第637話 死にたがりの暗黒騎士

「意外とツトムもカムラ評価してるんだな。特に接触することもないから眼中にもないと思ってたが」



 迷子みたいに喚いているハンナの声をうっすらと耳にしながら、臨時PTを組むため受付列へと並んでいる中。相変わらず男性にしては珍しい黒い長髪のソーヴァはそうぼやいた。


 元々は三種の役割説明会で努に突っかかったヴァイス信者の一人であった彼は、今でもアルドレットクロウのアタッカーとして在籍し上位軍に入る優秀さを発揮している。そんなソーヴァは祈禱師のカムラとPTを組む機会が何度かあり、彼のヒーラーとしての実力を認めていた。


 そのぼやきに努は心外なと目を見開く。



「神台でも何度か話題に出してたし、ギルドで居合わせた時には様子を窺ったりしてたんだぞ? でも明らかに向こうから避けられてる感じは否めなかったから、無理に話すのも良くないかなって」

「ツトムの方からちょこちょこ話題出してるのはお兄ちゃんも知ってたけど、上から物申してんじゃねぇって認識だったねー」

「それに呪寄装備の流通でウルフォディアの二人突破が潰れる形になったのが致命的だろ。もしあれがなかったら一軍と並び立つ評価を得られてただろうしな」



 半年ほど不動だったウルフォディアはステファニーとディニエルが2人PTで初めて突破し、アルドレットクロウ内ではそれにカムホム兄妹も続いた。二番手ではあるものの祈禱師でも突破できることを証明した事例であり、快挙と言える。


 だがウルフォディア突破の難易度は浄化を無効化できる呪寄装備の出現により大幅に低下し、その実績は知る人ぞ知るという扱いに成り下がってしまった。それをカムラが面白くないと思うのは当然であり、努はお気持ち記事を見てにっこりしていた。



「切っ掛けは僕だけど、それについてはそもそも刻印装備の流通制限してたロイドも悪くない? 今とウルフォディア以前じゃ装備に雲泥の差あるでしょ」

「まぁな。でも本人からしてみれば、ってところじゃねぇか?」

「ウルフォディア突破したらあの可憐なステファニーも一目置くと思ってたのに! って感じだったねー」

「……え、カムラさんってそういう感じなの?」



 出会い厨死すべし慈悲はないのスタンスである努の軽く引いたような返しに、ホムラは人差し指を顎に当てて視線を上向かせた。



「んー。ていうか、帝都の神ダンに比べるとこっちの環境が良すぎてはっちゃけちゃう感じ? あっちじゃ基本ダンジョンに潜りっぱなしだから地上には中々帰れないし、かといって男女の関係も禁忌だし。異性関係を捨てなきゃ探索者は出来なかった。でもこっちじゃやりたい放題!」

「あー。確かにエイミーから聞いた情報でも、かなり不便みたいでしたね。帝都の神ダン」

「こっちと比較するのもおこがましいって感じだね。信心深いお兄ちゃんでもいざ来てみれば神華から乗り換えるくらいだし。ま、お兄ちゃん今でも操を立ててるヘタレだから、ハンナとかエイミーに食事の誘いも出来なさそうだけど」

「酷い言い草だ」



 妹から兄に繰り出される女性関係の指摘はあまりにもむごく、努は匙を投げるようにソーヴァを見た。すると彼は耳を覆い隠す横髪を指で弄りながら、遠目に見えるカムラPTに向けていた視線を戻す。



「あっちはあっちでどうにかするんだろうが、しかしツトムお前、大丈夫か? 暗黒騎士と組んでるところなんて見たことねぇけど」

「一応ギルドの野良募集とかでも組んだことあるけど、ホムラさんはその中でも特殊だよね。リスクリワード二段掛けなんて普通ならまともに動けないでしょ?」

「慣れればいけるよー」



 軽い調子で言いながら白色が主体のゴスロリ服を可愛らしくひらひらさせているホムラであるが、本当にそうであるなら他の暗黒騎士が真似していないわけがない。


 リスクリワードは自身の最大HPを三割削り、残存HPも三割以下にしてLUK以外の全ステータスを上昇させる。それを二段掛けすると更に半段階上がるので、エレメンタルフォース状態に近いステータスを手に入れることが出来る。



(最大HP減少、ここじゃ本当に体力の最大値が削れるっぽいしな。身体感覚も変わるらしいし、慣れには年単位いるだろ)



 ただ『ライブダンジョン!』では単に数値が減るだけである最大HP減少であるが、この世界では本当に自身の体力が三割減る。なので一人だけ酸素が薄い中で動いているような状態になるため、身体感覚の慣らしは必須だ。


 それを二段掛けしているのでホムラの体力は六割減った状態であり、そこから更に瀕死になるので初見の暗黒騎士がやればまともに動けない。


 VITは普段より高いのに体力は長く続かず、瀕死になった初めは身体感覚も普段より鈍る。そんな生命の緊急事態を前に脳は身体のリミッターを外し、脳内麻薬を巡らせ痛みを緩和し一種の陶酔感をもたらす。


 ガルムやダリルが扱う限界の境地と似たようなものをホムラも扱っている。だが火事場の馬鹿力もそう長くは続かない。リミッター外しによる身体の損傷は回復スキルで治せるが、脳内麻薬の分泌が切れた脳まで元気にすることは普通できず、気力が衰える。



(新しい脳よ! を本当にやる奴があるか)



 なのでホムラは大暴れしつつ被弾を重ねヘイトをある程度消化した後に死んで蘇生されることで、新鮮な脳を手に入れ再びリスクリワードを使用して限界の境地に入ることを繰り返す。それに祈禱師のカムラは基本的に全回復、装備もそのままの状態で生き返らせられる復活の祈祷を回しているため、ホムラの復帰も早い。


 何度死んでも蘇りむしろ調子を上げていく。それがホムラの主な戦法であり、千羽鶴戦を神台で見ていた迷宮マニアがユニークスキル持ちのミナに匹敵すると考察するほどタンクとしての力がある。


 特にモンスターに与えたダメージの一部を吸収できるディサイシブというスキルを用いた、ゼノにも似た自己完結型のタンクとしては努もかなり評価している。


 それでいて進化ジョブのアタッカー運用も魅力的なので、暗黒騎士としてホムラは頭一つ抜けているといってもいいだろう。同じく暗黒騎士であるミナは蟲化こそあるがまだ子供っぽさもあり経験が足りない。



(でも死にたがりはウルフォディアの後でも変わらなそうなんだよな)



 ホムラのゾンビ戦法には脳みそリセットなど一定の有用性があることは事実だが、恐らく半分は彼女の趣向も混じっている。


 アーミラと同じような背丈に暗黒騎士特有のゴスロリっぽい服装に部分鎧を組み合わせた装備に、お人形みたいなぱっつんの黒い髪型。だがその可愛らしい外見とは裏腹に、死の淵での戦いを好む戦闘狂であるのは神台を見れば嫌でもわかる。


 それにリスクリワードによる最大HPの低下は蘇生や復活によりリセットされるが、その落差が解消されることに彼女は言い得も知れぬ喜びを感じているようだ。なので彼女はゾンビ戦法を好んで扱い、対ウルフォディアで見せた安定の瀕死タンクは好まない。



(普通にウルフォディアの時みたいに瀕死タンクやってくれれば問題ないんだけど、まぁ無理だろうな。憎まれ口は叩こうが、お兄ちゃん以下のヒーラーには従わなさそうだし)



 蘇生が不可能になる浄化を持つウルフォディアにゾンビ戦法が通じなかったことで、ホムラは他の立ち回りを嫌でも身につけざるを得なくなった。それはタンクとしての成長をより促進させたが、いずれにせよ彼女が好む戦法ではない。


 なのでまずは自分からホムラのゾンビ戦法に合わせてやり、その後に普通の瀕死タンクの立ち回りも試すように促すほかないだろう。でなければハンナ同様、ろくに話も聞いてくれなさそうである。



(カムラも妹にあれだけ綿密なスキル回せるなら、他にも目が向けばもっと良い祈禱師になる。ハンナがホムラ並みに好き勝手暴れてくれるといいけど)



 瀕死のホムラの邪魔をせず、死が迫りくる時にだけ願いを成立させて回復しているカムラのヒーラーとしての手腕を努は高く評価している。


 願いや祈祷はいくらでもストック出来て中断も出来るとはいえ、あれだけの数を脳内だけで管理しているのは達人技と言ってもいいだろう。それでいてホムラを何度か蘇生してもヘイトを零さないヒーラーとしての確かな感覚。


 その綿密な願いが妹以外にも向けられるようになれば、カムラはヒーラーとして更に躍進する。そしてホムラも兄に甘えて無駄なヘイトを押し付けなければ、何処に出しても恥ずかしくないタンクになる。



(願いの把握はこの世界じゃ神がかってる。第二のAvidになってくれ~。ついでにハンナもなんかいい感じにしてくれ~。その代わり妹はどうにかするから~)



 そのためにもまずは兄妹だけで満足している現状を崩すことからである。努は死にたがりのホムラに対してどのように支援回復をするかパターンを考えつつ、PT契約を済ませて175階層へと転移した。

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