第177話 こねこねユニス

「やあっ!」



 エイミーが雪狼の頭を双剣で貫き、粒子を振り払うように走って次の標的へと目を向ける。神台に映っている彼女の様子を、努はギルドの食堂にある席に座って頬杖をつきながら眺めていた。


 エイミーとガルムが無限の輪に加入してから三日が経過した。その間に努は同じヒーラーであるコリナから少し気になることを聞かされたので、それを確認するために一度エイミーを神台から観察することにした。


 努が現在見ている無限の輪のPTメンバーは、アタッカーがエイミーと、緑の竜人であるリーレイア。タンクは犬人のガルムとダリル。ヒーラーは人間のコリナである。


 その組み合わせを発表した時のエイミーは若干不満げではあったが、努はそのPTで雪原階層に向かわせて探索を行わせている。そして努はコリナから聞かされていたことを、神台を見て実感していた。



(確かに、他の神台と違うな)



 神台に映る映像は神の眼から映し出されたものであり、基本的には全体が見えるように映し出されることが多い。しかし無限の輪が映っている神台では個人個人を映す割合が明らかに多かった。


 神の眼は探索者の意向に従う性質を持つ。邪魔だと思われれば自動的に視界の外に向かうし、ここを映して欲しいと思われればその場所を映そうとしたりする。


 そしてエイミーはアイドル扱いされているだけあってか、神の眼に指示を出すことが非常に上手かった。自分はもちろんのこと、他の者たちも神の眼に映させるように心の中で指示を出している。


 それにエイミーは、自分がただ目立ちたいからという理由で神の眼に指示を出しているわけではない。あくまで観客から見てこのダンジョン探索が面白く見えるかどうかを重視し、神の眼に指示を出して映像を割り振っている。


 別にそこまでしなくとも神の眼は自動的に動いて映像を出力してくれるし、個人を拡大して映すことも勝手にしてくれる。だがエイミーは神の眼に指示を出して良い場面を映させることに長けているため、他の神台より魅力的な映像を作り出すことに成功していた。



(これは気づかなかったな)



 努はダンジョン攻略を第一に考えているので、神台を見ている観衆をあまり考慮しない。それに神台の映像もダンジョンの資料として見がちなので、そういった気遣いには気づけなかった。


 祈祷師のコリナにエイミーの神の眼を操る上手さを聞かされていた努は、カメラワークという観点で多くの神台を見てみる。すると下の台ほど神の眼の自動撮影に任せているPTが多く、上の台はある程度操作しているところが多いということに気づいた。



「コリナも恥ずかしがらないで来ればいいのに」

「い、いやぁ……。私なんて、映る価値ないですから」

「いいからいいから!」

「はわぁ……。まさかエイミー様と映ることになるなんて」



 他にもモンスターと戦っていない探索中に、PTメンバーとの会話を映している場面が明らかに多かった。今の神台には嬉し恥ずかしで感激している様子のコリナと、写真でも撮るかのように笑顔でピースしているエイミーが映っている。


 その後も自動撮影で上空にいる神の眼をエイミーが呼び寄せ、ダリルとガルムの会話もわざわざ入れていた。その二人の会話を聞いて仲間内であれこれ話し合っているタンク職の探索者を見るに、その気遣いは観衆にとって有用であることがわかる。


 その他にもエイミーは会話の中にさりげなく自分のスポンサーである店の話題や、身につけている商品を紹介していた。意識して聞いてみるとここまでスポンサーの商品を話題に盛り込んでいたのかと、努は心の底から驚いた。



(凄いな)



 神台に映している装備も基本的にスポンサーの刻印が刻まれていて、自然に目に入る位置にある。これを自分とPTを組んでいた時も実践していたのだと考えると、努はそう思わざるを得なかった。


 コリナに聞かされていたエイミーの気づかなかった技術に努は感心して評価を引き上げた後、引き続いてその五人PTを観察した。


 タンクのガルムは勿論だが、その弟子であるダリルも依頼で七十階層を越えてからは調子が良い。それに以前からあった自信のなさが解消され、タンクとしての自覚が芽生えたようにも見えた。


 それにガルムとリーレイアのコンビはこの三日で大分良くなってきている。精霊魔法を使った遠距離攻撃に、属性付与された細剣を使った近接攻撃。その異質な戦闘スタイルにガルムも慣れたのか、もう淀みない連携が出来るようになっていた。最近はガルムに土人形のノームと契約させてVIT底上げを図っているようだ。


 そしてヒーラーのコリナは正確な秒数管理と、複数の支援を行うことを練習していた。何かと忙しい階層主戦ならばタンクにしか支援できなくてもしょうがないが、普通の戦闘ならばアタッカーに支援をかけることも出来なければ話にならない。


 それにゆくゆくは階層主戦でもアタッカーに支援して欲しいため、努はその二つを徹底して練習するように指示を出していた。他にも聖なる願いの効率的な回し方や、叶う時間が長い祈りや祈祷系のスキルの運用も教えたかったが、まずは基礎からやってもらうことにしている。


 それと努は支援時間管理が楽になる道具が作れないかと思い、試作品を色々な店に作らせている。別に正確な体内時間など作らずとも、文明の利器に頼れるのならその方がいい。特に祈祷師は効果時間が長い傾向にあるので、そういった道具があれば時間管理が楽になるだろう。



(でも、難しそうだよなぁ)



 懐中時計があるため正確な秒数を刻む機構は問題ないだろうが、時間管理BOTのような物が今の技術で作れるかどうかは努にもわからない。そのため今のところはコリナに秒数管理を自分でやらせているが、結果は芳しくない。


 秒数を数えることに集中していても普通は誤差が生じる。それを四人分管理しながら、状況がころころと変わる戦況を把握して回復も行わなければならない。それは非常に難しく、努から見るとステファニーくらいしか形になっていない技術である。



(そういえばステファニーはどんな感じなんだろ。あとは、ユニスもか)



 最近は休日もアーミラの龍化練習や精霊契約での立ち回りを試していたため、あまり神台を見れていない。新聞記事とミシルに言われたことを思い出し、努は無限の輪の映っている神台から離れた。


 まず六番台に映っている金色の調べから努は見学した。灼岩のローブを揃えてから七十階層主を突破し、現在の最高到達階層は八十階層。冬将軍に瞬殺されてからはすぐにPTのレベリングに切り替えていて、今は昼夜問わず雪原階層に潜っていることが多い。


 変わったところといえば、アタッカーだったレオンがタンクに転向したことが一番大きい。ハンナを見て避けタンクという役割を知った彼はそれを練習し、マウントゴーレム戦である程度形にしていた。


 レオンにコンバットクライのようなスキルでヘイトを稼ぐ手段はないが、ユニークスキルである金色の加護ゴールドブレスでAGIが二段階上昇している。迷宮都市で最速である彼ならば、ヘイトを稼ぐ手段は純粋な攻撃だけで十分だ。


 現在はタンク1アタッカー2ヒーラー2という構成だが、たまにタンクを増やしてヒーラーを抜くこともある。だが基本的にはヒーラー2という構成で、それは他のPTでもあまり見ないため観衆の間ではそこそこ話題になっている。



(あれか。記事のやつは)



 努がとんでもない動きでモンスターを切り刻んでいくレオンを眺めていると、相変わらず白いローブを着ているユニスが杖を脇に挟んで雪玉でも握るかのような動作をし始めた。少し映像が遠いため見づらいが、努は目を凝らしてユニスを観察する。



(あれは、ヘイストか?)



 ユニスの手の内には青い気体が固まっている。彼女はその青いヘイストを自身の手で持って地面に置くと、また泥団子をこねるかのような動作をし始めた。集中しているのか後ろから出ている黄色の尻尾は直立している。


 普通気体のヘイストに触れればユニスのAGIが上昇するはずだ。しかし球体に固められたヘイストに触れても、それはユニスに取り込まれることはない。



(ヘイストの固形化か? いや、でもあれは違うな。あのヘイストは気体っぽい。つまりは、閉じ込めているのか。じゃああれはバリアかな)



 ユニスの両手に集まっていたヘイストが纏められる。そして最後にギュッと握るとヘイストはユニスの手に吸い込まれることなく、その場に留まった。ぼすんと雪のある地面に球体のヘイストが落ちる。


 その後球体のヘイストを四個ほど作り上げると、ユニスは疲れた目をしながらそれらを戻ってきたレオンに渡した。そして青ポーションをぐっと飲んだユニスは苦い顔をしながら、青く染まった小さい舌を出している。



(ヘイストをバリアで包んでるのか。で、それをレオンが受け取ると。後はバリアを解けば中にあるヘイストがレオンに当たってくれるって寸法かな?)



 青い気がたまに服の中から漏れているレオンを見るに、その推測はおおよそ当たっているだろうと努は確信する。努のように置くヘイストを予測して当てるのではなく、ヘイストを固形化してレオンに持たせるという手段をユニスは使っていた。



「ヘイスト……で、バリアと」



 試しに努はその場でヘイストを目の前に集め、それをバリアで包もうとしてみる。だが同時にヘイストとバリアを生成し、包もうとするのはかなり気を遣う。そしてバリアを無理矢理曲げようとしたところ、その障壁は砕け散ってしまった。


 元々バリアの形状を変化させるのは難しく、ユニスのように小さく纏めるのは中々苦労する。努は精神力が切れるまで挑戦してみたが、お団子ヘイストを生成することは出来なかった。



(これ、精神力効率悪いな)



 そんな言い訳を内心で呟いた努は精神力切れで重くなった頭を手で押さえると、つまらなそうに神台を見上げる。だがその言葉は意外にも的を射ていた。


 ヘイストやプロテクは時間が経つごとに効果時間も減る。なのでお団子ヘイストは時間が経過するごとに効果時間は減り、その効力はどんどんと弱まっていく。


 そのためユニスは効果時間を考慮して最大の精神力を込めてヘイストを生成し、バリアで包んでいる。そしてレオンのヘイストが切れかける度に一つずつバリアを解除し、AGI上昇を継続させていた、


 前半に作ったお団子ヘイストはすぐに解除出来るのでそこまで精神力を込める必要はないが、後半になるにつれて効果が減退してしまう。そのため精神力が枯渇しやすいためユニスは青ポーションを飲んでいるし、ヒーラーも二人体制であった。



(後で練習しとこ)



 努は置くヘイストが使えるのでそこまでお団子ヘイストを練習しなくとも問題ないだろう。だがユニスに出来て自分に出来ないというのは何だか腹が立つため、努は渋々練習することを決めて他の神台に移る。


 二番台に映っているアルドレットクロウのPT。最近はレベリング作業のため明確な一軍二軍があまり見えないが、取りあえずステファニーが映っているので努は視聴した。



(……そこまで変わってるかな?)



 努から見るステファニーは特に変わりはないように見える。以前と比べると少し目から輝きが失われたように見えるが、周りのPTメンバーとの会話を聞いても問題ないように見える。



「次」

「北に狼。氷魔石だけ回収で」

「了解。早く集めよう」



 特にギスギスとした様子は感じられず、一般的な効率PTを見ているかのような気分である。ステファニーもその中に溶け込んでいるようで、仲間からの視線も特段嫌なものは感じられない。



「ヘイスト、プロテク」



 指揮棒のような杖を持つステファニーの支援回復は以前より更に上達しているようで、細かいところで努は感心しきりだった。一般的なヒーラーで言えばステファニーが一番順当に育っていて、努の弟子と言われれば納得するような立ち回りをしている。最近では指揮者という二つ名も新聞で言われるようになってきた。


 ロレーナは独自の立ち回りを生み出して走るヒーラーとして知られ、ユニスは新たな形のスキルを開発した。特に全く意識外にあったユニスの意外な成長に、努は少しだけ彼女の株を上げている。



(まぁ、ダンジョンで会ったら挨拶でもするか)



 今のところアルドレットクロウ、金色の調べ、シルバービースト、ギルド職員などが七十九階層でレベリングをしているため、無限の輪PTで潜っていればいずれ会えるだろう。努はその後神台を適当に眺めた後、今日はゆっくりと休むことにしてクランハウスへと帰った。

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