第601話 RPGの醍醐味
「意外と早く堕ちたな。何か仕掛けでもした?」
「…………」
「はい」
努は思ったよりも早かった骸骨船長の階層主化を見てそんな問いを投げかけたが、リーレイアの表情からして逆鱗に触れたと察したのかすぐに一人で話を完結させた。そして急速に時でも進めているかのようにくすんでいく飛行船を眺める。
大航海時代に作られ納船直前のような美しさのあった飛行船は、深海で朽ちている幽霊船のような外見に様変わりしていた。船の前面には張り付けにでもされているように巨大骸骨の顔が浮かび上がり、その眼窩には宝煌龍の瞳が埋め込まれている。
「コンバットクライ」
「コンバットクライ」
努がリーレイアの逆鱗を撫で、ソニアが黒の演出と共に神の眼の番号まで切り替わったことに興奮している中、タンク陣は迅速に階層主のヘイトを取っていた。三人から離れて赤と黒色の波動を飛ばす二人に、幽霊船の大砲は狙いを定めるように動き出す。
事前に詰められていた砲弾は彼らの遥か頭上に向けて発射され、花火のように爆発し光線が降り注ぐ。それをガルムは空気が灼ける音で空間を察知し縫うように避け、ダリルは真っ向からタワーシールドで受け止めた。
ガルムが光線により穴だらけになった地面をフライで通過し距離を詰める最中、ダリルはようやく収まった光線を受け切って肝を冷やしたように息を吐いた。そして重騎士の突出したVITと刻印装備により大した怪我を負わなかった彼も後に続く。
「どうしよっかなー。炎蛇」
タンク二人がヘイトを取った後、ソニアは初見の階層主相手にどういった類の攻撃が通用するのか予想しつつ呪術師の汎用スキルである炎蛇を放つ。蛇の頭を模った炎が鞭のようにしなり、骸骨船長の顔に食いつこうとした。
「うわ、障壁あるんだ。エクスプロージョン」
だがそれは光を反射するようにして存在を露わにした障壁に阻まれ、そのまま鎮火させられるように相殺された。それからソニアは指定した場所に爆発を起こすエクスプロージョンも試してみたが、障壁を貫通することはなく防がれた。
そんな三人で一先ず骸骨船長の出方を探っている中、リーレイアは腰に引っ提げたレイピアの鞘を手慰みに爪でかちかちと鳴らしながら努を見ていた。
ただその音と視線に気づかないほど集中している様子の彼は、三人と幽霊船を瞬きもせず凝視していた。中々見ない努の張り詰めたような空気を抜くように彼女は話しかける。
「お詫びのエレメンタルフォースでもしてもらいたいものですが、流石に様子見ですか」
「……多少タネはわかるとはいえ、初見の階層主相手に初めから青ポ使うのは自殺行為でしょ」
「元々初見の階層主に挑むことこそ自殺行為に等しいですが。……そういえばツトムは自殺行為、初めてじゃないですか? 随分と緊張しているようですが」
努は90、100階層と鮮烈な突破を見せてきたものの、完全な初見で階層主に挑んだことは皆無に思えた。そんな彼女の痛い腹でも擦るような問いに、努は幽霊船に視線を固定したまま返す。
「まぁ、階層主戦は基本的に初見の攻撃食らって何度も死んで覚えていくのが普通だよね。神台で事前に情報共有しても全てが判明してるわけでもないし、自殺行為っていうのもあながち間違いじゃない」
それは『ライブダンジョン!』では勿論だが、全てのRPGに通ずることでもある。序盤のボスこそ初見で倒せたとしても、中盤、終盤のボスを相手につまずきもしないのはヌルゲーもいいところですぐに飽きてしまう。
理不尽に思えるような全体攻撃やら即死攻撃を受けて転ばされるからこそ、次はこうしてみよう、あぁしてみようと試行錯誤が頭に浮かぶ。それを繰り返し対策を重ねて強敵を倒していき、達成感を味わうのがRPGの醍醐味だ。
「それでも、僕は嫌だけどね。自分の身で死に覚えなんてのは」
ゲームオーバーはプレイヤーにとって欠かせないスパイスである。だがそれはあくまで仮想的なゲームでの話だ。現実で空から突き落とされてフライを身体で覚えろだとか、百回モンスターに殺されたら一人前だなんて探索者の風潮は、努からすれば気が狂っているとしか思えない。
そんな努のふと呟いたような言葉にリーレイアは目を丸くした後、背面に1と表示されている神の眼を見やる。
「私の作戦だと十中八九階層主戦になり、撤退できない可能性の方が高かったと思いますが」
「死に慣れるのは御免だけど、死に敏感すぎるのも問題だからね。また窮地に追い込まれた時にPTメンバーを見捨てて逃げるわけにもいかないし」
「殊勝な心掛けですね。そんなツトムが死ぬところを見たくてたまらないファンからすれば生唾ものでしょう」
「深夜の神台から出てこないでくれ」
女王蜘蛛の貴重な捕食シーンを見るために人の少ない深夜帯に食われる探索者を募集し、大金を払う金持ちがいるらしい。そんな噂話を聞いたことがある努はリーレイアの軽口でようやくその緊張を解いた。
「基本は砲撃と障壁ですかね。まずは障壁を壊すのが先でしょうか。あれには結構な宝物を消費しますし、無限ではないでしょう」
「船員代わりの水晶体をどうにかしないと無限に砲撃されそうだしね。障壁割って船内の水晶体を始末するのが丸いかな」
大砲は砲弾を詰める者がいなければ成立しないが、階層主化した骸骨船長はその船員として水晶体を雇ったようだ。遠目ではあるが今もそのゴーレムたちは倉庫から砲弾を両手でぶら下げるように掴み、腰でも痛めそうな持ち方で運んでいる。
「まずは障壁を削って船内に乗り込みます! ガルムはそのままヘイト取りを、ダリルとソニアは障壁を削って下さい!」
努の案を採用したリーレイアは先行していた三人に声を張り上げて指示を出す。獣人に対しては拡声器を使わなくともこれで済む。その指示を遂行するべくガルムは一人脇に逸れながらウォーリアーハウルを放ち、ソニアとダリルは前に出る。
すると幽霊船に埋まっている骸骨船長の瞳が怪しく光り、ガルムの周りに淡い光の結晶が煌めき始めた。そして数秒もしない内にそれは即座に障壁へと変質し、四角の形で彼を閉じ込めた。
「コンバットクライ! ウォーリアーハウル!! 離れて!」
ガルムはその障壁に対して小盾を前に構えて渾身の体当たりを見舞ったが、それが割れることはなかった。その状況を見たダリルはすぐさま黒の闘気を発し、両手のタワーシールドを派手に打ち鳴らした。
その発する大きさに応じてヘイトボーナスがつくウォーリアーハウルに釣られ、ガルムに狙いをつけていた五つの砲門はその狙いを変えた。
「リジェネーション」
「契約――シルフ、サラマンダー」
そんなダリルから離れながらも継続回復のスキルを当てた努の横をすり抜け、リーレイアは精霊契約と共にそのレイピアに風を纏わせガルムを囲う障壁を突き刺しにかかった。
風精霊による推進力と彼女のSTRも乗った刺突は、障壁を貫くには至らず拮抗している。ただそれにサラマンダーが火の加護を加えその刀身を赤く染めると、徐々に刃先が進み最後には貫通した。
それを起点にそのまま溶かし斬るように穴を開け、ガルムはそこに突進することで難を逃れた。そしてまた淡い結晶が発生し閉じ込められたダリルを見やる。
「プロテク。……ヒール」
そんなダリルに努は試しに黄土色の気を送ってみたが、それは障壁に接すると僅かな拮抗の末に消え失せた。続いて彼の足下に置くイメージで緑の気を放ってみたが、先ほどのソニア同様に障壁前へ出現する形でスキルが成立してしまった。
「障壁を攻撃に転ずるなよ。バーベンベルク家か?」
「不敬罪ですよ。それにバーベンベルク家の方々より強度は貧弱でした」
「多分、こっちに飛ばす方は強度が低いっぽい? 骸骨船長を守ってる障壁はもっと硬いよ」
「貴女も不敬罪ですね」
「嘘じゃん?」
「…………」
ソニアたちが骸骨船長の障壁についての所感を話し合っている中、少し離れた場所で障壁に閉じ込められているダリルは一人しゃがみ込み防御の構えを取りながらその会話を聞いていた。
そんなダリルの少々憐れな処遇を気遣ってか、ガルムはその話題を彼に変えた。
「砲撃と共にダリルに張られている障壁も解除される手筈だろうな。避けタンク殺しもいいところだ」
「いずれは砲弾もパリィするんでしょ?」
「無茶を言うな」
「……ちなみに、ダリルは大丈夫そ?」
「念のためリジェネは当てといたけど、むしろいらないまであるね。僕の考えたさいきょうの重騎士だぞ?」
そうこう話しているうちに船員の水晶体の働きで砲撃の準備が整い、死が確定した憐れな罪人を嘲笑うように骸骨船長がけたけたと骨を鳴らす。
「タワーウェル」
障壁に閉じ込められたままタワーシールドを前面に構え、尻尾もしまい込み完全な防御態勢を取ったダリルはダメ押しのスキルを詠唱する。そして五つの砲撃が彼の真上に放たれた。
「エクスプロージョン」
「サラマンダーブレス」
そのまま仲間が処刑されるのを見過ごすほど非情ではなかったのか、女性陣二人はその砲撃の妨害に走った。だが進化ジョブを使ってまで助ける気はない努とガルムはのほほんと眺めるばかりである。
そして計三つの砲撃が彼の頭上で爆発し、その光線を降り注がせた。それと同時に障壁は解除され白の光線がダリルの掲げるタワーシールドにぶち当たる。周囲にも光線は降り注ぎその地面に穴を開け砂埃を舞わせた。
その衝撃が収まった後にはさしてダメージも受けていない様子のダリルが防御の構えを解き、大きな盾を振り回し砂埃を除けていた。
「……本当に余計なお世話だったかな?」
「僕がいくら賭けたと思ってるんだ。これぐらいで壊れるようじゃ困っちゃうね」
「それはそれとして、この対応は覚えておきますけどね……」
「それはそれとして覚えてろよって言ってるけど?」
「メディック」
少し離れていた努にそう愚痴っていたダリルの呟きこそ聞こえなかったが、ソニアにそう補足された彼は詫びメディックを送っていた。
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