第258話 抑えきれない輝き

 塗りつぶされたように黒い土を踏みしめ、努たち五人PTは八十一階層を進んでいく。不安を掻き立てるような薄赤色の空が地面を照らし、辺りには不気味な石像たちが無数に連なっていた。


 八十一階層に出現するモンスターは荒野階層で特定の条件を満たすことによって出現するデミリッチに加え、ガーゴイルやダークスタチューなどの石像に擬態するものも確認されている。そのため時折見かける石像はモンスターである可能性が高い。


 石像を確認しないまま進んでいたらいつの間にか多数のモンスターに囲まれていた、というのが八十一階層の死にパターンである。そのため石像はしっかりと確認せねばならないのだが、たまに攻撃やスキルを加えるとトラップが発動するものも存在する。その場合は周りの石像が全てモンスター化するため、目に入ったものを無闇に攻撃して確かめるのも得策ではない。



「あれ、ガーゴイルね」

「了解。ヘイスト、プロテク」



 そして索敵担当であるディニエルは、イーグルアイというスキルで元々高い視力を引き上げて石像がモンスターであるかを見分けていた。モンスターである石像は複数の見分け方があり、ディニエルはたまに瞬きをする個体を見分けていた。


 その判別方法を努に教えられていたディニエルが六つの矢を立て続けに放つと、矢を受けたガーゴイルがさなぎから還るように石像を突き破って出てきた。悪魔が象られた彫刻は次々と動き出し、禍々しい気配が漂い始める。


 主に三叉の槍やつちなどを持っているガーゴイルは、石粉の付いた翼をはためかせて一気にディニエルへ迫ろうとした。



「コンバットクライ!」



 ダリルが槍のように尖った藍色のコンバットクライをガーゴイルそれぞれに放ってヘイトを取る。その間にゼノは腰にかけていた片手剣を勢い良く引き抜いた。




「エンチャントォォォ!! ホーリー!!」



 闇属性に一番有効な属性は光であり、それを聖騎士であるゼノは自身だけでなく味方にも付与出来る。ゼノはその場で無駄に片手剣を回転させた後、味方の武器に光属性を付与した。



「…………」



 ただその付与で発生する光量はあまりにも眩く、ディニエルは目を細くして光り輝く自分の弓を見つめていた。努もピカピカになった杖を地面に突き刺すと、素手で支援回復をし始めた。



「サラマンダー、お願いします」

「ビャー」



 光属性ほどではないが、火と水も闇属性にはそこそこ有効ではある。なのでリーレイアはサラマンダーを召喚して精霊魔法を使い、石像化を解除したガーゴイルに攻撃していた。そんなガーゴイルの振るう槍を大盾で受けているダリルは、どっしりと構えて自分より大きいモンスターと対等に渡り合っている。


 重騎士というVITに特化した特性を活かして冬将軍相手でも一人で長時間渡り合っていたダリルは、並のモンスターの攻撃で倒れることはまずない。今ではガルムの立ち回りに傾倒けいとうしがちだったところもなくなり、重騎士の強みを活かしてモンスターと渡り合っている。


 そして光り輝いていた弓をマジックバッグにしまって持ち替えたディニエルは、気怠そうな顔で次々と炎の属性矢を放ってガーゴイルの眉間を正確に射っていく。


 その動きはエイミーがいた冬将軍戦の時と比べると六割程度であるが、それですら弓術士の間ではトップクラスである。動きながらでも矢を外すことはなく、モンスターを引きつけているタンクに誤射したこともない。それも全て弱点部位を狙っているため、同業者が見れば思わず唸ってしまうほどの腕前だ。


 そしてあっさりとガーゴイルの集団を殲滅し終わると、人差し指で銀髪を払っているゼノに努が歩み寄った。



「ゼノ」

「そう怖い顔をしないでくれ。すまないね。私の輝きがエンチャントに乗ってしまったようだ」

「事前に抑えておくよう言ったよね」

「あれでも抑えたつもりだったのだがね……。私の有り余る輝きが自然と溢れ出てしまったようだ。次はもう少し抑えられればよいのだが」



 悩ましげな顔でおでこを指でトントンと叩いてそうのたまうゼノに、努はにっこりとしているが目は笑っていない。ディニエルは不機嫌そうに弓の弦を強く鳴らし、リーレイアの肩に乗っている蜥蜴とかげのサラマンダーも何処か呆れたような顔で口を半開きにしている。



「さぁ! どんどん進もう! 私たちもアルドレットクロウやシルバービーストに追いつかなければいけないからね!」



 だがゼノはそんな空気にも気づかず、真っ白な歯を努に見せて前を指し示した。わざとしか思えない鈍感さに努は肩をすくめた後、苦笑いしているダリルと共に黒土を踏みしめて進んでいく。


 八十一階層は石像のギミックに気づけばそこまで辛い階層ではない。それに努は石像の種類を全て把握しているため、普通の石像とトラップについては全てわかっている。努の見たことがない石像は今のところ全てモンスターなので、非常にわかりやすい。


 なのでトラップの石像だけは写真機が使えるソリット社に依頼して全て撮ってもらい、クラン内で情報を共有している。そのため一応索敵は全員で行ってはいるが、現状では努とディニエルが主に索敵をしていた。



「あ」



 だがディニエルが一度間違えて普通の石像を攻撃し、更に運悪くそれがトラップで二十体ほどガーゴイルや、甲冑騎士の見た目をしたダークスタチューが襲ってくることがあった。


 一斉に周りの石像が動き出すのでダリルはびっくりしていたが、二十体ほどのモンスター相手でもそこまで苦労はしなかった。重騎士のダリルに無限の輪という環境でメキメキと成長しているゼノの安定したタンク組に、努の縦横無尽な支援回復。それに精霊術士であるリーレイアもサラマンダーと合わせて結構な火力を叩き出せるため、ガーゴイル相手ならば大分余裕があった。



「パワーアロー」



 それに間違えてトラップを発動させたディニエルは僅かに眼光を鋭くさせ、走りながらダークスタチューの兜に連続して強撃を浴びせて頭を吹き飛ばしていた。そんなディニエルにリーレイアはトラップが発動した時よりも驚いた顔をしていた。



「レインアロー」



 ダークスタチューはヘイトを取ったダリルやゼノに迫る前に大多数が倒され、戦っていたガーゴイルも動きを予測して雨のように矢を降らすスキルを使ってダメージを稼いでいく。細長いマジックバッグから矢を引き抜いてから放つまでの動作は流れるように行われ、矢は次々とモンスターだけに突き立っていく。


 そして最後のモンスターが粒子となって消え、紫色である闇の魔石がコトリと地面に落ちた。すると戦闘で軽く息を乱していたディニエルが普段通りのだらんとした目で片手を上げた。



「ごめん」

「いや、全然いいよ」

「えぇ、正直私にもわかりませんでしたし」

「他の動いてるやつに釣られた」



 そんなディニエルに対して努とリーレイアは気楽な声を返すと、彼女は淡々とした声でそう言った。ただ自分のミスを尻拭いするディニエルは新鮮だったのか、リーレイアは少し見直したような様子だった。



「はっはっは! 気にすることはない! むしろもっとモンスターが来てくれても構わないさ! それにしても、ディニエル君も失敗はするのだな! 少し安心したよ!」

「失敗ばかりの貴方に言われたくはない」

「失敗ばかりの探索者人生も、悪くはないぞ? おかげで今私はここにいる!」

「そのまま転げ落ちて最下層に行けばいい」

「はっはっは! 転げ落ちてもまた這い上がればいいだけさ! 私は諦めの悪い男なんでね!」

「そういえば最近取り上げられていた。前に妻だった人の家を不法占拠していたって」

「…………」

「おい、這い上がってこーい」



 妻だったと言われた途端に表情が固まったゼノに努は軽い声をかけながら、落ちている闇の中魔石ちゅうませきを回収していく。そして腕一杯に魔石を抱えているダリルに向けてマジックバッグを広げていると、リーレイアも闇の魔石をそこに一つ入れた。その肩に乗っているサラマンダーは魔石が入ったマジックバッグに飛び込みたそうにしている。



「ディニエル、先ほどは見事な腕前でした。……しかし何故普段からその動きをしないのですか?」

「疲れるから」

「…………」



 そう答えたディニエルにリーレイアは呆れたような目をしたが、それでも何か嫌味を言うことはなかった。

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