第505話 150階層観戦:神台市場
バーベンベルク家が障壁で空中に席を構築しているVIP席にいる資産家たちは和やかに上位の神台を観戦し、その下にある予約席には迷宮マニアたちが熱い議論を交わしている。その手前にずらりと並ぶ一般席はまだ昼時でもないのにほぼ満席で、立ち見をしている観衆も多かった。
今日はいよいよ150階層突破のPTが出てもおかしくはないという状況なだけあってか、神台市場は非常に活発的だった。アルドレットクロウ、金色の調べ共に刻印装備での探索にも慣れて女王部屋まで辿り着く頻度は上がってきている。
「無限の輪も遂に来たかー」
「刻印装備で有利取れるんだし、普通の構成で行けばいいのに……。ガルムだっているんだし」
しかし二つのクランを差し置いて注目されているのは、149階層で黒門前待機をしている無限の輪のメンバーたちだ。150階層を想定したPT練習でアタッカー4ヒーラー1を試していた様子は、観衆からもその構成の物珍しさからか話題を呼んでいた。
「149階層で形にはなってたけど、実際いけるもんなのかね?」
「ハンナ崩れた瞬間終わりそうだけどな。巣穴の中で避けタンクはまぁーーー厳しいぞ。魔流の拳を見るに調子も大分悪そうだし」
「エイミークロアのタッグは割と仕上がってるけど、それだけじゃ受け持てないだろ。そもそも白魔導士2は構成的に厳しい気がするが」
迷宮マニアたちはそんな自分たちの意見を知りながらもこの構成を強行している努にやいのやいの言っているが、それは期待を込めての言葉でもある。本当に努の押し通した構成について批判しているような者たちは、アルドレットクロウについての記事を書きながらたまに一瞥する程度だ。
それから150階層に転移してエイミーが斥候役として先導していくと、それに神の眼も追従する。ユニスの作ったランタンの光を吸収し明かり代わりになるキノコを背に、エイミーは一足飛びで勢いをつけフライで滑空するように進んでいく。
そして通路の巡回をしている兵隊蟻ソルジャーアント数匹に接敵するや否や、通りすがりに触角を狙って刈り取った。突然視覚を奪われたように混乱している兵隊蟻。すぐにフライで減速し地に足つけて反転し、胴体に双剣を差し込んでそのまま切り裂いて回る。
巡回の兵隊蟻を瞬く間に始末した彼女はまた一足飛びで通路を素早く進んでいき、時折止まってはマッピングを済ませていく。
そして兵隊蟻と呪蟻が待ち受けている巣部屋まで辿り着くと、エイミーはモンスターから気付かれにくくなる刻印付きのローブを羽織る。それから入口で察知されないように機を狙って入り込み、そのまま岩陰などに隠れながらするりと巣部屋を通り抜けていく。
「エイミー斥候の安定感は凄いな。あれで初見かよ」
「あれもツトムお手製の刻印装備か。深淵のローブじゃないよなあれ」
「初見は手間取って初めの部屋から厳戒態勢取られて苦戦するんだけどなー。罠巣穴も見抜いてるし流石」
初見であるにもかかわらず手練れの斥候じみた動きでルートを構築していくエイミーの姿に、迷宮マニアの中に混じっていたピコは一先ず安心といった顔をしていた。
だが無限の輪の問題は個人ミクロではなくPTマクロそのものである。いかに個人の能力が優秀であろうが、アタッカー4ヒーラー1なんて構成が150階層で通じるのか。
「まずはお手並み拝見といきますか……」
斥候から帰ってきたエイミーに付いていき初めの部屋に突入した努たちPTを、迷宮マニアたちは前のめりの体勢で見守った。まだ兵隊蟻と呪蟻しか出ないとはいえ、初見のPTでは思いのほか苦戦することもある。
「……大して崩れはしないな」
「まぁ、呪い対策さえ出来てればゴリ押しも通用するでしょ。エイミーが無難に部屋見極めてるから崩壊もしないだろうし」
巣部屋の頑丈さは蟻たちの使用用途に応じて明確に違う。それこそ探索者を誘い込み生き埋めにするための罠部屋は魔法スキル一発で天井が崩壊するし、逆に卵を輸送するルート途中の部屋は頑丈に作られている。
エイミーはさながら現場長のように資料を片手に部屋の形状を確認しつつ床や壁も調べていたため、部屋の崩壊による全滅は避けられるだろう。それに加えて現状刻印士としてトップクラスのレベルを持つ努の刻印装備があれば、呪い状態にもそこまで怯えず戦うことができる。
「本番はジェネとヒーラー出てきてからでしょ。あれが出てくると否が応でも長期戦になるからな」
初部屋で崩壊しないのなら中盤まで見どころはなさそうだと見切りをつけた迷宮マニアたちは、既に呪い部屋にて探索時間の短縮を図っている金色の調べやアルドレットクロウの映る神台に目を向け始めた。
そんな中、一部の迷宮マニアやピコは引き続き無限の輪が映る二番台を視聴する。
「ハンナの調子、大分悪いよな?」
「過去最低だな。十掻じゅうそうは暴発してるし、滝割拳、風刃脚、紅蓮波、どれも失敗率が桁違いに高い。今までのハンナなら有り得ない暴発率だ。むしろあれだけ暴発させて死んでいない方がおかしい。やはり天才か……」
実際に魔流の拳の道場に通ってもいる迷宮マニアの男性は、ハンナが無言で使用している拳法の名称を口にしながら唸っている。
努が正確に表現するとアタッカー4、タンク0.5、ヒーラー0.5であるこの構成において、最も重要なPTメンバーはハンナだ。何せこのPT唯一のタンクを受け持ちつつ、アタッカーとしても火力を出さなくてはならない。
もしアタッカーやヒーラーの誰かが戦闘中にミスをしても、もう片方がカバーすればさして問題にはならない。だがハンナが死ねばPTのタンクは皆無となり、三種の役割は機能不全を起こす。
「なのにPTが崩れない時点でおかしいんだけどな……。まさかクロアがあそこまで動けるとは」
二番台でピックアップされているクロアはピコが予想していたより大分動けていた。エイミーよりも前に出て暴れているにもかかわらず、被弾することもなく兵隊蟻の群れを押し返している。
「んー? 確かに悪くはないけど、一人で150階層の戦況変えられるほどか……?」
現状でその候補に挙がるのは召喚士のルークだが、槌士でいえば休暇を取っている金色の調べの一軍アタッカーぐらいだ。ただクロアが彼女と同等の実力があるかというと、首を傾げざるを得ない。
確かにクロアはアイドル探索者の中でなら実力派ではあったが、あくまでその括りの中での評価だ。中堅探索者の括りならばあの程度のアタッカーはごろごろいる。
「あー、ユニスとツトムの手厚い援護ありきっぽいな」
「まぁ、白魔導士2編成だし当たり前ではあるけど……。でもそれなら援護先エイミーが無難じゃね? 同じアイドル出身でも明らかに実力差あるじゃん」
だが神台の映像が引きで映し出されて戦況が見やすくなってからは、迷宮マニアからもクロアに対する努とユニスの援護がいかに手厚いということがよくわかった。
「なんか、ツトム勿体ない場面多いな。やっぱアタッカーはまだ早そうか?」
「精神力追い込みすぎて視野が狭くなってる? ……にしてはクロアの援護だけ凄い的確。今クロア、確実に命拾いしたよね」
やはりアタッカーとしての経験が浅いからか、努は火力を出せるここぞという場面を見逃すことが多かった。ただ明らかに精神力を急激に消費しているにもかかわらずそれをおくびにも出さない様と、クロアへの援護はヒーラーの経験もあってか絶妙だった。
「ユニスのヒーラー、割と安心して見てられるな」
「バリアの足場作り地味に上手ぇー。エイミーがえげつない動きしてる」
タンクがそこまで機能していない乱戦にもなるとヘイストを味方だけに当てるのも一苦労なはずだが、ユニスは兵隊蟻の隙間を狙い効果時間を切らさず継続的に支援している。それでいてバリアでの足場作りや劇物での攻撃と、白魔導士の枠に収まらない役割もこなしていた。
特に150階層では三種の役割であろうとヒーラーが支援回復だけに徹していては火力不足が否めないため、進化ジョブを利用してアタッカーも兼任することが多い。ただ進化ジョブを使っていないとはいえ、毒物お団子をもろに食らい苦しんでいる兵隊蟻を見るにある程度の妨害は出来ている様子だった。
「流石に火力特化なだけあって、一部屋の攻略時間はかなり短いね」
「問題は中盤からだしな。呪い部屋運よく引いたら大分楽はできそうだけど」
そうこう言いつつ記事を書き進めていた迷宮マニアたちは、その後本当に三部屋スキップを果たした無限の輪PTを見て少し湧き立った。
「幸運者来たー!!」
「続けてあと三部屋来い!!」
「それなら本当に幸運者ラッキーボーイなんだよなぁ」
「え、あいつら三部屋スキップしたの? ずりぃー」
「エイミーが優秀なんです~。あと私の資料も~」
「うっぜぇ」
それから努たちPTが休憩に入ると迷宮マニアたちも間食する物を買いに行ったり、他の神台を見ていた者たちと雑談したりと和やかなものだった。
ただそれから努たちが数部屋を突破後に問題の中盤に入ったと判断したのか、他の神台を見ていた迷宮マニアも一応記事を書く手を止めてじっと見守り始めた。
「将軍と回復に、羽つきか。開幕からキツいの引いたな。幸運者のツケが回ってきたか」
「もう片方は罠部屋だったのかな?」
中盤から出てくるのは珍しい羽蟻フライアントまでいる部屋ともなれば、ゴリ押しで突破することは不可能である。
それに羽蟻はタンクからすればかなり厄介な部類に入る。基本的に空中を主戦場とする避けタンクは勿論だが、普通のタンクからしても地上の兵隊蟻に加えての空襲は単純に厄介だ。
それでいて羽蟻は探索者を連れ去ろうとする傾向にあるため、一度でも掴まれてしまえば巣穴まで引きずり込まれることもある。真っ暗な巣穴に引きずり込まれてしまえばろくに抵抗できず殺されるし、別の巣部屋まで運ばれてしまえば装備のロストは確実だ。
「……ようやくハンナが調子戻ってきたとはいえ、いつ崩れてもおかしくないな」
「引きの場面で見るとエイミーの仕事量エグくない? クロア、羽蟻全く気にしてないじゃん」
「ツトムとユニスの連携もどんどん磨きがかかってるし、その支援先もクロアに全振りか」
「とはいえさっきまでとは別人みたいに強くなってない? 支援あるとはいえ……というかさっきの部屋よりハンナに割り振ってるような」
将軍蟻が相手ということで以前より戦況が苛烈になってきてからは、エイミーの隠れた気遣いや白魔導士二人のスイッチによる効率的な入れ替え具合も浮き出てきた。
「あの犬の子凄くない? めちゃくちゃ倒してるんだけど?」
「なんか危なっかしい編成って聞いたけど、意外と戦えてるじゃん。無限の輪も」
「エイミー……おかえり」
だがマニア的に細かく見ている者ならまだしも、観衆はその活躍ぶりからか一人で映ることが多いクロアの暴れっぷりに一目置き始めた。
150階層の戦闘風景は、大抵がPT一丸となって蟻たちとじりじり競り合って戦っていくものだ。三種の役割同士でスクラムを組んでぶつかりどちらが先に崩れるか我慢比べをするような様子は、観衆からすればもう見慣れている。
そんな中クロアが暴れ散らかして兵隊蟻の集団に風穴を開けている姿は、観衆からすればとても新鮮であり痛快だった。じりじりと潰し合わなければならないはずの蟻たちが面白いように吹き飛び、将軍蟻はパニックに陥ったように長い触角を振り乱す。
実際のところは蟻たちの指示出しに必要な物質をより多く飛ばすための動作に過ぎないが、普段では見られない将軍蟻の行動もあってか観衆たちはよりクロアの活躍ぶりに色めきだっていた。
「うわ、いいグラクエ」
「神台からは見えないけど絶対カバーも手厚いんだからぁ……」
自身を中心に放たれるグランドクエイクの余波は、体勢が不安定な回復蟻に対してかなり有効である。大抵の攻撃スキルは兵隊蟻が身代わりとなって防がれるが、地ならしに関しては防ぎようがない。
その代わり羽蟻には効果がないので隙だらけのところを狙われがちだが、ハンナが大部分を引き付け続けている。そこから漏れた羽蟻は攻撃スキルを乱打している努が一匹たりとも逃していないため、クロアは追撃を始めるほどだ。
「……いや、まさか将軍蟻直接狙う気?」
それから何とかなると言わんばかりに奥へ奥へと突っ込んでいくクロアに、迷宮マニアたちも色めきだつ。その無謀な賭けに観衆も歓迎するように声を上げる。
「エイミー化け物かよ。いつの間に呪蟻殺してた?」
「もうちょい引きで映してくれないとわかんないよー」
「なんであんなにスキル撃てるんだよ。普通の白魔導士の倍撃ってね?」
将軍蟻までの道筋はエイミーが築き上げ、決着を予感したハンナは魔石を砕き指先から光線をばら撒く。その隙にクロアは切り開かれた道筋に乗り、精神力を追い込むことを厭わない努と進化ジョブを解放したユニスが徹底的に火力支援を送る。
そんな四人に押し上げられるようにクロアは将軍蟻の前まで辿り着き、大槌を振り抜いた。
「え!? こんな早く倒せるもんなの?」
「いやいやいや、見たことないけど」
「あの子強すぎない? 今までそんなに目立ってなかったよね?」
将軍蟻を倒すには少なくとも過半数の兵隊蟻を始末し前線を押し上げなければならない。だがそこまで削らなくともクロアは単身で突っ込み、見事その首を落とすことに成功していた。
それに対して迷宮マニアと観衆はどちらも唖然とするしかなかった。異様なほど早い巣部屋の突破。何時間も前に潜っている二つのクランを追い越しそうな勢いの無限の輪に、もはや現実感が湧かないまま視線だけは二番台に釘付けだった。
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