第261話 うるさいぶーぶー

 エイミーがデザインを手がけた土色の服を着ている、一般的な幼女の見た目をしている土精霊のノーム。そんな彼女はまるで試合に勝ったボクサーのように拳を突き上げていた。


 八十一階層の禍々しい雰囲気と一変して、雲の上にある天界のような景色が広がっている八十二階層。その場所では光属性のモンスターが多数出現し、探索者からは非常に手強い敵として認識されていた。


 弱点属性以外の攻撃は光の波動によって半減されてしまい、更に物理攻撃も通りづらいモンスターも存在する。そのため光属性の弱点を突く必要があるのだが、その属性は闇と土属性しか存在しない。


 闇属性が一番効果的だがそのスキルを使えるジョブは限られており、無限の輪には在籍していない。その中で土属性を使えるのは精霊術師であるリーレイア、そして土精霊であるノームだ。


 リーレイアはノームとの相性も良く全ての精霊魔法を行使出来るため、有効的な一撃を与えることが出来る。そしてノームは努と契約すると実体を持って戦ってくれるため、光属性のモンスター相手には比較的高いDPSを叩き出すことが出来た。


 褒めて褒めてと言わんばかりに駆け寄ってくるノーム。努はそんな彼女の肩に乗っているはにわ人形のような見た目をした本体を見た後、自分より身長が高くがっしりとしているダリルを指差した。



「あんな風に大きくなった方が、打撃力とか上がるんじゃない?」

「…………」



 すると幼女とはにわが同時に考え込む動作をした。そして何か考え付いたような顔をした後に、右手をぐーっと空に向かって伸ばす。するとその右手はぐにゃぐにゃに崩れた後、金槌のような見た目に変形した。それを彼女がぶんぶんと振ると努の着ている白ローブがはためく。



「……なるほど、それなら確かに上がりそうだ」

「…………」



 変形した手に少し引きながらそう言うと、ノームはねだるように口をあーんと開いた。口の中は人間と見分けがつかない構造で、とても土で作られているとは思えない。そんなノームに無色の小魔石をあげると、彼女はがりがりと噛み砕いて幸せそうな顔をした


 そんな光景を羨ましそうに口をポカンと開けて見ていたサラマンダーの前に、ディニエルが自分のマジックバッグから炎の小魔石を差し出した。



「ビッ」



 礼を言うように短く鳴いた後にはぐはぐと魔石を口に咥えて飲み込もうとしているサラマンダーを、ディニエルはいつもと変わらない垂れ目で観察している。



「ディニエル、どれだけサラマンダーに魔石を与える気ですか? もう十個は超えていますよ」

「極大魔石とかあげたい」

「やめてください。別にいくらあげたところで貴女はサラマンダーから気に入られませんし、無駄になるだけですよ?」



 精霊との相性は魔石をあげたりするなどのコミュニケーションである程度は上げられるが、明確に相性値が変わるほどは上がらない。相性値を上げるには銀の宝箱から稀に出る精霊術師用のアイテムが必要だが、ここでは滅多に出ることがない。


 なので精霊との相性が全て悪いディニエルがいくら魔石をあげようとも、あたいが変わることはない。だが止めてくるリーレイアの言葉を聞かずにディニエルはまた魔石を手に取った。



「別にいい。これが見られるだけで」



 ディニエルは相性が良くないためサラマンダーと契約出来ないが、魔石を食べている姿を見るだけで満足しているようである。今日だけで一万G近い魔石を与えている彼女の言い草に、リーレイアは重いため息をついた。



「コンバットクライ!」

「ノン! もっと美しく螺旋らせんを描くのだ! 私のものと混ざすことなくだ!」

「うー、コンバットクライ!」



 ダリルはゼノにコンバットクライを美しく放つ指導を受けているが、その表情は少しだけ楽しげである。格好いいものには目がない年頃なので、最近はシールドスロウの飛ばし方も魅せる練習をしていた。


 それとガルムの厳しい特訓も並行して行っているので、二人の良いところを上手く引き継げている様子である。それに神の眼を明確に意識して立ち回っているゼノと違って、ダリルは天然のようなキャラで人気が出てきている。そのためお互い人気の取り合いにはなっておらず、共存する形に落ち着いていた。


 そして光の魔石回収後の軽い休憩も終わると、努たち五人PTは既に見つけている黒門を目指して先に進む



「ディニエル、このまま南?」

「ん」

「了解。ゼノ、先頭よろしく」

「任せたまえ!」



 聖騎士であるゼノのスキルを使った攻撃は光属性のモンスターにあまり通らないが、逆に相手の魔法攻撃もあまり通らない。そのため八十二階層は基本的にゼノが先頭で進んでいく。ただし闇属性の攻撃には弱いので、階層が変わるとダリルを先頭に変えている。



「あ、ゼノ。スキルの色変えについてなんだけど」

「ぬ? もしやツトムも私の劇団に入りたいのかね?」

「え! ツトムさんもやるんですか!?」

「違うわ。ただ一応色変えのやり方を教えてほしくてね。一人でやってみたけど中々上手く出来なかったんだ」



 うっきうきのゼノとダリルに努はそう返しながら、普段より少しだけ薄い色のヒールを浮かべた。王都でスキルお絵描きをしていた際に色の変え方がわからなかった努はその後何度か試していたが、あまり要領を掴めていなかった。するとゼノは鎧についているマントを手でバサッとはためかせた。



「いいだろう! 私の劇団は誰であっても歓迎するよ! そうだ、リーレイア君とディニエル君もどうかね!? 特にリーレイア君! 君が精霊と共に美しくスキルを放てば配信映えすると思うのだがね!」

「結構です」

「うるさい」



 緑の竜人とエルフに恐ろしく冷めた視線を向けられても、ゼノは軽く肩を落としただけだった。そんなゼノに努はついでにフライについても指導を仰いだ。今のところ無限の輪で一番フライの制御が上手い者はハンナであるが、彼女は人に教えることが出来ない。なので努と感覚が近いゼノが適任だった。


 するとディニエルは自分よりフライが下手なゼノに指導を仰ぐ努を、ジッとした目で見つめた。だがここで何か言えば自分が努にフライを指導することになるのが面倒くさかったので、何も言うことはなかった。



 ▽▽



「凄いっすね……」



 八十四階層で堕天使の群れを一掃し終わったアルドレットクロウの一軍PT。その中で天地開闢てんちかいびゃくという名称の黒と白に分かれた双剣を持っている、アルドレットクロウの一軍アタッカーであるハルトという青年は思わず呟いた。


 ハンナと同じ村出身である鳥人のハルトは、桃色の縦ロールをたゆつかせているステファニーを尊敬の眼差しで見ていた。



「ハルト、好きに動きなさい。こちらで合わせますので」



 他の白魔導士と組んだ経験もあるが、その時は自分の動きを制限しなければいけないので本来の実力が余り出せなかった。そのためステファニーにそう言われた時も驚いたが、白魔導士の彼女が全力の自分に支援スキルを完璧に合わせられるとは思ってもみなかった。


 今やアルドレットクロウで最も有名といってもいい、氷の指揮者として名高いステファニー。そんな彼女と初めて組んだハルトはその異質さを目の当たりにしてビビり、背中から生えている赤い翼を震わせていた。



「あの人ヤバいっすね。流石ビッさんがビビるだけのことはあるっす! それに目力半端なくないっすか!? 俺、モンスターより断然怖いっすよ!」

「…………」



 ソーヴァ以上に癖のありそうな青年を前に、三大タンクの一人であるビットマンは苦笑している。それにステファニーの幼馴染で何だかんだストッパーのような役目を果たしていたソーヴァの一軍離脱は、彼にとってはあまり良い知らせではなかった。



「ツトムもあのハンナに合わせてて凄いと思ったっすけど、ステさんも尋常じゃないっすね」

「……ハルト、ツトムのことは禁句だ」

「あ、申し訳ないっす」



 憂いた顔で注意するビットマンに軽く謝ったハルトは、続いて小太りのポルクを何度も指差した。



「ポーさんは正直評判良くないからどうかなと思ってたっすけど、えげつないっすね。確かに付与術師の中でも実力はあるみたいっすね」



 ハルトもそこまで付与術師と組んだ経験はないが、素人目でもポルクのスキル操作が芸術の域に達していることはわかった。元々スキルを使って絵を描く芸術家をしていたポルクは、スキル操作に関しては迷宮都市一の実力を持っている。誤射も起こさずどんどんとモンスターを弱体化させて味方を強化し、努に教えられた精神力操作も忠実にこなしているので見事にPTのかなめとなっていた。


 ただそんなポルクは地面にたんを吐き捨てると、赤髪のハルトを不快そうな目で見やった。



「お前に一軍の実力はないがな。ソーヴァの方がマシだ。お前は自分勝手動きすぎる」



 ポルクはソーヴァのことをヴァイスの下位互換だと言っていたが、努にそのことを指摘されてから認識を変えていた。そして実際にソーヴァが一軍から外れてわかったが、彼は支援スキルと合わせて動いてくれていた。


 だが新しく入ってきた双剣士のハルトは確かに強いが、全く人に合わせるということを知らない。なのでポルクは支援スキルを合わせることに苦労していた。



「でもステさんはあっちで合わせてくれるっすけど?」

「ダンジョンに魂を売っているあの女と一緒にするな。そもそも初めて組んだ相手といきなり合わせられるなんて、明らかにおかしいだろ。俺に合わせる努力をしないなら、お前に支援は送らない。切り捨てて他に割り振るまでだ。わかったな」



 ポルクはそう言いながら今もスキルを回しているステファニーに不機嫌そうな目を向ける。彼女は一軍以外でもPTを組んでダンジョンに潜っているため、鳥人相手の支援も手慣れたものだ。だがポルクにはその経験がないため、技術はあっても複雑な軌道で動くハルトに合わせられていなかった。



「へーいっす。ルークさんはどうっすか?」

「いや、何の問題もないかな。その調子で頼むよ、ハルト」

「うぃーっす!」



 今回ポルクとステファニーのポテンシャルを引き出すと判断されてギリギリ一軍在留となったルークは、数体のガーゴイルを後ろに控えさせながら笑顔を返した。ステファニーの回復にポルクの支援対象を増やせ、アタッカーやタンクをそつなくこなせる召喚士は二人と相性がよかった。


 そして新しく一軍へと加入したハルトは、元々双剣士の中では注目されていた者だった。それに八十四階層の宝箱から天地開闢という双剣を手にしてからは、鳥人特有の速さを活かした立ち回りと相まって絶大なDPSを叩き出すようになっていた。



「早く九十階層行きたいっすねー!」

「ふん、うるさい餓鬼だ」

「うるさいぶーぶーっす」

「…………」



 今まで比較的上手くいっていた一軍PTは新しくハルトが入ってきたことによって明らかに崩れているが、それでも現在はシルバービーストより一歩先へと進めている。そして脂肪で物理的に目が細くなっているポルクは詰まったように鼻を鳴らすと、ハルトを無視して不機嫌そうにのしのしと歩いていった。

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