしたか。それをギルドで買わせていただきたい。ある程度の個数が確保出来たら依頼の際に貸し出し、という形で対応します」

「まあ、それでもあなたを狙う馬鹿はでてくるでしょう。あなたの身辺警護役としてギルドから人を派遣します。冒険者であれば、手を出してくる事はないでしょう」


 悪い話ではないかな。たぶん。

 変な人に目を付けられるよりかは守ってもらった方が楽そうだし。

 まあ、それなら最初から王様に守ってもらえばよかったのかな。……戦闘に活かせる力なんてないから、守ってもらえないか。

 ただ、冒険者ギルドが守るってメリット何があるんかな。


「私たちのメリット、ですか? まあ、最初の説明で話をした通り、貧しい者が冒険者になる事もあるんですよ。日雇いで日銭を稼ぐ人たちが。そういう人たちが物流班として働いてもらえたらギルドのずっと放置されている依頼が減っていきますし、救貧にもなりますね。ランクアップする者たちも増えるでしょう。必然的にお金が回るようになってこの街にもいい影響は出ますが……そこは私たちのメリットとしては薄いでしょうか」


 クルスさんが真面目に考え込んでいる。

 聞いたら真面目に答えてくれる。これが演技で騙そうとしていたら見抜けないからどうしようもない……眼鏡に嘘発見機能でもつけてみようかな。

 ちょっと思考が脱線していたら契約書が目の前に。クルスさんがペンを置きながら値段を伝えてくる。


「金額なのですが、高ランク冒険者を専属護衛としてつけるので、一台銀貨一枚で――」

「売った!」


 これで、ただ泊るだけなら困る事はなくなるし、これはすぐ帰って作らなきゃ!

 さっさと署名して、今使っている浮遊台車一台を押し付け、銀貨一枚を受け取ると急いで台車を作りに宿屋に帰った。

 すぐに戻ってきたのを見てルンさんは不思議そうにしていたけど、目の保養よりも安定収入をすぐに得たい!

 ベッドのすぐそばに台車を持ってきて、ベッドに寝転がり、浮遊の魔法陣を【付与】する。

 気が付いたら夜ご飯の時間を過ぎてたので、ライルさんにお金を余分に払って余計な出費になってしまった……気をつけよ。

 次の日、新しく作った浮遊台車を泊っている部屋から出すと、隣の部屋から人が出てきた。


「おう、おはよう。今日からお前の護衛をする事になったラオだ。よろしくな」


 昨日と同じタンクトップの格好の大きな女性が、ニカッと歯を見せて笑っている。

 ほんとに、ご縁が、ありますね。

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