第498話 二つの強大な魔力
「さっ。早く着替えて帰るっすよー」
自分が嫌いな教会服は他人も嫌いだと思い込んでいるのか、ハンナはギルドに帰ってくるや否やアタッカー4編成の練習でへろへろ顔のクロアと眠りこけているユニスを更衣室へと引率していく。
「なにあいつ」
すると後ろにいたエイミーが白けたように呟いたので、努は少しギョッとしながら振り返る。ただそんな彼女の視線の先はハンナではなく大きさが控えめな神台で、そこにはショートソードを手にしたガルムが真っ黒な蟷螂かまきりを下していた。
その背後では努も何度か見たことがあるシルバービーストの獣人たちも戦っていたが、その構成は奇しくもアタッカー4ヒーラー1のようだった。そして黒門付近での戦闘を終えると魔石と刻印油の回収に入った。
「即席PTでアタッカーの練習してるんじゃない? 確か騎士の進化ジョブ、アタッカー向きだったし」
「ふーーん。そういえば双剣士の進化ジョブってどうなの? チョロっと使った感じじゃよくわからなかったけど」
「デバッファーっぽいんだけど、評価はあまり高くないから神台でも遣ってる人中々見ないね」
相手の能力を下げるデバッファーといえば付与術士が一番に浮かぶが、進化ジョブによる派生で黒魔導士や双剣士もその役割を担うようになっていた。ただ今のところその評価はイマイチというのが現状のようだ。
「天空階層だと使えるかな? 三種の役割に戻ったら長期戦にもなるだろうし」
「進化した時の精神力回復だけでも一定の価値はあるからね。進化した時に速攻でスキル回しして解除条件満たす練習はしておくといいかも」
「あー、ツトムがたまにしてるやつね。おけおけー」
「明日から150階層の攻略に入るし、程々にね」
「とは言ってもピコが150階層の情報揃えてくれたし、わたしは大丈夫だと思うけどねー。ピコ、抜かりなし!!」
まだ未突破の天空階層主ならまだしも、150階層を突破しているPTの数自体は少なくない。そしてガルムたちが突破するためにも神台で得られる150階層の情報を精査し纏め上げていたピコの資料が丸々残ってもいたので、事前準備は整いすぎている程だ。
「むしろツトムの賛否両論作戦がハマらなかった時の方が心配なんだけど~? 情報不足で蟻の巣を抜け出せないことより、全滅する危険性の方がお高いでしょ? ピコの情報も三種の役割が前提だし」
「ヒーラー2編成でじっくり戦ってちゃ火力不足で日が暮れるし、避けタンク1の時点で安定性はお察しでしょ。このPT編成でアルドレットクロウとか金色の調べの真似しても下位互換でしかないよ。……ガルムが入ってくるなら別かもしれないけど?」
ガルムダリルぐらい練度が高いタンクがいれば話は違ったのかもしれないが、そのどちらも今は都合が悪い。するとエイミーは知らん顔で鼻を鳴らした。
「別にわたしは入れてもいいと思うけどね~。ガルムの信用落とせるし。でもそうなったら一体誰がPTから抜けることになるのかな~? いいのかな~、可愛い女の子を今更PTから放り出しても」
「その時は一旦僕が抜けてもいいけどね。もし明日突破出来なかったらガルムに土下座でもして頼んでみるよ」
「うわ、そしたらあいつ絶対嫌味ぐちぐち言ってくるよ? 150階層も突破できずツトムをPTから抜けさせるとは何事か! ってね」
「噂をすれば、帰ってきたみたいだね」
努がギルドの黒門を見ながら呟くとエイミーはポーズでも取るように嫌そうな顔をしたものの、ガルムがこちらに向かってくる頃には真顔に戻っていた。
「お疲れー」
「あぁ。今日は少し早かったようだな」
「明日150階層に潜るからね。ガルムは進化ジョブの練習でもしてた?」
そう言うとガルムは若干気まずそうに藍色の尻尾を下げ、逃避するように視線を逸らした。
「……見ていたのか。進化ジョブもある程度使ってはいたが、PTの役割としてはやはりタンクが多かったからな。これからのことも考えて練習していた」
「初めに見てたのはエイミーだったけどね」
そう努が笑顔で捕捉するとガルムは少しだけエイミーに視線をくれたが、彼女はしらーっとした目のまま癖のある白髪を指先で弄っていた。
「相変わらず鈍臭い動きしてたから目についただけだけど。あれなら大人しくタンクやってた方がマシじゃない?」
「なら貴様はそのまま持ち前のセンスとやらに任せてアタッカーに徹していろ。自己中心的な貴様にデバッファーなど不可能だろう」
「……いや、三年近く離れてたのに何で二人共そんなにバチバチなの? 人並みに話してたってユニスから聞いてたんだけど」
それこそ努の帰還という目的のために協力関係すら築いていた二人の関係は、迷宮都市と帝都の距離感もあってかそこまで悪いものではなかった。現にクランハウスで二人と一緒に話していたユニスが言うには、少なくともいがみ合うことはなく普通に会話していたという。
だからこそ努はそんな二人の様子が見たくて話題を振ってみたのだが、もはや昔を思い出すぐらい因縁の宿敵みたいな言い合いが始まってしまった。
それを突っ込むとガルムは困ったように犬耳を曲げて黙り込み、エイミーは考え込むように腕を組んだ。そして白い尻尾をうねうねとさせたものの、絞り出すように言った。
「……まぁ、確かに、ツトムがいるからこそ見栄張ってるのはあるかもねー」
「……あ、僕のせいなんだ? じゃあ僕さえ消えれば、二人は普通になるんだ……。ごめん……すぐ消えるから」
「いや、それはちがっ――!」
「下手な芝居で引っ搔き回そうとするの、やめてくんない?」
「…………」
ガルムは努のメンヘラチックな言動を真に受けて咄嗟にフォローしようとしたが、エイミーからそう言われた後に見せた彼の態度でそれが冗談だと理解した。
「こういうところってツトムから見てもキモいと思わないの? これは別に見栄とかじゃなくて、普通に鳥肌ものだけど」
「良くも悪くも真面目ってことでしょ。エイミーも良い感じで不真面目だし僕としては丁度良いよ」
「えっ。わたしって不真面目?」
「……まさかその体たらくで自覚がないとは、つくづくおめでたい奴だ」
「きっしょ」
「はいはい。ギルドで喧嘩は止めようね」
努は何時ぞやのようにそう仲裁しようとしたが、ガルムからすれば質の悪い冗談が癇に障っていたのか珍しくじろりとした目で彼を見下ろした。
「実際に三年間も消えていたツトムは仲裁する立場でないと思うが。ツトムも少しは自覚した方がいいのではないか? 良くも悪くも一人で物事を解決しようとしすぎる」
「……それは、そうだよね~。前から周りになんにも言わず独断で突っ走ること多いしさ~。それに刻印士とか、PT編成とかもさ、もうちょっと早めに相談はできたよね?」
「あっ、はい」
ガルムとエイミーから同意見で詰められていることからして、どうやらユニスの言っていたことは間違いではなかったらしい。特にガルムがここまで忠告してくることも珍しいので、それから努は正座している気持ちで二人からの主張を聞くに徹した。
そしてガルムが言いたいことを言い尽くしたところで努は改めて頭を下げた。
「これからは報連相を徹底していく所存です」
「報告と連絡はある程度できてるから、相談多めね」
「相談マシマシで」
「……それはまた、わかりにくい冗談か?」
「はい」
「あぁ可哀想に。ツトムは悪くないもんね? ちょーっとつまらない冗談言っただけで」
猫可愛がりでもするように努の手を取って撫で回すエイミーに、ガルムは複雑そうな顔をしたままため息をつく。そのまま努が反省の意も込めて好き放題にされていると、突然柔らかいものが左腕に引っ付いてきた。
「……えっ?」
更衣室から帰ってきたハンナが近づいてきていたことは努も把握していたので、どさくさに紛れて何かちょっかいを出してくるのだと思っていた。だがエイミーの反対から突然腕に抱きついてきたのは完全に想定外で声が漏れた。
ハンナは確かに馬鹿だが、自分が女性として強力な武器を持っていることに無自覚であるわけではない。むしろその威力と弊害を知っている方なので、むやみやたらにそれを利用することなど考えられない。
突然野生の小鳥が肩に乗っかってきたかのように動けない努に、何事かと驚いているエイミー。そんな二人の顔を見上げたハンナは今更ながらびっくりしたように努から離れた。
「えっと、どうした?」
「……いやーーーー? 別に、なんでもないっすよー」
上擦った声でそう誤魔化したハンナは青い翼を逆立てて後退ると、そそくさとギルドから出ていった。そんな彼女の後ろで一部始終を見ていたユニスはまさにわなわなといった様子で目を見開いている。
「なっ、なに鼻の下伸ばしてやがるのですーーーー!! 一体どういうことなのです!?」
「さぁ……?」
努からしてもハンナの行動は突拍子もなさすぎて意味がわからなかった。だが今の行動がいつもの馬鹿故でないことは明らかであったし、彼女に何かがあったことは間違いがない。
「……明日、大丈夫そうですか?」
「……ちょっとわからない。最悪ガルムにタンクの代理、土下座でもお願いするかも」
「報連相の良い機会が回ってきたと思え」
「なにあいつ」
クロアの心配に努は割と本気でそう答えたが、ガルムからはそう一蹴された。
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