優秀すぎる令嬢を助けたのは神ではなく、悪魔と呼ばれる青年紳士でした。

茜カナコ

第1話

「ああ、憂鬱だわ。夜なんて、来なければ良いのに」

 フローラはため息をついた。

 フローラはアフロディーテを思わせるような美しい姿をしていた。

 金髪は月明かりに照らされ、みずみずしく輝き、その青い目は宝石を思わせる透明感をたたえていた。


 彼女が生まれ育ったフェッティリタの島には、十六才を迎える年の最初の新月の夜に、貴族の令嬢は必ず神殿で魔力を測定するという慣例が有った。もっとも強い魔力を持つ令嬢は神子と呼ばれ、神殿に使えるのがしきたりだ。

 そして、今日が魔力測定の儀式の日だった。

 夕刻になると、フローラはなるべく目立たないように質素なドレスを選び、両親と馬車で神殿に向かった。


 神殿には、綺麗に着飾った数多くの令嬢達とその両親が集まっていた。

「今日は私の力を見せてあげますわ」

 良く通る声で得意げに話しているのは、シリング子爵の娘レイスだった。

「あら、フローラさん、今日も地味な服装ですわね。お似合いですわ」

 フローラはレイスが苦手だった。なぜなら、いつでもレイスはフローラに勝とうとしては失敗し、その度にレイスがフローラに嫌がらせをするのが日常だったからだ。

「レイス様、私のような者に声をかけなくてもよろしいのですよ?」

 フローラがレイスに言うと、レイスの取り巻きの令嬢達が口々に誹った。


「まあ、レイス様がわざわざ声をかけて下さったのに、何という言い草でしょう」

 意地悪好きのベラは、すまし顔でフローラに聞こえるような声でセレストとリンジーに話しかけた。噂話が好きなリンジーは、ベラに言った。

「失礼にもほどがありますわね。少しくらい優秀だからって、鼻にかけていたら台無しですのに。ね、セレスト」

 気弱なセレストは、フローラから目をそらし、静かに頷いた。


「静粛に! 今から魔力測定の儀を行う。さあ、令嬢達よ、順番に水晶の錫杖を手に持ちなさい。水晶の輝きの強さは、魔力の強さ。神子となるのは水晶の錫杖に選ばれし者のみ!」

 神官長が良く響く声で宣言すると、令嬢達は身分の順で一列に並んだ。

 しばらくして、レイスの名が呼ばれた。

「神官長、私の魔力を見て下さい!」

 水晶の錫杖は、レイスが握ると月の光のように輝いた。

「おお、これは神子の力を持つ娘ではないか?」


 神官達が騒ぐと、神官長がたしなめた。

「いや、まだ残っている令嬢が居る。結論を出すのは早い」

 ベラ、リンジー、セレストも次々と水晶の錫杖を両手で握った。

 三人の光は、ろうそくの灯火程度だった。

「やはり、レイスが神子の魔力を持つ乙女なのでは?」

 神官の一人が言うと、神官長は首を横に振った。


「さあ、そなたが最後だ。フローラ、この錫杖を両手で握り、目をつむりなさい」

「……はい」

 フローラは願った。

『お願いだから、光らないで』

 しかし願いは空しく叶わなかった。

 太陽のように輝く、水晶の錫杖。

 フローラの魔力の高さに、その場に居た全ての人が息をのんだ。


 レイスの目に、涙がにじむ。

「……また、あなたなの? フローラ」

 神官長の声が、儀式の終わりを告げた。

「フローラは神子となった。これからは、神に仕えるものとして生きるように命ずる」

 フローラはうなだれていたが、シリング夫妻は誇らしげに微笑んでいた。


 レイス達の嫉妬を吹くんだ視線に気付かないほど、フローラは絶望していた。

『ああ、神様なんて、私は信じていないのに』

 神子となったフローラは、ただ憂鬱なだけだった。

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