第659話 神のダンジョンと結婚しとけ

 ユニス対ステファニーの前哨戦として行われた模擬戦が終わり、結果としては一対一となった。



「普通はこうなる」

「…………」



 初めこそ気合いの入っていた熊人の重騎士はディニエルに距離を取られたまま完封され、最後には身を縮めることしか出来ずに降参した。何処ぞの人喰い熊と対峙し辛勝したディニエルからすれば、彼女は狩人を知らない若熊のようなものだった。



「……一発芸をわざわざ対策しないでもらえる? 立つ瀬がないよ」

「だってギルド長の娘に勝つんだもん。めっっちゃ対策したよ」



 ガン処理のお通夜状態だったディニエルと熊人とは打って変わり、大剣士ラルケと灰魔導士ソニアの決着後は互いにGG《グッドゲーム》といった様子で会話していた。


 ラルケと対面することとなっていた鼠人ねずみじんのソニアは、ステータスやスキルが突出しない灰魔導士なので正面からの当たり合いではどのジョブにも劣る。それ故に対人戦では奇策を取ることが多いが、それは一刀波OTPのラルケも同様だった。


 ラルケは独特な動作から繰り出すことの出来る様々な一刀波と、極端な精神力の増減による予想外の威力を用いてアーミラを下した。


 だが深淵階層で留まっていた頃に外へモンスター狩りに出ざるを得なかったことからして、対人戦で大きな結果を残していたわけではない。アーミラを倒したのは独特な一刀波による初見殺しであり、彼女の立ち回りもまた奇策に近かった。


 そんな奇策同士の対決でソニアはユニス製の刻印装備を着込みMND《精神力》を高め、一刀波の速度を少しは低減できるバリアとそれを相殺できる攻撃スキルを用意した。そして一刀波を繰り出す動作は神台で全て目に入れておいたので、ラルケの精神力切れまで持ち込み接近戦にもさせずに削り切り勝負をつけた。


 そんな二人が和やかな感想を交わしている中、不気味な蛙みたいな笑顔を浮かべたステファニーは薙刀を手にして前に歩き出す。



「負けた言い訳の準備はもうよろしいですか?」

「負けたらツトムに慰めてもらうですよ」

「はっ、ツトム様が私たちの模擬戦などを見ているとでも?」

「これ幸いとばかりにレベル上げでもしてそうなのです。私の作った刻印装備を着て、ね」



 対面すると頭一つ分ほど身長差のあるユニスを、ステファニーは畑を荒らす害獣のように見下した。



「ならばさっさと探索者を引退して裏方に徹してはどうですか?」

「ツトムがそう望んで、責任も取るつもりならそうしてやるですよ」

「下らない妄想ですわね。ツトム様が弟子に手を出すようなお方なら、とっくの昔にわたくしがその寵愛を受けていましたわ。ツトム様は誰もお選びにはなりませんよ」

「自分がフラられたからって他人の足を引っ張るの、どうかと思うのです」

「……あれだけ親切だったツトム様に失礼な物言いをぶつけ、あれだけレオンレオンと尻を振っておいて、振り向かないとなれば鞍替えした淫売女が。お前はヒーラーとしては勿論、模擬戦ですら私に敵わない。落ちこぼれの弟子だということを白日の下に晒してやる」

清廉潔白せいれんけっぱくの白魔導士様は言うことが違うのですね。そのままヒーラーのトップをひた走って神のダンジョンと結婚でもするといいのです。私はゆるゆると探索者なり刻印士なりを続けて、ツトムと日常を共にするですが」



 ステファニーは踏みつぶさんとばかりに見下げ、ユニスはふふんと鼻を鳴らす。そんな両者の間を取り持つように審判役のディニエルが近寄ってきた。



「ばちばち」

「ディニエル、合図を」

「ソニアたちの話が終わるまでもうちょい待ち。勝手に戦い出さないかと様子を見に来ただけ」



 昂りすぎているステファニーにディニエルはげんなりした顔で一番台を映す神の眼を見た後、模擬戦の解説と実況を務める二番台の神の眼を連れたポルクに問題ないと遠目で合図を送る。



「よくもうちの熊ちゃんを滅多打ちにしてくれたですね」

「熊には懲りた」



 ステファニーと比べると幾分か余裕が見えるユニスの言葉に、ディニエルはにべもなく返す。その間も殺意を隠しもしない彼女の縦ロールをみょんみょんと引っ張ったディニエルは、じろりと睨まれるのも気にせず耳打ちする。



「ツトムからの手紙の通りに貴女は最前線を維持して、今ここにいる。そこに間違いはあるか?」

「……ありませんわ」

「なら万が一にも負けることは許されない。殺意に振り回されて思考を乱すな。研ぎ澄ませ」

「えぇ、えぇ」



 セコンドのディニエルからの言葉でステファニーは少し落ち着きを取り戻した。そしてその耳打ちですら良くも悪くも聞こえてしまう狐人のユニスは、ツトムからの手紙という単語に顔を曇らせその狐耳を尖らせていた。


 まるでクリティカル判定を嫌がったような彼女の僅かな身じろぎに、ステファニーは目ざとく気付いた。



「――ん? そういえばユニスはツトム様からのお手紙、どういった内容が記されていたのですか? 私は突然姿を眩ますことへの謝罪と、これからも最前線での活躍を期待していると書いて頂きましたが」

「…………」

「あぁ、それこそ愛の告白でもされましたか? であれば先ほどの言動も納得ですわ。ゆるゆると活動を続けていくのがよろしいですわね。とっっっても羨ましい限りですわ」

「黙れ」



 ここぞとばかりに心にも思っていないであろう言葉を綴ってきたステファニーに、ユニスは怒髪天を突く勢いで大きな狐尾を逆立てた。そんな彼女にステファニーはにんまりと口角を上げる。



「可愛い子ぶりの口調も剥げましたか。しかし、まさか……その様子だとお手紙すら頂いていない、なんてことはありませんよね?」

「…………」

「憐れな駄狐。私が慰めてあげましょうか?」

「お前も人を煽る時だけですわですわとうるさいのです。お嬢様気取りの探索者なんて、バーベンベルク家がいる前じゃちゃんちゃらおかしいのです」

「そろそろ始めるよ」

「……ディニエル、あとで覚えとけです」



 ユニスにとってはまさにクリティカル判定である、ツトムから渡されたなかった手紙のこと。それをディニエルから耳にねじ込まれたユニスは、キッと彼女を睨みつけながら模擬戦の間合いへと歩いていく。



「いや、知らん」



 だがユニスが努からの手紙を貰っていないことすら知らなかったディニエルは、そう本心で呟きながら合図の矢を番える他なかった。そして二人が所定の位置に付いたのを確認した彼女は音の鳴る鏑矢かぶらやを放ち、模擬戦の開始の合図を送った。

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