第521話 ぶっ壊れジョブ

 努たちPTは最も到達階層の低いダリルの階層上げをするために、魔石や刻印油すら無視して深淵階層をフライでサクサク進んでいた。とはいえその道中は決して油断できない。



「キングベーーーール!!」



 そんなゼノのよく通る声と共に、少し透けている金色の巨大な盾が具現化する。聖騎士が敵と認識した相手の攻撃を物理、スキル問わずに受け止め、味方だけは貫通できるスキル。


 そのスキルでゼノは地上に軍を成しているスケルトン・ジェネラルから放たれる矢や、黒鎌の放つ黒刃などの遠距離攻撃を全て防いでいた。



「シールドスロウ」

「おらぁぁぁ!!」

「エアブレイズ」

「エクスプロージョン、炎蛇。ヒール」



 進行方向の前方ではダリルが身体を張って蜘蛛の巣を張るボーンスパイダーを引き付け、アーミラが硬質な糸ごと大剣で道を切り開く。その後方から努とソニアは火力と回復を兼ねた支援を飛ばしていた。


 今までの深淵階層ではこうしたゴリ押しでの探索を試みても、クリティカル判定が強く即死持ちのモンスターにタンクが瞬く間に溶かされてしまい崩壊することがほとんどだった。なのでいくら最前線レベルのゼノとソニアがいたとしても慎重に進むのが一般的だった。


 だが努の作成している深淵階層用の刻印装備を着込んだゼノやダリルはクリティカルでの致命傷や即死を免れているため、深淵階層の鬼門である黒鎌やボーンスパイダーをもろともせず正面から受けきれていた。



「やはり刻印装備での対策は非常に大きい! 削られ方が今までとは全く違う!」



 まるで通信販売のようなリアクションをするゼノに、それを大いに実感していたダリルは高揚した顔でこくこくと頷く。彼も初めは努が提案した深淵階層でのゴリ押しを不安視していたものの、一度も死ななかったことに感心しきりのようだった。



「確かに、ここまで迅速に階層更新できるとは思いませんでした。これなら想定以上の速さで深淵階層は抜けられそうですね」

「ですね!!」



 彼と同様に努のキングベール運用での強行を疑問視していたソニアも、この成果には舌を巻いていた。そんな彼女の期待が込められた視線と元気が出てきたダリルに、努はほんわかしたような笑顔で応える。



(思ったよりも不味いな。このままだとソニアの下位互換すぎる)



 ただ彼はその裏ではある程度予想していたとはいえ、現状を憂いていた。その原因はソニアとの圧倒的なレベル差にあった。


 元々努が低レベルでも階層更新に支障をきたさなかった要因としては、タンクがハンナであったことが大きい。そもそも被弾すれば致命傷か死の二つしかない彼女には主にメディックかレイズを使うため、ヒールの出番はあまりなかった。


 それに避けタンクは上振れれば一切被弾しないため、回復の機会もそこまでない。そしてヒーラーがユニスに代わってからは問題が露呈することはなかった。


 ただ今回のPTはダリル、ゼノ共に受けタンクであるため、レベルによる回復量の差が如実に表れる。160レベルを超えているソニアのヒールの方が明らかに回復量、精神力消費共に優秀であり、尚且つ自分よりも立ち回りの幅が広い。


 彼女は白魔導士のようにわざわざ進化ジョブを切り替えずとも、攻撃と回復を即時にこなせる。それでいて進化ジョブに切り替えれば味方のSTRを上げるストレングスや相手のVITを下げるスクレイブなど、バフとデバフのスキルを打てるようにもなる。



(灰魔導士、低レベルキラーにもほどがある。僕からすれば超万能型でしかない)



 同レベル帯ならば器用貧乏になる面もあるのだろうが、こと低レベルな努においてソニアはほとんどが上位互換といっていい性能を誇っていた。そして彼女自身の実力もまだ底が知れず、深淵階層ではまだ測りきれない。


 ただ今のままの立ち回りではいずれレイズを打つだけの存在になりかねない事実は突き付けられた。それほどまでに回復、火力共に負けている割に精神力消費も大きい。



(前より火力自体は上がってるんだけどな……。ステータスそこまで上がらなくなってるとはいえ、流石に40レベル差は厳しいか)



 以前までは進化の条件である回復量をモンスターで満たしていたが、このPTではタンクを回復することで条件を満たせるので総合的な火力は向上した。ただ灰魔導士の中途半端なステータス値といえど今の自分よりは高く、スキルの属性も幅広いため火力負けしている。



(しかもゼノまでいるからな。回復に特化したところでこっちにはステータス的にも逆立ちしたって敵わない。レイズのヘイトもタンクならむしろアドだしな)



 進化ジョブによりヒーラーをこなせるゼノはレイズも使用できるし、ソニアと違い精神力のステータス値も白魔導士並みになる。そのため仮に刻印装備で回復特化にしてもようやく五分に届くかどうかであるため、純粋な回復量で勝負すれば絶対に負ける。


 それに彼の支援回復は迷宮マニアの間でも話題になるくらいには練度が高く、実際に兵隊蟻の軍団と対面した時にはその実力も垣間見えた。こうなるといよいよ自分の入る枠は限られる。再び進化ジョブを主軸にしつつ白魔導士は補助に徹する他ないか。



(メインヒーラーを巡る戦いは、深淵階層主からかな。ゼノもソニアも手強そうだし、また眠れなくなっちゃうよ……)



 その前には現状の対策は済ませねばなるまいと、努はPT全員の立ち回りを観察しながら頭を捻らせた。



 ――▽▽――



 それから二日という速さで140から149まで階層更新した努たちPTは、普段通り夕方頃には解散して各々帰路についた。そんな中クランハウスに戻るアーミラとダリルと共に努も一度クランハウスへと帰りはするが、オーリから携帯できる夜食を貰うと足早にギルドへと出戻る。



(随分マシになったとはいえ、やっぱ日本の方が美味いな)



 迷宮都市にも元々米自体はあったのでよく食べてはいたが、それは炊き立てやリゾットなどが前提だ。日本と違い冷めると絶望的に不味い米がほとんどだったため、おにぎりとして携帯できるような米は無限の輪で個人輸入している。


 スタミナがつきそうな味付けの肉煮込みが具材のおにぎりをぺろりと平らげた努は、昨日と同様にレベル上げのためのPTをギルドで募集してもらう。



「よろしくお願いしまーす」

「またかよ。よくやるな。ま、今日はすぐ埋まりそうだが」



 スキンヘッドのギルド員は絶倫野郎でも見るような目つきでそうぼやきつつ、即席PTの募集依頼を受理した。だがそんな努の肩を大剣を背負った女性が恨めし気に掴む。



「てめぇ、昨日も抜け駆けしてやがったな……」



 昨日も一人で野良PTを募集してレベル上げを行っていたのがバレていたのか、最近また伸びてきた赤髪を肩にかけたアーミラがそこにはいた。その後ろにはダリルも気まずそうに控えている。



「そりゃあ、抜け駆けくらいするでしょ。レベル一番低いんだし」

「俺らも混ぜろよ」

「申し出はありがたいけど、天空階層潜るからね。まだ到達してないでしょ」

「……別に、深淵階層でもよくねぇか?」

「でも別にアーミラたちはレベル上げする必要ないしね。160階層行く頃には150までいくだろうし。それより神龍化の……あー、違うな。ごめん」

「…………」



 歯に物でも詰まったような顔をしていたアーミラの顔を見て、努は言葉を止めて謝った。



「どうにも情報を独り占めする癖が抜けなくてね。アーミラたちには相談するべきだった。ごめんね」

「あ? うるせーわボケが」

「ソニアとの差があまりにもあるもんだから、ちょっと一人で焦ってたんだ。悪かったよ」

「…………」



 そんな努の告白にダリルは意外そうに目を見開き、アーミラは忌々しげに舌打ちした。



「……てめーの座を狙ってんのは、あの新参だけじゃねぇぞ」

「まぁ、進化ジョブ使えるゼノもそうだろうね」

「負けたら承知しねぇぞ? 俺が何のために戻ってきたと思ってんだ」

「二人とも普通にヒーラー上手いし、アーミラも活かせると思うけどね」

「そのべらべら回る口を言い訳に使うようになったらおしまいだな」

「……中々口が回るようになったね?」

「うるせぇ」



 今のは効いたよと言わんばかりの顔で尋ねる努に、アーミラは唾でも吐き捨てるように顔を逸らした。



「勿論、あの二人にそう易々とヒーラーの座を渡すつもりはないよ。それに160階層を突破するためには、僕だけじゃなくて二人にも最前線に通用するアタッカーとタンクになってもらわないと困る」

「はっ、こっちはてめぇら二人置いてく勢いだわ」

「わざわざ足を止めてくれるなんて、随分と心配性だね」

「……てめーの気概はわかった。あのソニアって奴も、ゼノも、まだ余裕な面してやがる。俺がぶち抜いてやるから、遅れるんじゃねーぞ」

「そのためにも僕はとにかくレベル上げだね。140はないと勝負にもならない」



『ライブダンジョン!』の知識と異世界人故に再現できる独自の立ち回りに、刻印士という強みは活かせるにせよ、最低限のレベルがなければ勝負の土俵入りすることもできない。



「……僕は、引き続きガルムさんから鍛えてもらう方向でいいですかね?」

「うん。天空階層からは僕が構想した立ち回りを試してもらいたいと思ってるけど、その前に基礎は固まってる方がいい。あと一週間くらいはしっかり鍛えてもらって、それからはまた相談かな」

「わかりました!」



 元々ダリルはガルムの弟子として鍛えられ、その頭角を現した。ガルムを慕う孤児たちですら耐えられなかったスパルタ教育すら乗り越えたそれは、上からの命令を何が何でも実行する意思力ともいえる。それはタンクとして大きな武器であり、もう蘇りつつある。



「気張れよ。このまま舐められっぱなしなのも癪だ」

「別に舐めてるわけじゃないでしょ、あの二人」

「御託はもういい。探索者としてさっさと上がってきやがれ、ばーか」



 そう言ってアーミラはギルドの出口へと向かっていき、ダリルも明確な命令を授けられたからか足早に続いた。



「……話は終わったか?」

「そんなすぐ後ろで待つ必要ありました? 盗み聞きとはいい趣味してますね、貴族は」


 

 そう努が突っ込むと正式な場ではオールバックな金髪を無造作に下ろしているスミスは、色白な顔をみるみるうちに赤くした。



「貴様がレベル上げをしたいと平身低頭頼んできたから! 時間を無駄にせぬよう気遣ってやったのであろうが!!」

「それじゃあさっさと行きましょうか。156階層でいいですよね?」

「えぇ。よろしくお願いしますね」



 そんなスミスと同じく社交界ではキッチリとした髪型とメイクをしているスオウも、探索者をしている時は結構ラフな姿をしている。そんなギャップの目立つバーベンベルク家の二人は、努の要請を受けて空いている時に即席PTを組むことになっていた。



「あっ、よろしくお願いしまーす……」

「…………」



 そして努の即席PT募集と聞きつけて勇み足で飛び込んできたロレーナは、バーベンベルク家の二人を見て借りてきた猫のように挨拶した。


 その隣にいる赤いフードを深々と被り顔が見えないマデリンという呪術師も、ぺこりとお辞儀した。だがバーベンベルク家がいるとは聞いていないぞと言わんばかりにロレーナの腕を抓っていた。

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