第575話 馬鹿につける薬

「よいしょっと」



 ディニエルとハンナが競い合うように巨大ミミックをフルボッコにしていた一方。多数のモンスターとミミックを引き付ける側のPTにいたエイミーは、一足先に帰った飛行船で大砲に砲丸を詰める作業をしていた。


 その頭には浮島階層の宝箱からドロップする装備である『甲板員のバンダナ』が巻かれ、白い猫耳がぴょこんと生えるように出ている。その装備により飛行船にある設備の扱いが楽になり、砲撃の威力UPや船の移動速度上昇などが得られる。



「船長! 迎撃準備整いましたー!」

『あいよ!』

「味方のタンクだけ巻き込まないよう、上手いことお願いします!」



 そしてビットマンが引き付けている多数のモンスターが遠目に見えると、エイミーは船長骸骨に準備完了を告げた。すると飛行船の大砲が意思を持ったかのように動き、こちらに迫るモンスターとの距離を見計らい標準を上向かせる。



「撃てーい!」



 エイミーの号令と共に、飛行船に備え付けられた大砲が一斉に火を噴く。身体に響くような発射音の連続に彼女の猫耳がへにゃる。


 その大砲から放たれた砲丸は放物線の頂点で花開き、その中心から幾多もの光線を発射してビットマンが引き付けていたモンスターをまとめて貫いた。その跡には無数の穴が開き、ドロップした魔石と宝箱だけが底に転がり落ちていく。



「装填よーい」



 十門ほどある大砲を使うには砲丸と無色の魔石が必要なので、エイミーは巨大な綿棒のようなもので手入れをしながらそれらの装填をせっせと済ませていく。そしてビットマンが引き付けている多数のモンスターに砲撃を続け、その大群を殲滅させた。



「もしこれがスタンピード用に一門でもあれば街の平和は保たれそうなものだな」



 背後から迫るモンスターを引き付けつつ飛行船からの砲撃に巻き込まれないよう立ち回っていたビットマンは、その殲滅力に舌を巻いていた。その賛辞に骸骨船長はからからとあばら骨を鳴らしている。



「でも最近は迷宮都市から遠い街にもそれなりの探索者が派遣されてるんでしょ?」

「確かにそれも一定の効果があるが、防衛手段が属人的になるのは頂けない。訓練された普通の兵士が扱える兵器で撃退できるのが理想だ」

「あー……。派遣されるのってそもそもそういう探索者ではあるしねぇ。白魔導士とかでもよく聞くよね、そういうやつ」



 迷宮都市から離れれば離れるほど神のダンジョンに潜っている探索者のレベルは低くなる傾向にあり、辺境と呼ばれる地帯では誰一人ステータス持ちがいない町や村もある。


 そんな環境においては迷宮都市では落ち目な探索者でも、周囲に発生するモンスターの狩猟やスタンピード時の戦闘員としては一般人よりも役立てる。そこで身の丈に合った生活を送る探索者がほとんどだが、一部の者はその甘美な承認欲求に心酔し道を踏み外すこともある。


 そしていつの間にやら探索者の力による独裁に乗っ取られる村や町が暴走することはままある。兵士としてのキャリアもあるビットマンはそう言った話も元同僚から聞き及んでいたし、エイミーも似たような話は聞いていた。



「刻印装備の流通はそれを解決するのかもしれないが、それを扱う資格もない者が力を持ちすぎてしまうことにもなりかねない。また犯罪クランが野に出ることにならないといいが」

「いやー、もうないでしょー。犯罪クランと言ってもさ、今の探索者に勝てるー? セーフポイントで模擬戦始まってからはもう手がつけられないと思うけど」

「……当時は悪鬼と恐れられた奴も、今となってはたかが50レベルの狩人か」

「当時は死体の山を築くぐらい強かったけどね。今じゃ懐かしい話題の一つでしかないね」



 お互いに迷宮都市での探索者歴が長く犯罪クランが幅を利かせていた時代も知っている二人は、その筆頭であった悪鬼について軽く語り合った。



「まぁあれがいたおかげで警備団に対人戦のあれこれ教えてもらえたし、私は狙われなかったから運が良かったね」

「神台で注目され始めていたエイミーが狙われなかった理由もよくわからん。……実は隠れファンだなんて巷では言われていたが」

「実は今も見てたりしてね」

「あの世にも神台があるなら退屈しないで済みそうだ」



 ビットマンはそう言って砂埃で汚れていた装備を整備し終えると、やかましい歌声を響かせながら飛行船に向かって走ってきているゼノを見据えた。



「ビットマン! そろそろ代わってくれても構わないよっ!」

「コンバットクライ」



 ゼノは余裕の歌声こそ披露していたが、既に体力、精神力共に削られて疲労困憊といった様子だった。そんな彼に代わるためビットマンは赤い闘気を飛ばし、未だ疲れ知らずなミミック軍団のヘイトを取る。



「一人で削り切るのはちょっと厳しそうだにゃー」



 ミミックにはダンジョンの仕様かと疑うほど飛行船からの砲撃が通らないため、金銀含むあれらを倒すには非常に骨が折れる。



「もう死んでも問題はない。じっくりやるさ」



 聖騎士のゼノがいるなら万が一死んでも蘇生が可能なので多少の無茶も通せる。マジックバッグからショートソードを取り出し進化ジョブの使用を仄めかしたビットマンは、飛行船から飛び降りフライで軟着陸した。



「……ん?」



 そんな彼の見上げる青空に突如として雲を突き抜けてきた物体が顔を覗いた。それはまるで巨大なメテオのようにこちらへと落ち、どんどんとその全容が見えてくる。


 既に体の所々から光の粒子を漏らしながら落ちてきた巨大ミミックは、その高級感溢れる滑らかな従来の姿がもう見る影もない。


 そんな巨大ミミックは顎の役割を果たす金具が外れ歪んだ口を半開きのまま、無様に地面へと墜落した。そして飛行船をオアシスでも見るような目で見つめた後、その場で事切れ本格的な粒子化が始まった。



「あぁ、大丈夫そうだね」



 その巨大ミミックを追い立てるようにフライで迫ってくる一団を飛行船から確認したエイミーは、ビットマンという新たな玩具を見つけ張り切っているミミックたちの末路を悟った。



 ――▽▽――



「いや、ほら。あれだけ使ってようやく倒せたっすから、無駄ではなかったすよね?」

「…………」



 本来ならば今まで散々強化してきた飛行船で障壁を展開して囮にし、その間に最大限の火力を叩き込んで倒す算段だった。飛行船にたどり着くまでに巨大ミミックを討伐できたのは大戦果と言ってもいい。


 だが魔流の拳を使いすぎた影響か、ハンナの青翼はどう見ても羽根抜けが目立つ有様になっている。それをコリナは非常に厳しい目で見ていた。


 確かに巨大ミミック討伐のためにはハンナの力が必要不可欠だった。だが初めはまだしもその後も続くディニエルの大盤振る舞い具合に違和感を覚えたコリナは、魔流の拳を控えるよう何度も指示は出したしマジックバッグも没収した。


 だが魔道具と刻印を組み合わせた属性矢によりとんでもない火力を見せつけていたディニエルに感化されていたハンナは、その指示を全く聞き入れなかった。そして拾い物の魔石や隠し持っていたマジックバッグで魔流の拳を使い続け、その結果として今の羽根抜け状態である。


 魔流の拳を過剰に使ったことによる副作用が起きることはアルドレットクロウも知ってはいただろう。それを見越した上でディニエルはアタッカーとしての意地の張り合いに持ち込んできた。166階層へ続く黒門を賭けた模擬戦でより確実な勝利を得るために。



「ディニエル。ハンナをこんな様にしてまで勝ちに拘って、満足ですか?」



 だがコリナの怒りはハンナだけに向けられてはいなかった。こうなることを予期していたにも関わらず彼女に魔流の拳を使うよう仕向けたディニエルへ向ける視線は、コリナにしては珍しく剣呑なものだった。



「魔流の拳を扱える本人がさして問題はないと言っていた」

「まだ23歳の馬鹿が言うことを真に受けるとは。貴女、本当にエルフですか?」

「そこまで致命的な副作用があるようにも思えない。警備団のブルーノは生きてるし、メルチョーも人間にしては長生きした」

「なら鳥人でも問題ないと? 人間とは身体構造から違って、羽根が抜けるなんて目に見える副作用も出ているのに?」

「いやー。でも修行してる時もこういうのはしょっちゅうだったっすからね! 大丈夫だと思うっすけど」

「…………」

「……っすー」



 指示を無視して無茶したお前を許してるわけじゃねぇからな、と言わんばかりの目で見下ろされたハンナは、言い訳じみた仲裁を止めてそそくさと下がった。



「鳥籠に入れてどれだけ過保護に面倒を見ようが、飛びたがりの馬鹿は変わらない」

「なら好きに飛ばせて翼が折れるのも止む無しとでも? 私がお節介なのは認めますが、かつての仲間である馬鹿に付け込んでまで勝とうとする貴女は外道の道を進んでいますよ。それでツトムさんの言う一流に近づけるとでも?」

「……無限の輪の奴らは、それを言えば私が黙るとでも思ってるのか? いい加減、不愉快」



 何かと会う度同じようなことを言われてきたディニエルは、その垂れ目を細めて切り捨てるようにコリナを見据えた。



「そんなにあの馬鹿に無茶して欲しくないなら、コリナが責任を持って模擬戦に出るといい。その方が私も楽でいい」

「…………」



 ディニエルの挑発を受けたコリナは後ろに控えていたクランメンバーたちに確認するよう無言で振り返った。ゼノは任せたと言わんばかりにサムズアップし、アーミラは呆れ顔のまま顎をしゃくる。



「……私も出たかったんだけどなぁ」

「すみません」

「模擬戦を任せる相手として不足はないよ。親友としては別だけど!」



 ディニエルとの対人経験が豊富かつ、殺人が合法な帝都のダンジョンで鍛えられていたエイミーは残念そうに肩を落とすに留めた。



「いや、何回あたしのこと馬鹿って言えば気が済むっすかねぇ……?」

「馬鹿なことをしたら何度でも言います。ここを越えてもまだまだ探索活動は続くんです。それを見越した上で魔流の拳を使って下さい」

「……うっす」



 ハンナからすればディニエルの言葉に同意できる部分もある。だが同時にコリナの気遣いが嬉しい部分も確かにある。なので彼女は気まずさ半分気恥ずかしさ半分といった様子で俯いた。


 そんな二人のやり取りが終わると、些か寂しい拍手がその場に響き渡った。真顔のディニエルが一人その拍手を終えると、165階層のセーフポイントに向けてフライで飛び立った。



「……普段はもう少し可愛げがあるんですのよ?」

「んにゃー。やっぱりツトムの一流発言は地雷っぽい」



 ステファニーとエイミーのささやかなフォローこそ入ったが、コリナは空を見上げるだけだった。

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