第555話 更衣室の番長

 久しぶりに亜麻色の服を着たことで囚人気分な顔をしていたエイミーは、最後にギルドの黒門から尻もちをつく形で帰ってきたアーミラに手を差し伸べた。



「いくら前情報あっても初見じゃやっぱり厳しかったねー。慣れちゃえば上手いこといけそうな感じするんだけど」

「やっぱ他のPTと協力するしかねぇ感じか? 黒門巡って殺し合いでも起きそうなもんだが」

「流石にどっちのPTもいけるんじゃない? 飛行船にでも一緒に乗るとか?」

「どうだかな。白門ですら全滅したPTは突破扱いにならねぇし」



 物は試しと巨大ミミック防衛戦になる165階層に挑んでみたアーミラPTは、迷宮マニアであるピコの座学も空しく敗走することとなった。


 とはいえ飛行船が巨大ミミックに食われることで強化した施設こそリセットされてしまうが、マジックバッグに自身の装備を入れる余裕はあるため完全に初見でもない限りロストまではしない。



「ただ、他のPTと組むにしても詰めるべきところは山積みだね。他のPTと共に攻略するにしても、飛行船の扱い方には慣れておかねば」



 公衆の面前でも構わず敗者の服を即座に脱いで着替えを済ませていたゼノの言葉に、エイミーとアーミラは顔を見合わせていた。その光景を見ていたコリナは何処か呆れ顔で、ハンナはボケっとしている。


 165階層は一見すると96階層での防衛戦に近いので仕様さえわかってしまえば何とかなりそうなものだが、未だ突破PTは出てきていない。その問題としては侵略してくる巨大ミミックを倒す手立てが見えないことと、防衛対象である飛行船の脆さにあった。


 宝箱に擬態することでプレイヤーに騙し討ちを仕掛けるミミックは、『ライブダンジョン!』では裏ダンジョンから出現するようになるポピュラーなモンスターだ。口のように蓋をパカパカと開閉して迫ってくる様は少々間抜けに映るが、モンスターとしては中々に侮れない。


 天井に張り付き探索者が下に来たのを見計らって落ちてくるスライムなど、そういった不意打ち攻撃はどの部位に当たってもクリティカル判定となる。そのため宝箱を開けようとした手をガブっと噛まれた際はタンクであろうと喰いつかれ、そのまま犬がおもちゃでも振り回すようにされて千切られることも珍しくない。


 その不意打ちだけならまだしも、起動したミミック自体の性能も浮島階層の中では高い方だ。分類でいえば魔法系モンスターであり遠距離からのスキル行使が強みであるが、その開け口を閉じることで高い防御力も発揮することができる。


 そして宝箱本来のレアリティによってその強さは増していくため、銀、金に至っては最善策が逃げの一手になる場合もある。口を閉じたミミックを倒すのは非常に骨が折れるし、かといって放置すれば歯を打ち鳴らして大規模な遠距離スキルを行使してくるので手がつけられない。


 ただ幸いにもミミックの機動性は低い。宝箱の底から触腕のようなもの一本出して飛び跳ねるように動くことしか出来ないので、全力で逃げれば初手の遠距離スキルを避けるだけで何とかなる。


 だが165階層ではそんなミミックが巨大化して飛行船に迫ってきて、逃げようものなら防衛失敗で強制帰還となる。なので巨大ミミックを倒す他ないのだが、その異常な硬さと馬鹿みたいな数の遠距離スキルに探索者たちは手を焼いていた。


 それに165階層では飛行船の動力源が故障することで浮島に不時着することから始まり、その施設を利用するための魔石も現地調達しなければならない。防衛地点である飛行船は空に逃げられず、かといって今まで強化してきた施設を扱う際にもその階層でドロップした魔石がいる。



「飛行船に魔石使うパターンなんだろうけど、あんまりミミックに有効的な感じもしないよね。アルクロの設備強化見てから判断した方が良さげかな?」

「ただ、飛行船を囮に全力で落としにかかるのも悪くはなさそうだ。コリナ君の打撃は嫌がっていた様子だったしね!」

「とはいえ他に湧くミミックも無視はできないですぅ……。人手が欲しいのは確かですよ」

「魔流の拳も流されたっすからね……。遠距離は意外と駄目っすね」

「俺の方が倒してたしな」

「うるさいっす。次は近くでぶん殴るっすから!」



 そんな巨大ミミックの他にも様々な木、銅、銀、金のミミックも出現して迫ってくるため、何かしらの対策は必要だ。コリナ、アーミラの強烈な打撃と斬撃は思いのほか有効であったが、遠距離からの魔流の拳や飛行船からの魔法砲撃などは効果が薄かった。


 ギルド内にある更衣室の方に向かいながら意見を交わしつつ、ゼノはその手前で止まり女性陣を見送った。


 そんな更衣室内に入ったエイミーは敗者の服をパパっと脱ぎ、それを専用の受け入れ袋に投げ入れる。それにアーミラやハンナも続いた。



「ディニちゃんところと当たれたら楽そうなんだけどなー」

「でももし黒門争いになると仮定すると、難しいところですね。手強い相手だとその後の交渉に難行しそうですし、かといって弱すぎるのも……」



 下着姿なエイミーのぼやきにコリナは羨ましそうな視線を向けながらも、自分はいそいそと更衣室にある仕切りのカーテンがある個室に入っていった。


 同じ165階層に入れるかは同タイミングで魔法陣に入り転移しても運が絡むし、最近はギルドも混み合っているため何度もそれを試行するのもあまりよろしくない。


 エイミーはうにゃーと呻きながら、マジックバッグから出した替えのインナーと緩めの装備を着込む。その隣でズボンを下ろして足で踏みつけるようにして脱いだアーミラは、太ももにある剥がれかけの赤鱗をポリポリと掻いている。



「白門ってやつも一回行ってみたいんだけどなー」

「ダリぃだけだぞ、あれ。割にも合わねぇし」

「でもそうしないとディニちゃんと潜れないしねー」

「ツトムが一流のヒーラーとやらになるまで帰ってくるつもりねぇんだろ? 結構なこったな」



 彼女はそう毒づきながら上着を着てもぐらのように頭を出した後、服の中に入った赤い長髪をたくし上げた。そのまま手くしで軽く手入れをしているその姿を、ハンナは滝でも眺めるように横目で見ている。


 そして着替えも済んで軽い身支度に入ったアーミラは、個室に入ったまま動かないであろうコリナの方を見やる。



「相変わらずおっせぇな、あいつ。見せて恥ずかしいなんて思うなら痩せりゃいいのに」

「竜人でそこまで堂々としてるのも珍しいよね。大体みんな個室で着替えてない?」

「こっちだって面倒くさいんすよ……」



 この中ではその大きな青い翼もあってか着替えに一番苦労している鳥人のハンナは、何だか自分も責められた気がしたのでそうぼやいた。



「お前のことは言ってねーよ。種族的に一番着替え早いあいつが一番遅いのがうぜーってだけだ。あとギルド職員からすると個室いつまでも占有してる奴はうぜぇ」

「あー、たまにトラブルになってる時あるよね」



 更衣室の化粧台や着替えの場所で身内とべちゃくちゃ喋りながら長い時間占有する探索者は、中堅どころの探索者から割と発生することが多い。それに初心者やレベルの低い者たちがなまじ気を遣う分更に増長するため、更衣室の番長なりお局様はギルド職員が見回って潰す必要がある。



「その仲裁がマジだりぃんだ。大して強くもねぇ奴らがこぞってここでは下相手に威張り散らかす。それに今はピリピリしてる奴も多そうだしな。この時期来る前に職員辞めれて良かったわ」



 実際ここ最近では刻印装備のロストによってギスギスしていたPTが、更衣室で取っ組み合いの喧嘩をして施設利用を数週間禁止にされた事例もあった。そんなアーミラの話を聞きながらハンナは翼をぐいぐい引っ張って服の穴に通している。



「混んでる時は好きに翼広げられないから余計苦労するんすよねー」

「んじゃ、さっさと出るぞ。そろそろ目でもつけられそうだしな」

「いいのよ~。そういう話なら大歓迎だからねー」



 丁度更衣室の見回りに来ていたギルド職員のおば様は彼女の話に共感を示しながら、今日もトラブルが起きないか見回っている。そして敗者の服を入れる専用のマジックバッグを新しい物に入れ替えている職員を横目に、身支度を整えていた三人は更衣室を出た。



「PT契約解除は済ませてあるよ」

「ありがとー。……うわ、なんか豪華な装備っ」



 外で待ちながらも神台を視聴していたゼノに礼を言いつつ、エイミーはそこに映っているシルバービーストの面々を見て目を輝かせていた。ゼノ工房でユニスが刻印している装備は他の物とは一線を画すほど精彩を放っている。



「職人たちもいつにも増して忙しなく働いているはずなのだが、デザインの出来もかなり良い。刻印の輝きすら組み込む仕事には惚れ惚れとさせられるね」

「早く流通するようにならないもんかね~。私たちがこの装備のままなの、おかしいとは思わんかね?」



 無限の輪においてはお洒落の代表格であるエイミーとゼノの探索装備は、160階層を突破した時よりむしろグレードダウンしている。呪寄装備より性能はいいものの今となっては型落ち感が拭えず、とてもお洒落とは言えない。



「その辺りはツトム君と適宜交渉中な故、もう少しの辛抱かもしれないね」

「あたしもこの装備飽きたっすー。もうちょっと身軽な感じでお願いしたいっす~」

「ゼノ工房としてはどうなの? 利益としては凄いと思うけど、まだ不満とかは出てない感じ?」



 今はまだその刻印需要における勢いとそれに追従して得られるボーナスによって職人たちは休み返上で働いているが、いつまでもそれが続けられるわけではない。ゼノは参ったねと言わんばかりに眉を曲げた。



「まさに大躍進といったところだが、あまりに加熱しすぎるのも良くない。そこはツトム君とユニス君と相談して、色々と調整を重ねているところだね。一応、私の工房ではあるからね?」

「実質、ツトムとユニスに支配されたって噂だもんな」

「ノン!! ゼノ! 工房! いかに在籍してくれている職人や刻印士が優れていようと、そこだけは譲れない!」



 ただ最近は努への不信感も少しは晴れ、来週の休日には浜辺階層に家族と共にキャンプへ行く予定もある。それに彼もあくまでゼノ工房の目的である装備の多様化については寄り添ってくれ、今の流通している型落ち装備をリデザインした物に刻印してくれることは約束してくれた。


 努の目的はあくまで人為的なことで不遇な目に合っていた生産職を増やし、真っ当な刻印装備を流通させることだ。刻印装備を制限してボロ儲けしたいわけでもないし、ゼノの目的とも競合しないためお互いの妥協点は探りやすい。



「さて、コリナ君も来たことだし昼食にしようか」

「今日は……魚の気分!!」

「肉もありゃいいや」

「なら波音、とかどうです? 魚住食堂から独立した人がオープンしたお店ですけど」



 更衣室から出てきて早々に昼食場所の候補を挙げたコリナの瞬発力。それをハンナは翼で拍手するようにして褒め称えた。

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