第375話 ブスキャンからのブスダンス

(やっぱブスキャン運用出来ると双剣士は強いな。多分この世界の方が有用だろうし)



 ブーストを使用した際に一瞬加速する動作で様々な動きをキャンセルできる小技、通称ブスキャンは『ライブダンジョン!』の双剣士にとって必須ともいえる技だ。攻撃スキルの後隙や蘇生から起き上がる動作などもキャンセル出来るため、ブスキャンが出来るか出来ないかでゲームスピードが断然に違ってくる。


 しかしそのシャカシャカとした特有な動きが可愛くないとエイミーからは不評で、初めはあまり使っているところを見たことはなかった。だがここ最近になってブスキャンの可能性に気付いたようで、今では転移してきたプレイヤーのような動きに様変わりしている。



(いつかブスダンスまでするのかと思うと胸が熱くなるな)



 ダッシュしながらブスキャンを多用することにより白煙を撒き散らしながら高速で動く物体と化すブスダンスは、レイド戦勝利の後によく見られた光景だった。努はそんなことを思い出しながらも再出現した赤いガルムの分身に狙われているエイミーに支援回復を送る。


 対人戦では肉を切らせて骨を断つ戦法が目立つアーミラと違い、エイミーはまず様子を窺うように戦い相手の隙を逃がさずに叩くタイプだ。そのため彼女はそれほど被弾することなく安定した立ち回りで分身を相手にしていた。



「しねっ!」



 先ほどアーミラとダリルが戦っていたところを観察したことで、赤の分身は打撃がそれほど効かない代わりに斬撃が有効なことがわかっている。斬撃によって血を流させることで赤の分身を弱らせることが出来るからだ。


 そのため効率的に出血状態を引き起こすことができる双剣士のエイミーと相性がいい。それにガルムの姿形をしているせいか、殺る気も十分といったところだ。今も分身の股下を潜りながら太ももの付け根を切りつけるなど、巨体相手の戦闘を想定していたかのように手際がいい。



(分身の対処はもう問題ない。ガルムとダリルも血武器の攻撃に慣れてきた。臓器の破壊もかなり順調だし、これならこの先の展開も問題なさそうだけど……)



 Oオーのレイド戦を参考にするならば現状はまさに百点満点といった状況だ。既に肝臓を完全に破壊することが出来たので再生による長期戦の心配がなくなり、他の臓器を壊すことで更なる弱体化が望める。そうすれば脳の再生直後に攻撃を集中させる余裕が生まれて壊せるようになるので、ヘイト無視のヒーラー潰しを防ぐことも出来る。


 だがそんな現状の中にいても努の不安は拭えなかった。その原因は成れの果て戦での初見殺しである。


 成れの果て戦ではいかにPTの石化状態を管理するかが重要であり、それが戦闘のコンセプトでもあった。石化を恐れるあまり細かく回復しすぎてしまえばヘイトを買いすぎてしまうし、かといって進行させすぎてしまえば戦闘に支障をきたす。だからこそ石化管理の出来るヒーラーは重宝されたし、安易に石化状態の攻撃を受けないアタッカーやタンクも活躍した。それは運営側としても望むことだっただろう。


 だがこの世界の成れの果てに追加されていた新たな攻撃は、石化という制約がある戦闘コンセプトを覆すようなものだった。石化の進行度が僅かでも進んでいる者を即死させるというまさに初見殺しの攻撃。確かに敢えて逆の制約を加えることも悪くはない。だがその制約があまりにも重いことに努は憤慨ふんがいしていた。



(成れの果てにあんなクソ行動を追加してきた奴が、爛れ古龍をこの程度の変化で終わらせてるのか?)



 誰がどうやって神のダンジョンに出現するモンスターを生み出しているか知る術はない。だが成れの果てと同様の者が爛れ古龍も生み出しているのだとすれば、裏ダンジョンのレイドボスであるOの仕様を導入し血の分身を追加した程度で留まっているとは思えない。



「はぁ」



 思わず漏れ出るため息。それは完成されていたものに下手な装飾をされた時のような怒りも混じっていたが、それよりも別のことが気掛かりで出たものだ。あまりにも自然に出たので努自身も驚いたが、すぐに心配そうな表情を消し赤の分身の血を多量に流させて消滅させたエイミーにヒールを送る。


 それからも定期的に現れる血の分身は臓器を破壊するエイミーとアーミラが代わる代わる凌いでいき、肝臓に続いて胃と肺の完全破壊にも成功した。これにより生きた龍へと戻った際に探索者を食らっての回復や能力吸収が不可能になり、血液へ酸素を送る機能も停止したことにより強烈な速さを持った血武器も消滅した。


 それによってタンクの負担が減ったことでガルムは攻撃によるヘイト稼ぎを出来るほどの余裕が生まれ、努は青ポーションを消費することなく自身へのバリア張りをすることが可能になっていた。しばらくそうした状況が続き、臓器も次々と破壊することが出来た。



「……? これは……」



 その変化にいち早く気づいたのは爛れ古龍と相対しているガルムだった。先ほどから攻撃を捌いていた血の武器から発せられる血生臭さが、より一層濃く匂ったのだ。それに先ほどまでは砕けるほどの硬度はあった血武器の感触が僅かではあるが鈍くなり始めていた。



「ツトム!」

「ツトム!」



 ガルムと同時に血の分身と戦っていたエイミーも何処か違和感を覚えていた。若干手応えが柔らかく、それでいて血の色が若干黒く見える。そんな変化の兆しがあることを彼女も伝えようと声を上げたが、前方にいるガルムと丸被りしていた。途端に静まり返る戦場。



「血武器の感触に違和感がある! それに血生臭さも強くなっているように思える!」

「なんか血の色が黒っぽく変わってきてるかも! あと感触が柔らかくて気持ち悪い!」

「……了解。新しい行動の予兆かもしれないから二人とも引き気味で立ち回ってくれ」



 二人はそのことで一瞬黙り込んでしまったが、すかさず同時に情報を口にした。そんな二人の言葉を聞いた努は神妙な顔で指示を送り、何が来ても対応できるように青ポーションを口にする。



(血生臭さと色の変化からして、本来の爛れ古龍に戻る感じか? だとすれば聖属性が通用するようになるかもしれないな。アンデッド系は露骨に怯むから望むところだけど、多分また初見殺しに近いものはある。まず初めは様子見で誰か死んだら即蘇生でいいか。今のヘイトなら四人蘇生も問題ないし)



 遠目から爛れ古龍を観察している努からすればその変化は確認できない。だが前線にいる二人からの情報に間違いはないと仮定して情報を吟味し、今後の展開を予測して自分の動きを事前に考えておく。


 成れの果てと同様の初見殺しがあることを考えていたからこそ、努は今までヘイトを稼がない地道な立ち回りを徹底してきた。リスクのある臓器破壊の戦略も通し、それに加えてガルムとエイミーの活躍によって更に裏方へ徹することが出来たので自分へのバリア張りによる保険も作ることが出来た。未知の攻撃に対する準備に余念はない。



「……なんかよぉ、怪しい気配がしやがるな」



 切れ味を維持するため大剣に付着した血を布で拭いながらアーミラは呟く。高位のアンデッド系モンスターから感じられるような禍々しさ。肉をそぎ落としたばかりにも見える生々しい骨から発せられる瘴気によって、生命を感じさせていた赤々と輝く心臓の色がみるみるうちにどす黒く染まっていく。それに続いて健康的だった他の臓器もまるでその機能を停止したかのように生気が落ちていく。


 そして前線の二人が忠告した通りに全身を巡っていた血も廃油のように黒く染まり、ヘドロのように粘り気を帯び始めた。それは宙を舞う血武器とガルムの姿を模した分身にも同様の変化が起き、対峙していた二人は危機を察知して攻撃を避けるようにした。



「くっ……!」



 だが俊敏性のあるエイミーはまだしも、ガルムが何十と向かってくる血武器を全て避けることなど不可能である。回避した先から飛ばされた真っ黒な槍を避ける手段はなく、彼は渋々大盾でそれを受けようとした。



「ホーリー」



 だがその槍はガルムの後方から放たれた白い光により、浄化され溶けてなくなった。爛れ古龍が本来の仕様に戻ったと推測していた努は聖属性のホーリーを放ち、禍々しい血武器と相殺させていた。



「ダリル、これに装備替えしてから交代しろ。ガルム、避けられなさそうなやつは僕が対処する。そのまま血武器を躱しながら凌いでくれ」



 努はマジックバッグに左手を突っ込んで無造作にダリルの装備を地面に落としながら、ガルムを付け狙う血武器をホーリーで迎撃する。そしてアーミラに装備の着付けを手伝うように身振りで説明し、ドーレン工房で作成してもらった聖属性が付与された白い大剣もその場に落とした。



「すみません、お願いします!」

「面倒くせぇなぁ……!」



 悪態を吐きつつもダリルが一人で重鎧を装備しようとすると時間がかかることはわかっているのか、アーミラはすぐに装備の着付けを手伝い始めた。それは光と闇階層の宝箱から入手した、闇属性が付与された漆黒の重鎧である。


 聖と闇は互いに弱点属性であるため今の爛れ古龍を攻撃する時には聖属性の武器を、逆に防御する際には闇属性の防具を装備する必要がある。今までの爛れ古龍には特に属性がなかったので物理的な防御性を追求した装備をしていたが、あの異様な変化を見て努は装備の切り替えを指示した。



「えっ!?」



 そしてエイミーにも追加で退避の指示を送ろうとしたその時、彼女が驚いたような声が響いた。振り返ってみれば少し距離を置いたところで戦っている彼女の前にいる分身の右半身が、まるで水膨れになったかのように膨らんでいた。



「離れろ!」



 急激に膨張し今にも破裂しそうな勢いの分身を目にした瞬間、努はその間を断ち切るようにバリアを張ってエイミーの安全を確保しようとした。だが分身はそれと同時に血を撒き散らしながら自爆し、手榴弾のように硬化している血の破片を一斉に撒き散らした。


 ある程度分身との間に距離があった努たちにその破片は被害をそこまで与えはしなかった。しかし一番近くにいたエイミーはその破片を全身に受けてしまい、既にその目から生気は失われていた。



(相打ちならよし)



 エイミーの身体から儚い光が漏れ出ている姿を一瞬確認しつつ、どす黒く染まった血武器をホーリーで次々と打ち落としてガルムを援護する。


 最悪ダリルの装備替えが終わるまで持ってくれれば良かったので、分身がわざわざ自爆してくれたのは有難い。それに努はこういった不測の事態に備え、今まで爛れ古龍からのヘイトを抑えて地味な立ち回りをしてきたのだ。一人くらい蘇生することなど負担にもならない。



「着替え終わりました!」

「よし、ガルムと交代。最悪被弾しても装備が守ってくれると思うけど、警戒して挑め。レイズ」



 努はダリルに指示をした後すぐに杖を掲げてレイズを唱えた。



「……あ?」



 普段と違う明らかな違和感。レイズの際打ち上げ花火のように出る光が見えない。それに精神力を使用した感覚も来ない。


 死亡判定の光は確認していたはずだ。だが稀にその光が出現しても回復できる状況もあるため、努はエイミーにハイヒールを送ろうと目をやった。すると彼女はよろよろと立ち上がってこちらを見つめてきていた。



「…………」



 近距離で硬化した血の破片を一斉に射出されたため、VITの低いエイミーの身体は戦場にある死体のようにボロボロとなっている。特に目立つのは頭部に開いている穴。景色の向こう側が見えそうなほど深い怪我を負っているため、血の破片は確実に脳を貫いているはずだ。普通なら即死判定を受けて既に身体が消失しているだろう。


 様々な予想が努の脳裏を駆け巡り、死んでいるはずのエイミーが一歩を踏み出すと同時に結論へと至る。



「ダリル! こっちのヘイトを――」

『ブー…スト…』



 その声と同時にエイミーの死体はスキルまで使用し、一瞬にして努との間合いを詰めた。その行動に彼は目を見張って反射的に飛び退いたが、彼女はその横を素通りして血武器に狙われているガルムの方へ駆けた。



「ダリル! エイミーのヘイトを取れ! モンスターになってる!」

「えっ!?」



 突然の出来事にダリルが数秒にも満たない僅かな間思考を停止している間に、エイミーはガルムの目の前に飛び出す。



「ちっ!」



 首筋を狙って振りかざされた双剣の斬撃をガルムは大盾で防いだが、その場で彼女は回転しながら回し蹴りをお見舞いした。その蹴り自体の威力はそれほどでもなかったが、そのまま弾き飛ばされる形でガルムは後方へ飛ばされる。


 それを待ち構えていたかのように迫る、黒い血で模られたつち。それはガルムの頭部を捉えると同時、中心から花を開くように大口を開いてそのまま食らいついた。


 少しの間ガルムは四肢をばたつかせていたが、黒い槌がそのまま彼の中へ吸い込まれていくように姿を消すとすぐに動きは止まった。そして死亡判定の光を漏らしながら何度か身体を痙攣させた後、空中から地面へと落ちる。それと同時に周囲へ浮かんでいた血武器も腐り落ちる草木のように消滅していった。



「……ははは」



 そしてむくりと起き上がったガルムが明らかに正気の目つきをしていないところを見て、努は戦闘の場に似合わない乾いた笑い声を思わず上げた。

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