第10話 勝ったのは誰
競技開始を知らせるファンファーレが鳴り響き、アナウンスが流れる。
「本日第十二レースは、障害物有りの上級者コース! 出場者はミハエル騎士団のロレンツォとアクセル、隊長同士の一騎打ちです!!」
厩舎から騎乗して出てきたロレンツォとアクセルが、それぞれのゲートに入る。群衆はその姿を見て大盛り上がりだ。
レリアはコインを握り締めたまま、祈るようにアクセルを見守った。
スタートが近づくと、群衆は固唾を飲んで見守っている。馬券はロレンツォの方が売れているようだった。ファレンテイン一の速さを誇ると言われる騎士ロレンツォ。そちらに人気が流れるのは仕方ないと言えるだろう。
「サニちゃん、アクセル様、頑張って……」
そう声に出した時、ゲートは開いた。その瞬間、再び群衆が沸き起こる。
ほぼ同時に飛び出した二匹だったが、サニユリウスの方がほんの少し出遅れている。
障害物は三つ。スピードが乗ってきた所で、先にロレンツォの馬が障害物を飛び越えた。続いてサニユリウスも危なげなく飛び越えて行く。
一馬身ほどロレンツォの方が速い。次の障害物までに更に引き離されそうだ。
「サニちゃん!!」
レリアは思わず叫んだ。負けて欲しくない。別れるのが嫌だと言う思いは勿論ある。しかし、アクセルとサニユリウスというコンビが、初めて組むであろうロレンツォとその馬になど、負けて欲しくなかった。
二番目の障害物を、やはりロレンツォの馬が先にジャンプする。先ほどより遅れてサニユリウスも飛ぶ。やはり追いつける様子はない。
「アクセル様っ!」
アクセルの必死の形相が、遠目からでも分かる。サニユリウスはコーナーを曲がりきり、物凄い剣幕で向かって来ている。ロレンツォもまた真剣に馬を操っていて、油断などこれっぽっちも見せてくれない。
最終の障害物を前に、ロレンツォの馬が先に飛び越える。が。
「あっ!」
馬と呼吸が合わなかったのか、少し引っ掛けたようだ。少し速度が落ち、すぐ後ろに迫っていたサニユリウスが軽やかに障害物を乗り越えると、彼を抜き去った。
「サニちゃん!アクセル様!逃げてぇ!!」
しかし後ろからグングンと迫るロレンツォとその馬に、嫌な汗を掻く。
追いつかれてしまう。もう見ていられない。
レリアが目を瞑ったその瞬間、勝敗は決まった。
「勝者! アクセル・サニユリウス組~~!!」
そのアナウンスを聞いて、レリアはパチっと目を開ける。アクセルが手を上げて群衆に応えていた。
どうやら、僅差ではあったが勝てたようだ。ほっと息を吐いて彼を見つめる。するとアクセルと目が合い、彼はいつものように嬉しそうに微笑んでいた。
「レリア殿。無礼を働いた事を、お詫び致します」
ロレンツォは厩舎に戻って来ると、そう言って丁寧に頭を下げてくれた。何かまだ言いたそうな感じはあったが、負けたのは自分だからと飲み込んでくれたようだった。既婚者だとばらされなかっただけで、レリアには十分である。
レリアは気になさらないで下さいと微笑みすら見せて返した。
「しかしロレンツォ、アルバンに何しに来ていたんだ?」
「いや、アルヴィンの奴が野菜の出来を見に来いとうるさくてな。ノルト村に里帰りしたついでに寄ってみただけだ」
こうやって美形男子が話しているのを見ると、とても絵になる。しかも先程とは打って変わって仲の良さげな姿。微笑ましくってにやにやしてしまうのは仕方ない。
ロレンツォと別れると、二人はアクセルの部屋向かった。そして紅茶を淹れてほっと一息つく。
「アクセル様、とても格好良かったですわ」
「ありがとう。障害物無しなら確実に負けていたな。コインを表と言ってくれたレリアに感謝だ」
え? とレリアはアクセルを見た。近くにいたアクセルは、そのコインの表裏を見ていたのだろうか。
そんなレリアの思いを察する様に、アクセルは笑った。
「レリアには、俺の気持ちが通じるようだ。あの時、表と言ってくれと強く願った。本当は、裏が出ていただろう?」
「……ええ。怒らないのですか? 私、咄嗟に嘘をついてしまったというのに」
「俺はそんなにお綺麗な人間じゃない。レリアと別れたくはなかったからな。こういう事もするさ」
意外だ。アクセルは小ずるい画策などしないと思っていた。確実性が無い事なので、ずるいとも言えない、運任せな所が大きいのだが。
レリア自身、障害物有りの方がアクセルに有利だと思っていたわけではない。何故かあの瞬間、表と言った方が良いような気がしただけで。
「ロレンツォに、惚れたか?」
唐突に問われ、レリアは首を傾げる。
「いいえ、ちっとも。どうしてそう思うんですの?」
「さっきロレンツォを見て、嬉しそうに微笑んでいたからな……少し気になった」
「え? ああ、お二人が仲良く話しておられたので、微笑ましくってつい」
「そう、か」
アクセルはほっとして、そしてレリアを抱き寄せてくれた。彼の手が、レリアの頭に回される。
「アクセル様?」
「レリアだけは、ロレンツォに取られたくない。俺が好きになる女性は、皆ロレンツォを選ぶ」
悔しさからなのか悲しさからなのか、レリアも取られるかもしれないという恐怖からなのか。彼は少し震えているようだった。レリアはそんなアクセルをゆっくりと包み込む。
「私は、アクセル様を選びます。信じて下さい」
「ありがとう、レリア」
ロレンツォは、もちろん魅力的な人物だと思う。飄々としていて優しくて、馬の能力を引き出すのが上手い。女性の扱いも丁寧で、一緒にいて不快感などない。
だけどレリアには。
少し不器用で、すぐ熱くなって、どこか子供っぽくて、すれた所などない真っ直ぐなアクセルの方が、魅力を感じる。薄っぺらい上部だけの言葉など言ったりはしない。彼はいつも真剣で、常に本心をさらけ出してくれる。
そんな風に生きられる人間は、そういないだろう。育ちの良さがそうさせるのだろうか。
「アクセル様、紅茶が冷めてしまいますわ」
抱き締めたまま動こうとしないアクセルにそう伝えると、彼は少しだけ距離を取った。そしてレリアと顔を付き合わせると、そのままそっと口付けられる。
軽く瞑った目を開くと、彼は少し照れ臭そうに「お茶にしよう」と笑っていた。
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