第631話 大将やってる?
式神らしい美しいフォルムを保っていた百羽鶴の様々な箇所から、
『――――』
暗き底から這い出るようなくぐもった叫び声と共に、蛇のような黒い触手がうじゃうじゃと湧く。緑色に光る刻印が刻まれたそれらは床を素早く這ってガルムの足下に迫った。
「ミスティックブレイド」
それをフライで避けても尚、地獄に手招きするように追いかけてきた触手を彼は剣で打ち払う。
するとその触手はタンクの攻撃ですらいとも簡単に切断され、水を流されたホースのようにうねって緑の体液をそこら中にまき散らした。その体液をガルムが盾で防ぐや否や炭酸が巡るような音が響く。
そして気体と変わったそれを吸い込んでしまったガルムはすぐに呼吸の違和感を覚え、フライによる空中機動が少し乱れた。
「ヒール。メディック」
物体には溶解液として機能し、溶かすと同時に即時性の毒霧を発生させる。毒を持つ触手モンスターの中でも嫌らしい特性であろう黒蛇の傷口を努はヒールで塞ぎ、ガルムにメディックを当てて解毒する。
神のダンジョンにおいて毒はインフレの歴史を辿ってきた。それこそ
しかしそれらの毒は白魔導士のメディックや祈禱師の癒しの光などで全て解毒が可能なため、神のダンジョンにおいてはあまり脅威にならない。だからこそ毒の強さは階層を追うごとにより苛烈になっていた。
「……あ?」
「メディスン。メディックルーム」
色折り神が構成している床はその体液で溶かされては再生を繰り返し、気体となって部屋中に毒を蔓延させていく。ガルムに次いで前線にいたアーミラも龍の手が動かないことを察した努は、PTメンバー全員の頭上に緑の気を発生させ毒からの安全地帯を形成する。
「麻痺と出血の混合毒か? ……吸った時点で駄目だな」
「ぐえっ」
龍の手を放棄して一先ずメディックルームまで引いてきたアーミラはそこから半身を出して毒の正体を模索し、エイミーはアザラシの赤ちゃんでも救出するように動けないハンナを引きずって放り出した。
「斬撃は悪手かなー?」
「いや、どちらにせよ自傷してるから関係ないね。ヒーリング」
スキルによって作り出されたいくつもの蛇は今も百羽鶴のかぎ爪で刺され、所々穴の開いたホースのように緑の体液をまき散らしている。そして床や壁に付着しては毒霧と化し、メディックルームの外で百羽鶴のヘイトを買っているガルムを蝕んでいる。
VITによる耐性の高さもあってかガルムは毒を吸っても即座に動けなくなることはないが、それが蓄積していくにつれて死へと近づいていくことに変わりはない。VITの低い近接アタッカーでは近づいて一太刀入れた頃には身体が痺れて動けなくなるだろう。
「双波斬」
「かぁっ!!」
なのでエイミーは双剣を振るって斬撃を飛ばし、アーミラは喝でも入れるように口を開いて龍化のブレスを発した。触手自体は百羽鶴よりも柔らかいからかその斬撃で数本は千切れ飛び、レーザービームのようなブレスも嫌がるように身をくねらせた。
だがエイミーの双波斬で切断された触手は切断面からせり上がるように再生され、すぐに元通りとなった。逆に熱線で貫かれて傷口が焼き塞がっている触手は再生に手こずっている。
「やっぱブレスかなー。毒持ちにデバフは効き目薄いし」
「龍化結びでも撃てるんだっけ?」
「精神力消費が微妙だけど、撃てるね。アーミラみたいに撃つと喉が死ぬけど」
龍化結びによってブレスを吐くことによる余波は軽減されるとはいえ、アーミラのように高密度なものを撃とうとすれば喉が焼けて自爆してしまう。なのでエイミーは大きく息を吸い込み、口をすぼめて薪に空気を送るように火炎を放った。
「ヒール……ガルムにも飛び火してない?」
「全体的に多少焼いとけば触手の動きも鈍るだろうし、あいつが受けた以上のリターンはあるよん」
しかしそれでも腹が立つことに変わりないのか、ガルムの放つコンバットクライが何処か荒々しい。
「シールドバッシュ」
そんなガルムの動きは徐々に変化した百羽鶴に対応し始めていた。沼階層や浜辺階層、スポッシャーなどとの戦闘経験もある彼は、その攻撃パターンを見極め小盾でカウンターを見舞っている。
犬耳による機敏な聴覚を利用した空間把握で背後から刺突するように放たれた触手をも避け、外傷を与えないよう徹底して小盾で弾いている。
そんな頼もしいタンクの活躍もあり支援回復の頻度を落としてもいいと判断した努は、進化ジョブを解放して素早く詠唱する。
「ホーリーレイ、ホーリーレイ、ホーリーレイ」
ガルムと百羽鶴を分断するように敷かれた二本のホーリーレイ。そこに最大精神力を込めた光の柱を放つと、それはピンボールのように二つの壁の間を反射して触手を八つ裂きにする。
「セイクリッドノア、ホーリージャスティス」
満月を模した聖属性の塊が作り出され、それを後押しするように聖なる十字架が射出される。神の怒りを体現したようなスキルを受け黒蛇は蒸発するように消滅し、触手はその熱を嫌がるように引っ込んだ。
「メディック。ヒール。初めに聖属性で消すのが正解か」
とはいえ黒蛇こそ消滅したがその他複数の触手も毒自体は放っているせいか、ガルムはその間みるみるうちに毒を蓄積し動きが鈍り口端から血を静かに漏らしていた。それを察知してすぐに進化ジョブを解除した努は彼を癒し、ブレスを放っているアーミラを見やる。
「神龍化はどう? 使用時間は短かったと思うけど」
「タンク運用で大分削られちまったから体感は変わらねぇな。やってやれねぇこともねぇが、その後は龍化も結びも出来なくなりそうだ」
「余程の緊急時でもない限りタンク運用は渋いか。メディック」
「だろーな。試しにやってみたが、階層主戦じゃ勿体ねぇ気もするぜ」
「まぁ、そんな奥の手が切れる時点で強いんだけどね。神龍化結び早く覚えてくれる?」
「そんなにほいほい覚えてたまるかっ」
最強の矛であると同時に盾にもなれることが証明された神龍化。それを他のPTメンバーに譲渡できるようになるとなれば夢が広がるが、アーミラからすれば過度な期待はいい迷惑である。
「ガルムも問題なさげだしじっくりいこうか」
百羽鶴はその頭を三つ失ったものの、代わりに生えた数多もの触手を使い地面をどこどこと不格好に走っている。その不気味な動きは到底予想できるようなものでなく、縦横無尽に振られる毒触手に唯一残った鶴の顔からは光線も放たれている。
しかしそれを一人で相手取るガルムはそれに遅れを取ることはなく、むしろ百羽鶴が失った四面視界の隙を突き見事に触手を掻い潜っていた。
更に努が進化ジョブを解除してヒーラーの態勢に入ってからは進化ジョブを解放し、敢えて隙を作ったことで百羽鶴から放たれた光線をパリィして弾き返していた。自らの光線をそっくりそのまま返された百羽鶴は目に見えて怯み、恐れをなしたように触手が振られたがそれらを彼は一刀で切り落とす。
「……ていうか、むしろ一人でどうにかしてない? ヒーリング」
「何処ぞの馬鹿と違って調子乗って突っ込む風にも見えねぇしな。それでミスっても進化ジョブ解除であぁだろ? ずりぃだろ」
そんなガルムでも流石に縦横無尽な触手を相手にしてのパリィは失敗することもあったが、その時には即座に進化ジョブを解除し戻ったVITにより頑強になった身体で触手の鞭打ちを受け切る。
「タンクの支援回復はある程度掴んだから、エイミー近接戦してもいいよ。二人一気にはまだ怪しいからアーミラと入れ替わる感じでよろしく」
「ステファニーに勝つんだろ? 二人まとめてやってみろよ」
「そんな無茶は階層主戦だけで結構だよ。ちょっとは練習させてくれ」
恐らくそれ自体は可能であるものの、穏静の刻印による精神力消費の増加とまだ未知のある百羽鶴相手に余裕は持たせておきたい。それにまだ目を開けるのも億劫そうな顔しているハンナ不参加の縛りプレイもある。
なのでアタッカー陣はメディックルームでの入れ替わりで余裕を持たせつつ、タンクへの支援回復を集中させながら百羽鶴との戦闘は続いた。
「……もしかして無限再生か?」
だがそれから三十分ほど戦い続けたが、百羽鶴の再生能力に陰りは見えなかった。その頃にはガルムも疲労が蓄積し、アーミラとエイミーは手応えこそあるが死ぬ気配のない百羽鶴に疑問を覚えていた。
じりじりと安定した戦況で戦うより、一気に火力を出して短期決戦に持ち込まなければならない相手かもしれない。そんな推測を努が立てている中、ハンナは喧嘩中の妻がそろりと寝床に顔を出すような面持ちで様子を見ていた。
(まだ余裕がある内に皆でぶっ放してみるのも手か)
そう考えながらちらりと横に寄ってきていたハンナを見下ろすと、彼女は名誉挽回の機会があるのかと目を輝かせ始めた。アーミラも最後の力を振り絞るかと手を組んで伸ばしている。
だが努が魔石を選別するためにマジックバッグへ手を入れたところで、巨大社を揺らすほどの衝撃が走った。
ここに来て謎の衝撃。だがその原因に思い至った努は前線を張っていたガルムとエイミーに指示を出す。
「撤退! 後ろの扉から脱出するよ! メディック!」
「えっ?」
そう叫ぶや否や緑の気を後方に広げて退路を確保し始めた努に、ハンナは呆気に取られたような声を漏らす。アーミラもその指示に目を丸くして動かなかったが、前線の獣人二人は迅速に前線を下げ始めた。
「んー!? うぅー……。うがぁぁっーーー!!」
ようやく回復して前線に出られそうな矢先での撤退にハンナは納得していなかったが、流石にやらかした手前もあってか大人しく指示に従った。
そして百羽鶴のヘイトを最後まで買っていたガルムが部屋を出る最中、二度目の衝撃と共に巨大な鶴がその口先で壁をぶち破って顔を出した。
その巨大鶴は大将やってる? と言わんばかりに左右を見回して色折り神に害を為す敵を補足した後、その顔が枝分かれして百羽鶴と探索者たちに狙いをつけた。
突如として出現した千羽鶴が巨大社に乱暴な横付けをしたことで現れた極大鶴。その衝撃と放たれた光線で巨大社そのものが崩れ始め、努たちはフライで外に出ざるを得なくなった。
「……これ、逃げられるかなぁ?」
そして悠然とそびえ立つ千羽鶴から式神:鶴が巣を害された蜂のように飛び出している様を見たエイミーは、思わず絶望の声を漏らす。
「なんか百羽鶴にもヘイト分散してるし、何とかなる。逃げ切るよ」
「コンバットクライ」
「コンバットクラーーイ!!」
そんな努の声掛けでガルムは後ろ向きに落ちながらおびただしい数の式神:鶴に赤い闘気を放ち、ハンナも負けじと続いた。
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