六章

第249話 闘牛ロレーナ

「お、おかえりなさいませ~!」



 しばらくロレーナと神台を見ながら世間話をした後に迷宮マニアの書いた記事を買ってクランハウスへ帰ると、見習いが慌てた様子で努を迎えた。既にオーリから掃除の粗を指摘されていたようで、彼女は慌ただしくはたきで溝に溜まっていた埃を落としていた。そしてオーリも巾着を口元に巻いて早速クランハウスを掃除しているようである。


 努はそんな彼女たちにお疲れ様と声をかけた後にリビングに行くと、ソファーでディニエルと駄弁っていたエイミーが白い猫耳をピンと立てた。



「ツトム! いつのまに検問済ませてて、びっくりしたよ! どこ行ってたの?」

「神台を見に行ってたよ」

「行動早っ! あ、そういえば話の流れで今日ギルド長がクランハウスに来ることになったんだけど、大丈夫かな?」

「別にいいよ。それと今日と明日は休日にするから、好きに過ごしてくれて構わない」

「わーい!」

「わーい」



 その言葉に手を上げて喜んでいるエイミーとディニエルから視線を外すと、うつ伏せになって背中の青翼をのんびり伸ばしているハンナに尋ねた。



「他のメンバー何処に行ってるかわかる?」

「えーっと、ガルムさんとダリルは孤児院に行ったみたいっすよ。あとゼノは奥さんの家に行ってー、アーミラもギルド長とどっかに行ってたっす。他の人は多分ここにいるっすよ」

「そう」

「師匠はアレっすか? また神台っすか?」

「いや、今日は僕も部屋でのんびり過ごすことにするよ。神台に映ってるの、中堅クランばっかだったし。あれなら後で迷宮マニアの記事見ればいいかな」



 持っている記事をぴらぴらとさせながらの冷めた物言いに、ハンナはぐえーっと口を歪めると寝転がりながら手を後ろに回して羽づくろいをし始めた。


 身体を反って凶悪なことになっているハンナからすぐに視線を切った努は階段を上がって自分の部屋に入り、変わらない内装を見て何処か安心したように一息ついた。持っていた記事の束を机の上に置いてベッドに身を投げ、少しの間目を閉じる。


 そして切り替えるように目をカッと開くと、起き上がって木製の椅子に座り迷宮マニアが書いた記事を見始めた。



(スタンピードの間は自粛ムードかと思ったけど、意外と全体的な階層は進んでるんだな)



 以前のスタンピード直後は自粛ムードがあったが、今回は迷宮都市に直接的な被害はなかったのでそこまで発生しなかったらしい。そして大手クランたちが一斉に迷宮都市を空けたことで、中堅クランたちはこの機会に何としても上位の神台に映って這い上がろうと必死だったそうだ。


 探索者全体の階層は順調に進み、中堅クランの中では七十階層を越えたところもあるそうだ。それに観衆たちも普段見ないような者たちを見られて新鮮だったのだろう。迷宮マニアの記事からも何処か楽しさが溢れているような気がした。



(シルバービーストも八十階層突破か。地味に追いついてくるな)



 それとシルバービーストもスタンピードの内に冬将軍を突破していた。それもその決着は以前の火竜同様相打ちだったようで、冬将軍がドロップした氷の極大魔石を逃して半ばヤケクソ気味な顔をしているミシルの顔写真が記事に載っていた。


 それに今回の冬将軍ではまた火竜の時のようなハラハラとする戦いを見せたので、観衆からの人気は再熱しているようだ。走るヒーラーであるロレーナも大分活躍して人気を博していて、彼女が忙しいと言っていたのもあながち嘘ではないようである。



(記事を見る限りだと、冬将軍を突破出来るとは思えないんだけどな)



 シルバービーストに対する努と迷宮マニアの評価は、どちらも高くはない。迷宮マニアより努はシルバービーストのことを評価していたが、それでも冬将軍を突破出来るとは思っていなかった。


 他の大手クランのようにユニークスキル持ちがいるわけでなく、かといってアルドレットクロウのような軍隊じみた訓練をこなしているわけでもない。努の認識で言えばシルバービーストはエンジョイ勢そのものである。


 一軍や二軍などの区分がそもそもなく、ミシル以外は基本的に好きな人とPTを組んで神のダンジョンに潜っている。レベルすら参考程度で、七十レベルが二十レベルと一緒に沼階層を探索することも結構な頻度である。


 クランリーダーのミシルだけはある程度組み合わせを考えているが、クランメンバーたちは原則全員平等である。そのためミシルにもPTを強制出来るほどの権限はなく、彼自身それを望んでいない。あくまでクランリーダーとして最低限の管理しかミシルはしておらず、それは今も昔も変わらない。


 そのためクランメンバーたちは孤児の面倒を見た後にダンジョンへ潜ったり、下のレベルの者たちを育成したりなど、のびのびとした様子で探索者をしていた。流石に八十階層を突破したメンバーたちはそこそこ潜ってはいるが、それでも神のダンジョンにかけている時間は週休二日の無限の輪とさほど変わらない程度である。


 普通ならば休みすら惜しんで訓練を重ねているアルドレットクロウや、ユニークスキルという才に恵まれた者がクランリーダーである金色の調べや紅魔団に、シルバービーストが勝てる要素はない。しかしシルバービーストは結果的に冬将軍を倒していて、アルドレットクロウと無限の輪に並んでいる。



(随分と楽しそうな顔してるな)



 努は記事に載っているシルバービーストのクランメンバーたちを見て、ふとそう思った。写真で映っているシルバービーストの者たちは、大抵明るい顔をしている。その中でもロレーナには大分楽しそうな表情でダンジョンを駆け回る姿が写真に捉えられていた。


『ライブダンジョン!』でも上位勢に入る者たちは、何もプレイ時間が多い廃人だけではなかった。仕事や他のゲームをしているためイン時間が一日に三、四時間程度しか取れないにもかかわらず、上位勢に食い込む者。そんな者たちが存在していたことは事実だ。


 そういった者たちを効率重視クランに入っていた当初、努は嫌悪していた。別のゲームに浮気している奴が『ライブダンジョン!』で僕に勝てるわけがないと思っていたし、その者が廃人を馬鹿にするようなチャットをしていたことを知ってから余計に腹が立っていた。


 その後努はその者にレイド戦での貢献度で勝負を挑んだ。そして結果的には総合で見れば努は勝っていたが、一部門負けていた。それも努が得意なモンスターが対象の部門だった。その結果は努にとって負けたも同然のようなものだった。


 そして勝負が終わった後にその者と話したところ、『ライブダンジョン!』に対する熱自体は自分と然して変わらないことがわかった。何も『ライブダンジョン!』だけに時間をかけることだけが熱量を示すものではない。その者は他のゲームで得た経験を『ライブダンジョン!』でも活かし、仕事のように打ち込んでいた自分より楽しんでもいた。だからこそ努が自信を持っていた一部門で、一番の貢献度を手にした。


 そんな者に負けた経験と考えを共有してから努は、そういった強さもあることは認識していた。道は違えど向かっている行き先は変わらないし、上位勢の気持ちは然して変わらない。それがきっかけになって努は効率重視クランに疑問を感じるようになり、最後には抜けて自分のクランを作っていた。



(迷宮マニアから見ると現状は、ロレーナが一番評価は高いか)



 そんな経験をしてきたおかげか、自分よりロレーナの方がヒーラーとして上だという記事を見ても努はそこまで気分を乱すことはなかった。


 前までは三大ヒーラーとして努、ステファニー、ロレーナが迷宮マニアの記事では同列として挙げられていた。だが努とステファニーがいない間にロレーナが大分名を上げたせいか、彼女が現状では一番評価が高く書かれているようだった。



(ステファニーがこの記事見たら発狂しそうだな)



 努はそんなことを思って、ちょっと面白そうに笑みを浮かべた。ただ最近は少し怖い雰囲気を見せるステファニーが発狂している姿を想像して、すぐに笑顔を引っ込めた。


 ステファニーについてはどうも過去の自分と重ねて見てしまう。彼女は以前の自分のように神のダンジョン以外のことを捨て、一つに絞ることでその強さを手にしている。努が見ている限りでも彼女はいつでもスキルの練習をしているし、一番神のダンジョンに潜っている者でもある。恐らく見えていないところでも彼女は血の滲むような努力をしているのだろう。


 だからこそステファニーが自分を見る目が何処か寒気を覚える狂気的なものになっていても、彼女を避けようとは思えなかった。それに害意は感じないので努は彼女の好きにさせるようにしていた。


 そして走るヒーラーという独自路線を突っ走るロレーナについても評価している。努も走りをフライで代用して同じような立ち回りが出来ないか模索しているところだが、未だに再現することは出来ていない。なのでよくこの立ち回りでヒーラーが出来るなと感心しきりだった。



(そろそろ僕も良いところを見せたいんだけどねぇ……)



 ステファニーとロレーナのことは応援しているが、ヒーラーとして負けるつもりは微塵もない。だが迷宮マニアや観衆から努も負けていないと思わせるためには、まずPTが追い込まれる状況がなくてはならない。


 ステファニーはボルセイヤー戦からPTの危機を何度も救っていて、ロレーナも火竜戦や冬将軍戦で同様の活躍をしていた。観衆から見るとPTメンバーを蘇生して立て直すことがヒーラーの腕が際立つ見せ所になっていて、その点では努もマウントゴーレム戦で評価されていた。


 ただし努の場合はそれ以外でPTを蘇生で立て直したことはあまりない。なので何度もPTを立て直しているステファニーやロレーナと比べると印象が薄くなっていた。



(そもそもPTメンバーが死なないことがベストなんだけど、観衆視点じゃ細かいところは見られないだろうしな。迷宮マニアだとたまに評価してくれてる人いるんだけど……)



 ただ努からするとそもそもPTメンバーを死なせている時点でヒーラーとしては二流だと考えている。キチンとモンスターごとの対策に高品質な装備、それにタンクやアタッカーが意識して動き、ヒーラーが優秀であれば誰も死なずに回せる。


 勿論ステファニーとロレーナはモンスター自体初見なので問題はないが、『ライブダンジョン!』の知識がある自分がゲーム内になかった不測の事態以外でPTメンバーを死なせるのは許せなかった。



(ていっても、絶対死にたくないしな。そんな無茶してまでやることじゃない)



 それに努はここまで来たらもう絶対に死にたくないため、リスクしかない蘇生をしてPTを立て直すなどしたくもなかった。そもそも死なせない立ち回りの方が本当は難しいのだ。


 だが観衆や迷宮マニアたちの声も、気になるといえば気になる。ステファニーとロレーナの下に見られるというのは、師匠を名乗っている以上どうなのかと思う。しかしわざわざ自分から死ぬリスクを上げる必要はない。


 そんなジレンマに駆られている努は迷宮マニアたちが弟子たちを絶賛する記事を見て、嬉しさ半分悔しさ半分といった様子だった。

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