第134話 鳥頭は本能で覚える

 その後は全員で連携を何度か合わせ、マウントゴーレム戦の主な流れを考えたダリルが皆に説明した。度々噛んでいてアーミラとハンナに茶化されていたが、何とか説明を終えたダリルは目に見えてホッとしていた。


 そしてダリルは作戦会議が終わり退屈そうに欠伸をしていたアーミラに、勇気を振り絞って話しかけた。



「ア、アーミラさん。少し、お話したいんですけど……」

「あ? んだよ」

「えっとですね。歩兵戦についてなんですけど、出来れば飛び道具持ちを優先的に倒してくれると、嬉しいかなって」

「ふーん。そうなのか。わかった」

「えぇ!? あ、はい」

「んだよてめぇ。その顔は」

「ご、ごめんなさい! えっと、他にも話したいことがあるんです!」



 アーミラの素直な返事にダリルは世界がひっくり返ったような顔をして、彼女は不機嫌そうに目を細める。ダリルは大慌てで謝ってアーミラとマウントゴーレム戦について話を続けた。


 その後ろでは眉間に皺を寄せているハンナが用紙と睨めっこしている。その用紙にはディニエルが使う矢の種類が書いてあり、色ごとに指示が割り振られている。用紙を持って悩んでいる彼女の前にはディニエルが試験官のように鎮座していた。



「これは、あれっすね。撤退っす」

「正解。でも勘で答えた」

「…………」



 ディニエルの鋭い指摘と心を見透かすような視線に、ハンナは耐えられずにひょいと視線を逸らした。完全に図星である。ディニエルは大きなため息をつきながらペンを手に持つ。



「胸にしか栄養が行ってないんじゃない」

「それは関係ないっすよね!?」



 ペンの底で胸をつつかれたハンナはバッと前を押さえてディニエルに突っ込んだが、彼女は非常に無機質な視線を返すだけだった。ここまで記憶が出来ないのなら、もう頭に欠陥があるとしかディニエルには思えなかったからだ。



「文字は読めるのだから教育は受けているはず。何故貴方はそこまで馬鹿なの?」

「うぐっ。ま、まぁ、村出身っすから」

「なら何故読み書きが出来る」

「……村長に読み書きと簡単な計算術だけは無理やり教えられたっす」

「その村長は偉大。三歩歩いたらすぐに忘れるハンナに読み書きが教えられるなんて。鳥人の宝だ」

「…………」



 ディニエルの容赦ない言葉にハンナは若干涙目になった。しかし彼女はハンナのそんな顔を見ても全く動じることはない。散々付き合わされたにもかかわらず、正答率はまだ半分ほどだ。これでは完全に無駄働きである。


 ディニエルはサボることが好きでも、無駄な時間を過ごすことは嫌いだ。その時間があればもっとダラけることが出来たと思うと、ハンナに対して慈悲も容赦も持つはずがない。



「……はぁ」

「し、師匠~!! ディニエルが怖いっす!」

「あはは……」



 たまらず走ってきて自分の背に隠れたハンナに努は苦笑いするしかなかった。努もハンナが物覚えが悪いことはある程度知っている。スキル回しのことを話したら首を傾げて固まり、わかったと言うが結局出来ていないことが多かった。スキルの順番を記した用紙を渡すと絶対に目は通すのだが、いざ戦闘になると忘れてしまっている。


 ただハンナは自分で得た経験や知識などはそこまで忘れない。彼女は頭を使って理屈で覚えるよりも、直接身体を動かして感覚で覚える方が得意だ。だから避けタンクのスキル回しも自分の経験などを踏まえれば忘れることはないし、自分が楽しいと感じることは覚えが速い。



「そうだね……。多分ハンナには紙とかに書かせて記憶させるよりも、実戦で覚えさせた方が早いんじゃないかな?」

「もう実戦なんて腐るほどやった」

「そうかー。まぁ、人には向き不向きがあるしね。出来ないならしょうがないよ」

「ツトムさん。僕にも向き不向きが――」

「甘えるな」

「ほんと僕には辛辣ですね!?」



 ダリルの方を見もせずにそう言い切る努に彼は食いつくように叫んだ。そんなダリルの垂れた犬耳を両手で掴んだディニエルは、ホッと落ち着いたような声で口にする。



「ハンナには必ず覚えてもらう。でないと私の今までの時間が無駄になる」

「は、離して下さい!」

「明日からは方針を変えるから」



 恥ずかしがっているダリルから手を離したディニエルは、相変わらずやる気のなさそうな目で淡々と言うと自室へ帰っていった。


 そんなディニエルを見送ったハンナは引きつったような笑みを浮かべた後、ため息を吐いてソファーにちょこんと座った。



「怒らせちゃったっすね……。馬鹿で申し訳ないっす」

「いやいや、あまり気に病まなくて大丈夫だよ」

「そーそー。あんなまどろっこしいのなんざ俺もわかんねぇしな! 気にすんなよ!」

「……ありがとうっす」



 陽気に笑い飛ばしながら気安く隣に座ったアーミラに、ハンナは少し元気を貰ったようで顔を持ち上げた。青い跳ねた髪がひょこんと跳ねる。



「昔から、そうなんっすよねぇ……。村を出る時も計画性がないって親に止められたし、アルドレットクロウでタンクやるって言った時も皆から止められたっす。でも、結局飛び出しちゃったっす。ほんと、馬鹿っすよね」

「はぁ? んだよそれ。そんなもんツトムもわかって誘ったんじゃねぇの? なぁ?」



 いきなり話を振られた努はアーミラを責めるように睨んだが、ため息を吐いた後にハンナを見下ろす。落ち込んでいるせいか彼女はいつもより更に小さく見えた。



「別に僕は馬鹿なんて思ってないよ。誘おうと思ったきっかけは拳闘士でタンクをしているって聞いたからだし」

「でもそれがなけりゃ誘わなかっただろ?」

「まぁ、そうだろうけど」

「つまりハンナは馬鹿だったからこのクランに入れたんだ。だったら馬鹿でいいじゃねぇか。それに、俺とは違う馬鹿だろ。だから、あれだ。馬鹿でもいいんだから元気――」

「なんかい馬鹿馬鹿言うんすか。この馬鹿アーミラ」

「いってぇ! ちょ、止めろ!」



 ジト目で睨みながらハンナはアーミラの頭を背中の翼で叩いた。その後も翼での往復ビンタをお見舞いされたアーミラの赤髪には抜けた青い羽がさっくりと挟まっている。



「……そうっすね! 悩んでてもしょうがないっす! 師匠! あたし頑張るっす!」

「あ、うん。頑張って」



 気合を入れ直すようにハンナは自分の両頬をぱんぱんと叩いた後、矢の種類が書かれている用紙を握り締めて二階にある自室に帰っていった。



「んだよあいつ! 励ましてやったのに思いっきり叩きやがって!」

「まぁ、元気になったしいいじゃん。ありがとね。励ましてくれて」



 長い赤髪をボサボサにされたアーミラは納得していないような顔をしていたが、努にそう言われながら赤髪に挟まった羽根を取ってもらうと渋々怒りを収めた。そして努が手にして渡そうとしたクシをひったくるように取って髪をとかし始める。



「ふん。俺より強い奴に落ち込まれるのがしゃくなだけだ。そうすると俺の立場がねぇからな」

「はいはい」

「……一発殴っていいか?」

「嫌だよ」



 何処か上から見下ろしてきているような努の態度に腹を立てたアーミラがそう言うと、努は手にある青い羽根を指でくるくる回転させながらそそくさと立ち去った。



 ――▽▽――



 その翌日無限の輪はマウントゴーレム戦に向けての最終調整を行った。今回は強力な属性攻撃を放てるディニエルのストリームアローを中心に攻撃を組み立てるため、連携不足で誤射が起きないように徹底した訓練が行われた。


 鏑矢かぶらやでの合図は主にマウントゴーレムを引き付けるハンナに送ることがほとんどなので、彼女の近くへ放たれる。しかしその矢が放たれる場所が変更されていた。



「ひゃっ」



 ハンナの頭上すれすれを木製の笛のような物を取り付けられた矢が通り過ぎる。その力強い矢の風圧が感じられるほど近い位置だ。


 今までもそういった矢はたまに飛んできていたが、鏑矢だけは全てハンナのすぐ近くを通り過ぎていた。戦闘が終わった後、ハンナはいつもの眠たげな目をしているディニエルへ気まずそうに話しかける。



「デ、ディニエル?」

「指示は?」

「え?」

「この音の指示は何?」

「い、いや、聞いてなかったっす。……すまないっす」

「そう。じゃあ次からは聞いて指示内容を答えて」

「わかったっす」



 昨日は少し怒った様子だったので何か言われると思っていたが、特に何も言われなかったのでハンナは安心したように背を向けた。そんなハンナへディニエルは思い出したように声をかける。



「もし不正解だったら、手が滑るかもしれない」

「へ?」

「こんな風に」



 ディニエルは鏑矢を素早く番えて近くの岩石に放つ。STR攻撃力DEX器用さによって補正の乗っている鏑矢は、岩石に着弾すると木製であるにもかかわらず岩を抉った。まるで泣き声のような音色を響かせてバラバラに砕けた鏑矢を見たハンナは、思わず口端をヒクつかせた。



「じ、冗談っすよね?」

「どうだろう」

(目が殺る気満々っす……)



 瞳孔が開いているディニエルの目を見てハンナは本能で身の危険を悟った。それからハンナは昨日勉強した甲斐あってか、全ての指示を理解して正解することが出来た。



「アーミラさん。もう少しお互い距離を取ってみましょう」

「わかった」



 ダリルもアーミラと話し合えるとわかると戦闘中も積極的に声を出すようになった。アーミラにヘイト管理の指示を出し、戦況を自分でコントロールするように意識し始めている。


 アーミラもダリルのことを既に認めているので彼の指示には素直に従っていた。今までの無言連携も普通に機能するほどよかったが、ダリルが声を出すようになってからは更に連携が良くなり始めている。



「お疲れ様です」

「おう」



 努から見るとダリルが後輩でアーミラが先輩のように見えてしまうが、今まで無言だった二人の戦闘に会話が生まれるようになった。アーミラは自分から滅多に話しかけないが、ダリルから言われればキチンと耳を傾けている。


 それに無言で連携していた時は、ダリルからすると二人の間に何か壁のようなものがあった。アーミラは全く壁などは感じていなかったが、彼には間違いなくそれはあった。何処か話しかけにくい印象があり、言いたいことが言えない状況。その状況をダリルは心のどこかで苦痛に感じていた。


 しかしいざ話しかけて見ればアーミラは意外にも話を聞いてくれた。口調は怖いしからかってくることが多いが、話を否定されたりはしない。そのことがわかった途端にダリルが感じていたアーミラとの壁は取り払われ、彼は精神的にとても楽になっていた。


 努は会話している二人の光景を微笑ましそうに眺めながら、いつものように支援回復をしていた。もう灼岩のローブでの立ち回りにも慣れたので、スタミナが切れやすいハンナへのメディックやバリアの運用を色々と考えている。


 それと誰かが死んだ時の蘇生後いかに装備を早く支度するかを考えたり、レイズでヘイトを稼いでしまった時の立ち回りも頭に入れていた。灼岩のローブがあるのである程度何とかなるが、ヒーラーが死んでしまえばPTは蘇生手段を失う。それだけは起こさせないように考えて努は自身にヘイストを付与させての立ち回りや、バリアを使い込んで精神力消費の感覚を叩き込んでいた。


 そして最終調整が無事終わり、努も倒せる算段がついたので翌日遂にマウントゴーレムへ挑むこととなった。

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