第449話 護衛失格の煽り

 あれからランチまでの間、努はコリナに穴場の店や屋台などを教えてもらいながらも下位の神台を巡っていた。そこまで賑やかではない下位の神台市場では生産職関連の者からオルファンの一味である高レベルの少年少女まで見かけたのだが、ハンナと一緒にいる時よりも明らかにこちらへ向けられる視線は少なかった。というよりむしろ避けられているようにすら思える。



(……ハンナよりもコリナの方が抑止力としては強いのか。ちょっと、というか大分認識を改めないとな)



 無限の輪とシルバービーストのヒーラー、特に死神のコリナと走るロレーナは武闘派だという噂はある程度認識していたが、まさかここまで如実に周囲の態度が変わると思わなかった努は思わず苦笑いした。



「……?」

「いや、別に何でもないよ」



 神台でモンスターと真っ正面から戦っていた印象と見た目だけでコリナを頼もしく思いすぎている節があると思っていたが、どうやら自分の思い過ごしというわけではないらしい。不思議そうに首を傾げてきたコリナに努はそう返し、クランハウスに着いてからすぐランチに向かった彼女を見送る。



「なに笑ってるっすか?」

「いやー、今やハンナよりコリナの方が強いって周囲は認識してるんだと思うと、少しおかしくてね」

「……どこ情報っすかそれ」

「んー、体感?」

「…………」



 午後からはハンナに護衛を引き継いでもらった努は、午前に比べて明らかに敵意のある視線を向けられる頻度が多くなったことを体感して一人でにこにこしていた。そんな彼の指摘を受けたハンナは尖った目つきで周囲を威圧したが、傍から見ると子供がボディーガードごっこでもしているようにしか見えなかった。



「文句があるならかかってくるっすよ! 受けて立つっす!」

「自ら問題ごとを起こす護衛とか、即刻クビじゃない?」

「実力を証明するいい機会っすよ! それに師匠、このまま一生ビクビクしながら暮らすつもりっすか!?」

「うーん、でも僕の護衛はクランメンバーと親交を深める良い口実にもなってるしね。特にリーレイアとか、護衛目的以外で喋る切っ掛けなさそうだし」



 そう言われたハンナはむぅと考えるように俯いたが、すぐにジトっとした目付きで見上げてくる。



「……シルバービースト行けばいいじゃないっすか。リーレイアと一緒に訓練してくるといいっすよ」

「いや、ハンナも見ただろあの目。訓練とかこつけて完全に殺す気だぞ」

「大人しく殺されるといいっすよ。別に、殺意は殺意でもディニエルと違って息の根までは止めないと思うっすから」

「……なに? 殺意の中にも違いあるの? どっちも怖いとしか思えないけど。というかディニエルは本気なのかよ」

「おい」



 彼女の話を聞いてげんなりとしていた努に、並々ならぬ剣呑な顔つきをした青年が突然声をかけてきた。そんな彼を見てようやく自分の出番が来たかと青翼をばたつかせているハンナを、努はずいと押しのけた。



「なんっすか?」

「ハンナの出る幕じゃないから、少し落ち着けよ」

「文句があるなら、かかってこいって言ってたよな。だから来た」

「ほら! 挑戦者じゃないっすか! なら師匠に手を出すといいっすよ! それをあたしが防いでやるっす!」

「馬鹿……」



 自分から挑発しておいて何が挑戦者だと頭を抱えている努と、その稚拙な言動の割には周囲が見入ってしまうほど型の演武が仕上がっているハンナ。そして彼女の無邪気な様子に若干毒気を抜かれて手持ち無沙汰になっていた青年に、努は気を遣うように手を挙げた。



「君、ドーレン工房の人でしょ? 資材運んでる見習いの」

「…………」



 努は刻印騒動が起きてからも何度かドーレン工房にお邪魔していたが、その時に挨拶も出来ねぇのかと工房の端で先輩から頭をはたかれていた彼の顔は見覚えがあった。特にその時は体育会系怖いな、という感想も抱いていたので余計目についた。


 努が自分のことを認識しているのは意外だったのか、その青年は目を見開いた。だがすぐに不審げな顔に戻った。



「なら話は早ぇ。あんたのせいでどれだけ親方が、職人たちが苦労してると思ってんだ」

「刻印騒動のせいでアルドレットクロウに圧力かけられたのは、ドーレン工房からすればとんど災難だっただろうね。ただそれについてはドーレンさんと直接説明したし、ゼノを通じて資材の流通は回復させてる」

「あれで馴染みの取引先といくつ破綻したと思ってるんだよ! ……それにお客さんだってそういう噂には敏感だ。回復させてる? 現場の関係はちっとも回復してねぇよ! あんたのせいでぐちゃぐちゃだ! どうしてくれんだよ!」

「それなら無限の輪と関係を切れば? そうしたらむしろアルドレットクロウの職人様からはよくやったって言われて御贔屓にされるだろうし、関係も回復するんじゃない? ……まぁ、義理堅いドーレンさんがそんなことをするとは思えないけど」



 薄情者そのもののような笑みを浮かべながらそう言った努に、目を剥いた青年は彼の胸倉を掴もうとした。だがそれはハンナに防がれるよりも前に、努の前へ事前に張られていたバリアによって防がれた。その障壁を認識していなかった青年は想定外の壁に指をぶつけて何本か突き指した。



「その様子だと探索者としてのレベルは10くらいかな? そんな君がレベル100越えの僕に敵うわけないだろ。ヒール」



 青年の痛がっていた指に向けてヒールを放って突き指を癒すと、彼はむしゃくしゃしていたが今度はむやみに手を出すことはなかった。



「ちなみに参考程度に聞きたいんだけど、刻印のレベルはいくつ? 僕は昨日27になったんだけど」

「……知るかよ」

「その様子じゃ僕より低そうだ。10前後かな?」

「うるせぇ! 何がレベルだ! 職人の技能がそれで測れるってか!? くだらねぇ!」

「でもドーレンさんが鍛冶職人の中で一番レベルが高いことは事実だし、他のレベルも総じて高いよね。本人はそれがあまり気に入らないようだけど、一つの指標になることは事実でしょ」

「……何でお前なんかが、無限の輪のクランリーダーになんてなっちまったんだ。ガルムさんの方が絶対にいい。あの人は誠実に義理を通す、立派な人だったのに」



 ガルムの名前が出たことに努は少し驚いたものの、やさぐれた青年の主張を鼻で笑った。



「ドーレンさんにならまだしも、探索者としても生産職としてもレベルの低い君に言われる筋合いはないけどね。口だけは一人前なのはご立派だけど、せめて僕の刻印レベルくらい抜かしてから出直してきてもらえる?」

「師匠、感じ悪いっすよ」

「……うるさい」



 誰のせいでこうなったんだ、という言葉を言おうとしたところで努はハンナに腰を掴まれてずいと押しのけられた。



「つーことは、お前よりレベルが高い俺らはその資格があるみたいだな?」

「……あぁ、そういうこと」



 午前中にも道端で見かけたオルファンの孤児の少年とそのPTメンバーの二人が割り込んできたのを見て、努はハンナの行動に納得した。そしてドーレン工房の青年に逃げるよう目で促した後、小さな彼女に守られたまま指を彷徨わせる。



「確か、前に会った時はリキ対抗勢力だったっけ? 名前は右から、ラミ、ルイス、モイ、だったかな? 確かに今のPTの平均レベルは140ぐらいだったし、出直してくるだけの資格はあるのかもしれない」



 どうでもよさそうに指差し点呼しながらもしっかり名前とレベルは把握している努を、ラミと呼ばれた少女は不審者と相対したような顔のまま睨みつけていた。逆にモイは自分たちの情報が知られているとは思ってもいなかったのか、少し身震いしていた。



「自分の立場を理解してんなら、話は早ぇな? あの時の借り、返しにきたぜ」



 これ見よがしに矢による傷跡の欠片もない右手をこちらにかざしてくるルイスを横目に、努はマジックバッグをごそごそとした。そして十万Gの価値がある形状の金貨を取り出すと、はいと差し出した。



「あの時のお詫びとして僅かばかりの気持ちだけど渡しておくよ」

「……は、あのエルフなら今は神のダンジョンだろうが」

「そうだね。それに僕はまだレベル100ちょっとだし、隣のハンナも130。今度はそっちの方が力も人数も上だ。コリナがいた時にはすごすごと引き下がってたもんね? 職人の方がよっぽど肝が据わってるよ」



 努は午前中にもこの中では下っ端らしきモイの顔を視界の端に捉えていたので、彼らが機会を窺っていたのは知っていた。しかし先ほどの職人ならば恐らく、この場にコリナがいたとしてもハンナの挑発には乗ってきただろう。



「…………」



 そんな努の挑発に醜悪な顔のまま歯噛みしたルイスは、ゆっくりと金貨に手を伸ばす。午前中にディニエルが神のダンジョンに入っているのは確認済だ。女性の皮を被った化け物さえいなければ、こいつは所詮低レベルの白魔導士だ。これは苦し紛れのハッタリに過ぎない。金貨を受け取りざまに腹へ一発入れて、その余裕面を引き裂いてやる。


 そう決意してルイスの伸ばした手に、どこからともなく飛来した豪矢が突き刺さった。その衝撃のまま身体まで吹き飛んで壁に縫い付けられる。流れ出る鮮血に喚く声も構わず、彼女は手を踏みつけて矢を無理やりぶっこ抜いた。そしてその血濡れの矢を番えられると、今度こそ頭に照準を付けられ――



「……っ」



 そんな未来の幻視がどうしても拭えなかったルイスは、努の差し出す金貨を手に取ることは出来なかった。確かに午前中はしっかりと確認したが、今潜っているかは下位の神台市場からでは見えない。それにディニエルと一緒にダンジョンへ潜っている姿も確認しているので、無茶苦茶なハッタリというわけでもない。



「ん? 何で取らないっすか?」



 ただ唯一この場ではディニエルの実戦練習について知らないハンナは、ようやく自分の出番が来ると思った矢先に手を引っ込めたルイスに思わずそう尋ねた。突然の質問に答えられない彼に、彼女は安心させるように言った。



「別に命までは取らないっすから、さっさと仕掛けてほしいっすよ。あたし、手加減は得意っすから!」

「このガキっ……!」



 純粋無垢な目で自信満々に豊満な胸を張るハンナに、ルイスは激昂したように叫んだ。だが身を乗り出したところで再びあの時のように矢が飛んでくるのではないかという疑念が拭えず、初めの一歩は踏み出せなかった。


 そんな彼を見たハンナは、気の抜けるようなため息をついた。



「少しは強い奴が来たと思ったのに、まさかこんな臆病だとは思わなかったっす。本当に師匠の言う通り、さっきの人の方が勇気あったっすよ。それじゃあ、後ろの根性ありそうな女の子でもいいっすよ~。その感じならちゃんとあたしの力も見せられそうっす」

「…………」

「もういいだろ」



 そう言ってラミをちょいちょいと手で呼んでいるハンナに、努は内心で空笑いを堪えながらも真面目な顔のまま彼女を止めた。そして気弱そうなモイにもう行けと目で促すと、彼女は必死になって両ばさみになって気まずそうな顔をしたラミと、激情の渦に呑まれているものの踏み出せないルイスを連れ出そうとした。


 そんなモイの頬をこちらに聞こえるくらい強く叩いたルイスは、怒り収まらぬ様子で努を睨み付けた。



「……今は、手を出さないでおいてやる。だが後で覚えておけよ。その金貨を回収する日は近いうちに来る」

「だから、それなら今かかってくればいいじゃないっすか。どんだけビビッてるっすか?」

「……女、お前も必ず潰す」

「結局ずーっと口だけじゃないっすか。弱い者いじめしかできないとか、つまんない奴っすねー」

「呪炎」



 そんなハンナの口ぶりと態度にいよいよ我慢できなくなったのか、呪術師のラミは周囲に悟られない小規模ではあるものの、怪我では済まない闇属性のスキルを打ち放った。


 するとハンナはポケットに入れていた光属性の魔石に触れながら、その呪炎を属性相性で綺麗に打ち消した。それを見て舌打ちするラミに彼女はけらけらと愉快そうに笑った。



「懐の武器は飾りっすか? ほーら、かかってくるっすよー」

「…………」



 だがルイスはそんなハンナの煽りにも構わず、怒髪天を衝く勢いのラミを連れて路地裏へと消えていった。そんな孤児たちを見送った彼女はもにょもにょとした顔で努の方に振り向いた。


「一体何だったっすかね?」

「無自覚な煽りが一番効くかもしれない」

「????」

「それはともかく、僕もこのクソガキッ……! って言いたくなったよ」

「どういうことっすか?」

「……マジでリーレイアの方がマシかもしれない」



 大した教育を受けていない孤児たちがダリルによって力を得てしまったことと、今の流れすら理解もしていなさそうな魔流の拳継承者のハンナ。努はどっちもどっちなのかもしれないとため息をつきながら、強く生きろよと路地裏に願った。

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