第480話 個チャで愚痴垂れ

(今更な親切設計助かるー)



 孤高階層はジョブごとによって階層の構造自体が異なり、各々の個性を活かさなければ突破することはできない。ただそれは努から言わせれば中級者向けのチュートリアルそのものであり、正直なところ今更感が半端ではなかった。


 131階層に転移した時から爛れ古龍の血分身に似た人型モンスター二体は努の後ろを付いてきて、真っ黒なスライムやゴブリンなどポピュラーなモンスターを発見すると攻撃したりコンバットクライを放ってヘイトを取ったりする。


 あまりにも露骨なアタッカーとタンクの味方モンスターに、神のダンジョンではよく見る敵モンスターたち。ただ白魔導士はそれを支援回復するヒーラーとして立ち回らなければ苦しいくらいのモンスターが質と数共に出てくる。


 遺跡階層からスキルのようなものを使ってくるモンスターは若干見かける程度だったが、孤高階層からは全てのモンスターが使ってくる。そのためタンクの消耗が以前に比べると大分激しく、中々にシビアな支援回復が求められる。しかも普段と違いレイズが使えない制約があるため、努もそこだけは気は遣った。


 そして時折エクスヒールなど、マイナーなスキルの使いどころもあからさまに設けられている。スキルの復習としてはピッタリだが、少々運営のエアプ感が否めない限定的すぎる場面が設けられているところもご愛敬だ。



(ここまで露骨なキャリー潰しがあるなら、金に物を言わせて階層更新する生産職狙ってきてるとしか思えないんだけどな。だけどアルドレット工房の引きこもり具合を見てる限り、生産職は階層更新しなくても問題はなさそう。……ただ単に実装そのものが遅れてました、なんてことじゃなきゃいいけど。だとしたら神運営も世知辛いな。それはそれとして百階層飛ばしたのは許さんけど)



 131、132階層は主にヒーラーの役割を担って進んでいき、133、134は進化ジョブを使ったアタッカーとして火力を出さなければ白魔導士は突破できない。ただ孤高階層まで来られるような探索者なら多少自分が頑張れば問題ない探索に過ぎないだろう。


 とはいえ四人PTを雇って露骨にキャリーされてきた者からすれば突然一人でアマゾンに放り出されるようなものだ。それに今までPTの中でお荷物だったものの周りに引っ張られてきた何とかやってきた探索者を、孤高階層は残酷なほど仕分ける程度の難易度はある、なのでここが探索者生命の終わりになる者も少なくない。



(その割に135階層主はジャガノの雑魚版だし。チュートリアルにしてはピーキーなモンスターだよな。火竜みたいな王道で良かったと思うけど)



 ジャガーノート――略してジャガノ。ライブダンジョンの公式では歩く要塞という二つ名が授けられていたが、プレイヤーからは普通に走ってくると不評だった。主にレイド戦で出現する巨人型のボスモンスターであり、プレイヤーから与えるダメージは小数点以下になり切り捨てられた表記上では0になるほどの耐久性が特徴的である。


 そして135階層主はジャガーノート・ミニという名称なので、明らかにそのレイドボスの下位互換版だろう。神台で見た限り馬鹿みたいな耐久性は下方されているようだが、まともに戦えば長期戦は覚悟しなければならない。



(そこで対策装備の出番なわけだけど、一人で倒し切れるかは不安だな。24時間後の強制退場も殺されるのと変わらんし、嫌なんだけど。時間切れになったらおもむろのスポッシャーに変更してくれない?)



『ライブダンジョン!』でもまともな攻撃では倒せないジャガーノートに対する対策装備、特に防御無視の特性を持つ武器は必須だった。とはいえ防御を無視できる代わりに威力はそこそこ止まりなので、仮に自分一人だけだとするとそもそもの火力が足りるかの懸念は残る。



「黒ゴブリンのスキル、カウントバスター系か。アタッカーは出来るだけあの攻撃が途切れるように邪魔してね」

「…………」

「タンクはもう少し前線突っ張っていいよ。連続斬り込みでも回復間に合ってるから」

「…………」



 マネキンのっぺらぼうみたいな姿形をしたアタッカーとタンクの男女二人は、スキルを発動する時以外は何も発さない。ただこちらの意図や指示は人ほどではないがある程度汲んではくれるので、戦闘しては改善を繰り返していくうちに探索はスムーズになっていく。



「黒スライム、味方喰うやつスキルなのか。道理で強くなりすぎだと思った」

「…………」

「それにしても刻印のレベル上げに時間取られ過ぎてダルい。片手間にやる分にはいいけど、一番台目指す探索者で両立は無理でしょ。あーここ最近三時間しか寝てないわー。もう少し寝られたら実力出せるんだけどなー。かーっ、困ったなー」

「…………」



 普段と違ってPTメンバーに神の眼すらないため努は好き勝手ぼやきつつも、神運営の要望フォームにでも書き殴るかのように愚痴を垂れ流し続ける。



「そもそもどうして装備縛りのマゾゲー環境になってんだマジで。ライダンと違って通常攻撃で大分PSの差が出せるのが逆に仇になったのか? あとユニークスキルが壊れすぎ。紅魔団とか恵まれすぎだろ。……まぁ無限の輪も人のこと言えないけど」

「…………」

「確かにアルドレット工房で高レベル生産職囲って刻印装備の独占販売は金になるけど、若い芽の潰しようからして金目当てだけじゃなさそう。レベル上げしてた生産職自体はあのロイドって人が中心で根絶したっぽいし。ならそれを引っくり返そうとしてる僕は目の敵のはずなんだけど、顔真っ赤なのはアルドレット工房だけなんだよな。一体何が目的なんだか」

「…………」

「レベルで下剋上狙ってた若い生産職じゃアルドレット工房の圧力に対抗できる力がないし、かといって圧力に対抗できるような人でもわざわざ藪をつつく必要がない。リスクを背負ってでもこの状況を看過できないのなんて、それこそライブダンジョンの廃人たちくらいだろ。僕はなんて実に良いタイミングで帰ってきたもんだね? おかげで寝不足だよ」



 もしPTメンバーがいたら空気が凍っていそうな一方的すぎる愚痴ばかりがこぼれていたが、それに反比例するように131階層の探索はスムーズだった。



「味方回線落ちの救済措置でCPUに代わるみたいな感じで、アタッカーいなくなったら君たちが代わりに復活したりとかしてくれない?」

「…………」

「それじゃ、132階層もよろしく」



 そうは言ったものの階層ごとに個体はリセットされてしまうし、精霊と違って昆虫みたいな反応しか示さない。そんなアタッカーとタンクに別れを告げ、努は132階層へと進んでいった。



 ――▽▽――



「何階層までいったのです?」

「134様子見してきたところ」

「…………」

「そっちは? ステータスカード見せてみ?」

「他人のステータスカードを覗き見るのはマナー違反なのです! 近寄るんじゃねぇですよ!!」



 完全にマウント目的で尋ねてきたであろうユニスを追い払いつつも、努は上位の神台で水を得た魚のように大暴れしているアーミラを見つめた。


 努がギルドに寄贈した刻印装備は、141階層から始まる深淵階層をガチガチに対策したものだ。アーミラには似合わない純白の大剣に刻まれた刻印には攻撃スキル使用時の精神力減少に、単純なSTR《攻撃力》増加とアタッカーに対して汎用性が高いもので揃えている。


 その刻印自体はありふれたものではあるが、レベル50を越えた努が施すことでその能力数値が単純に増加しているため普段よりも火力が高い。更に闇系統のモンスターに特攻の効果のある刻印の三つ目まで揃っているので、体力の続く限りなら彼女一人でも闇魔石の山を築けるだろう。



(それに負けないタンクの頼もしさよ。避けタンク環境も別に悪くはないけど、こいつこんなにヘイト買ってるのに死なねぇのかよって感じのゴリタンクもいいよなぁ。見ていて清々しいよ。僕はやりたくないけど)



 深淵階層はクリティカル判定時に致命的な大ダメージ、中には通常攻撃でも一定の確率で即死をもたらすモンスターなどが蔓延していたため、自然と攻撃そのものを受けない避けタンク採用のPTが増えていた。刻印装備で対策は出来るもののレベル40時点では即死確率を下げることしかできないため、運が悪ければ連続死して足を引っ張ってしまうこともあった。


 だが刻印士のレベル50からは即死の完全無効化も可能となり、クリティカル判定時のダメージを下げる比率も大きくなるためタンクが早々に溶けることはなくなる。それにタンクの装備に関しては単純な能力上昇など汎用性の高い刻印を加えて四つ施しているため、神台から見てもタンクの活躍たるや凄まじい。


 そんなタンクが安定してモンスターのヘイトをコントロールしているからこそ、アーミラが全力で暴れ回れる環境が出来上がっている。そんなギルドPTは怒涛の勢いで上位の神台に躍り上がり、同じ深淵階層で詰まっていた中堅探索者の目を見るからに引いていた。



(未だに1レベから覚えてる階層ごとに能力上がる刻印脳死で施してる人も多いし、そりゃ溶けるわ。レベル10のタンクがシェルクラブ相手にしてるようなもんだからな。お洒落目的かつ刻印数上振れ狙うならアリだけど、普通に攻略階層でドロップする装備に能力上昇の刻印付けた方が強いんだよ)



 そもそもクリティカル判定をもらわないような立ち回りを何百と繰り返して会得するガルムくらいの根性と対応力があるなら別だが、大抵のタンクはそうもいかない。実際に突破している者はいるのだから深淵階層を突破できない奴は単純な努力不足、なんて断言することもできるだろうが、それを真に受けて潰れてしまっては元も子もない。



「……あの張り紙に書いてあること、本当か?」

「勿論。現物もこの通りありますよ。装備があればあれと同じ刻印もできますし」



 そう断言され続けてきた者たちからすれば、あの装備は喉から手が出るほどほしいだろう。そんな探索者PT一つ一つに努はアルドレット工房にかけられている圧力について説明し、135階層での競り合いに協力してくれれば刻印装備の予約、もしくは特定の刻印する約束を取り付け続けてこちら側の勢力を続々と増やしていった。

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