第743話 トライアングル

「エイミー、多分あれなら出血通るぞー」



 暗雲が全て晴らされ神の眼を自動操縦に戻したエイミーは、そんな努の声掛けを猫耳で捉えると爪を研ぐようにクロスシャープを用い始めた。今の四季将軍:天は和鎧が砕けて上裸状態なので、今まで通らなかった出血状態を引き起こせるようになるだろう。


 肩に矢筒の紐だけをかけてハンナを撃ち落とさんと射撃している四季将軍:天の姿は、異形という一言に尽きた。人が本来持つ腕の位置から下に計四本の腕が生え、それらは弓矢を引き刀を振るう。和鎧が砕けた今はその異質さがより際立った。


 ただ和鎧は防御性を向上させる代わりに、それ自体は重く柔軟性に欠ける。それが無くなった今、鋼のような肉体美を晒して弓を引く四季将軍:天は射撃能力を向上させ、その姿は芸術的にも見えた。



(あれで時間制限もなくなったかどうかは微妙だな。処理能力は少し下がってるか?)



 神の眼からの光によりステージギミックである暗雲が晴れたことは、式神:月からしても予期せぬ出来事だったのか何処か挙動不審になっている。


 近距離用の冬刀はアーミラが破壊し、残るは一本。彩烈穫式天穹はハンナの全力を用いた魔流の拳の余波を受けても破壊はされなかったが、周囲に浮かんでいた式符は消失していた。



「あたしがぁ!! さいきょーの避けタンクっすぅぅぅ!!」



 そんな四季将軍:天と相対しているハンナは、あれだけの啖呵を切っておきながら魔流の拳を使わせようとしてきた努を絶対に見返してやると躍起になっていた。


 四季将軍:天が放つ矢の雨を持ち前の青翼を羽ばたかせて急降下と上昇を繰り返し、空中を舞って避けている。それは元々自力では飛べない身体構造で空を見上げることしか出来なかった鳥人が、夢を掴み取った証でもあった。



「コンバットクライ」

「マジックロッド」



 ただこのまま尋常ではないヘイトを稼いだハンナが狙われ続ければ、彼女もいずれは耐えられなくなる。ガルムは少しでもヘイトを取り返すために赤い闘気を放ち、努は覇桜の薙刀を飛ばして射撃の妨害をした。



「双波斬、ブースト」



 張り付けた鱗に精神力を込めて龍化結びを再び有効化させたエイミーは、その眼に赤い残光を宿しながら斬撃と共に四季将軍:天の肌を切り裂く。出血はあくまで状態異常の一種に過ぎないため、その対象が肉質であれば適用される。



「ブースト、ブースト」



 とてつもない速度で過ぎ去ったと同時、スキルによる強制的な移動を挟み物理法則を無視して切り返す。それを幾度と繰り返すことで瞬く間に出血状態へと陥らせ、四季将軍:天の体躯から赤黒い血が迸り怯ませた。



「兜割りぃ!!」



 その隙に四季将軍:天の上からぐるりと一回転しながらアーミラが大剣を叩き込む。それは上腕の薙刀によって防がれた。



「かあっ!!」

「ふぅーーー!!」



 そこからアーミラは大口を開けて龍化のブレスを吐き出し、エイミーは口をすぼめて息吹を吹いて四季将軍:天の身を焼き焦がした。



『――――』



 下腕で握る冬刀のスキルを用いてそれを押し返した四季将軍:天は、そのまま露払いするように薙刀を大きく振るった。そのついでに緑の気を身体に巡らせたが、ハンナの魔流の拳から回復した時よりも傷の治りが遅く傷も残っている。



(お前も進化ジョブ切り出したらブチ切れるからな)



 暗雲も晴れてまともな戦いが出来るようになった中、ようやく息切れしてきたであろう四季将軍:天を前に努は独り言ちる。


 四季将軍:天は確かに強力なスキルを放ち秋将軍:穫を引き継いでいる場合は回復までこなすが、そのリソースは有限である。進化ジョブをぶん回して精神力を回復できる利点までは探索者から奪えない。



「このまま削り切るよ、ヒール」

「うん!!」

「あぁ」



 出血が通るようになったことで双剣士としての本領が発揮されるようになり、特殊なスキル使いを用いた動きで出血状態を維持する。その火力が十全に発揮できるよう騎士は前線を張ってモンスターをその地に留め、その背後から白魔導士が両者に支援回復を送る。


 エイミーもまたガルムと同様に神のダンジョンが出現した当初から潜ってきた探索者であり、帝都では立ち回りの幅を広げてきた。その多彩な立ち回りで式神:月のメタ読みをやりづらくさせながら、食らいつくように双剣を振るう。



『――――』



 四季将軍:天が咆哮を上げ、上腕と下腕を振るい暴れ回る。だが継続する出血と度重なるパリィで態勢は不安定になり、エイミー、ガルム、努の三角連携が隙を与えない。



『ブルルッ』

「邪魔すんじゃ、ねぇ!!」



 明確に変わってしまった主人。だがそれでもその危機が訪れれば自然と駆け寄ってきた赤兎馬のヘイトをアーミラが取り、三人の陣形が崩れないよう調整する。



「岩割刃、ブースト」



 エイミーの双剣が四季将軍:天の上腕を突き刺し、その薙刀を地に落とさせた。それには彩烈穫式天穹を動かしていた中央腕も思わず止まる。



「ミスティックブレイド」



 進化ジョブを切り続けて精神力も厳しくなってきたガルムは、それでもその好機を見逃さずに長剣を閃かせて上腕の一本を断ち切った。そして足掻きに振るわれた一本の冬刀をパリィして態勢を崩させる。



「夢幻乱舞、双波斬、双波斬、双波斬っ……!」



 そこに繰り出される斬撃の数々。四季将軍:天の肉体から鮮血が走り、地に線を引いていく。ここぞとばかりに精神力を出し切るエイミーは顔色を青くし、龍化結びも維持できなくなり張り付いていた赤鱗も落ちる。



「双波斬!」



 自分が打てる最後の一撃を零距離で放ち、スキルにより生み出される刃が四季将軍:天の胸を抉る。その瞬間、大きな体躯から光の粒子が零れ出す。


 異形の将軍は片膝をついて大地に沈む。冬刀をも取りこぼし、先ほどまで振るわれていた力強さが次第に影を失い、濃密な月色の瞳が元に戻っていく。



「フレイムキーーック!!」



 そして彩烈穫式天穹による射撃の雨が止んで自由になったハンナが、隕石のように落下し四季将軍:天を蹴り飛ばした。


 するとアーミラにヘイトを取られていた赤兎馬はそれをも振り切り、大剣による裂傷を浴びながらも四季将軍:天に駆け寄る。そして胸に致命傷を受けた主人を気遣うように鼻先を押し当て、消えていく温もりに震える吐息を漏らした。


 そんな光景を前にハンナも限界だった青翼を痙攣させ、地面に倒れ込む。最後まで双剣を振るい精神力もほぼ尽きたエイミーも双剣を落としかける。



「まだ!!」



 最後まで戦った主人を労わるようにしていた赤兎馬が先んじて粒子化していく姿を前に、努が警戒の指示を出しながらエイミーに青ポーションを飲ませた。そして地面に落ちた赤鱗を再び彼女の首元に押し当て、ヒールでくっつけた。


 ガルムは努の指示で下げていた盾を構え、注意深く赤兎馬と四季将軍:天に視線を向ける。するとその犬耳が弦を引く音を確かに捉えた。



「ツトム!!」



 道連れにするつもりか。そう結論付けたガルムはすぐに努の線上に駆けた。エイミーもまだ精神力が足りない中で龍化結びを再発動して前に出る。


 だが光の粒子と化した赤兎馬が彩烈穫式天穹に赤矢として収まったその先は、遥か天空に向けられていた。狙うは式神:月。満身創痍でありながら大弓を構え全員を道連れにしようと試みた四季将軍:天に影が走る。



「神龍化」



 努の警戒とガルムの動きを見て自身は空に飛んでいたアーミラは、四季将軍:天の頭上で両手を前に構えていた。その手に顕現するは完全な龍の頭。アーミラの表情と連動するように凶悪な顔をした龍は、その口から強烈な光を噛み漏らす。



「くたばりやがれえぇぇぇ!!!」



 アーミラの絶叫と同時に、両の掌から顕現した龍の頭部が咆哮を上げて凶烈な光の奔流を吐き出す。天地を裂くような白光は轟音と共に走り、空気そのものを焼き尽くして突き進んだ。


 対する四季将軍:天も最後の矜持を示すように、彩烈穫式天穹に粒子と化した赤兎馬が赤矢となり主を守るために走る。紅の軌跡と白の奔流――二つの極が空中で激突し、閃光と爆音を撒き散らした。


 互いを削り合い、光が歪み、衝撃波が地を抉る。だが神龍化したアーミラと龍頭の二重の咆哮が優勢を押し広げ、紅い矢を呑み込み最後には四季将軍:天そのものを包み込んだ。



「……――」



 声にもならない呻きと共に、その巨躯は光の中で崩れ瞳が静かに閉じられる。次の瞬間、四季将軍:天は無数の光粒子となり夜空へと溶けていった。


 残されたのは焦げ付いた大地と、立ち尽くす探索者たち。荒い息遣いが響く中、空間が割かれ黒の門が開いた。


 それは180階層突破の証。努たち無限の輪が、また一つ新たな階層に手をかけた瞬間であった。

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