第128話 思わぬ共闘

 ボルセイヤーを倒し終わった無限の輪は、階層更新をしながらレベリングをすることが今後の活動となる。努はクランハウスの自室で纏めてあった自作の書類に目を通していた。火山での効率的なレベリング方法は既に考えていたので、後は最終確認をして明日から実行するだけだ。


 レベリングの基本は経験値効率の良いモンスターを狩る。単純に突き詰めればそれが最善だ。しかしその作業染みた行為に抵抗がない者でなければ、それは最効率の方法とは言えない。


 ダリルはガルムの厳しい訓練を受けていて忍耐力があるし、ハンナもアルドレットクロウでレベリング作業を行っているため問題はないだろう。ただしアーミラとディニエルにはモンスターを狩る作業をずっと出来るとは思えない。


 アーミラを『ライブダンジョン!』でのプレイヤーに分類するのなら、高校生が一番近い。勿論その中にも作業が出来る者がいるが、努の体感では目先の楽しさを追い求める者が多い傾向があった。ボルセイヤーに夢中で飛びついていったアーミラはまさしくその高校生に当てはまる。ただ龍化練習やフライ練習を毎日しているので、ある程度の作業耐性は期待出来そうではある。


 ディニエルは少し意味合いが違うが、主婦に近い。主婦はゲーム自体を楽しむのではなくチャットを楽しむためにログインしてくることが多いため、適度に会話を交わさなければすぐにつまらなく感じて辞めてしまうことがある。ディニエルの場合会話を休憩と置き換えればそのタイプに当てはまる。


 楽しさを求めるアーミラと休憩を求めるディニエル。そんな二人に単純なレベリング作業を押し付けてもかえって効率が悪くなる。それは努も色々なクランで見てきたため、二人のタイプを加味してレベリング方法を考えなければならない。


 初心者でも楽しめるようなルート取り、レベルが上の者が進んで手伝いたくなるようなアイテムがドロップする場所、効率は落ちるがチャットをする暇のあるレベリング作業、様々なレベリング方法を努は『ライブダンジョン!』で開拓している。


 しかしPC前でカタカタするのではなく、自分自身で戦うとなれば単に努の知識をただ当てはめても最効率とは言えない。努は火山の高い気温や経験値効率が良いモンスターとの戦闘時間、それらを加味して無限の輪に最適なレベリング作業を考えていた。


 まずアーミラに対しては、彼女が龍化をあまり使わずに戦えるモンスターをレベリング対象に多く組み込む。そして彼女に龍化を使わせる時は経験値が美味いモンスターを中心に狩らせる。そうすれば同じモンスターばかり狩ることで起きる飽きも最小限に抑えられるだろう。たまには一度戻って他の階層主を狩るのもいい。


 ディニエルには適度な休憩時間が必要不可欠だ。最効率を求めるなら休憩や夕食もダンジョンで済ませてしまう方がいいだろう。だがそれではディニエルのやる気がなくなるので、きちんとした休憩を設けた方が効率は良くなる。他にも火山階層の暑さを紛らわせる道具などもどんどん使って環境を整えた方がいい。


 ただそうなると資金を大分消費することになるため、オーリの許可が取れるかが問題となる。炎魔石や火山の素材はまだ高値で売れるため採算は取れる見込みはあるが、一度相談した方がいいだろう。


 努はある程度の予算を組んで書類に記した後にオーリへ相談にいった。丁度彼女は今日のダンジョン探索で得た素材や消費した備品管理をしていたので、努は声をかけて書類を渡した。



「オーリさん。明日からのダンジョン探索で使う備品について相談があるのですが、お時間よろしいですか?」

「はい。大丈夫ですよ」



 作業がしやすい地味な色合いの服を着ているオーリはペンを置いた。努は彼女の正面に座ると、明日から追加で消費する備品の纏めと持ち帰れるであろう素材の一覧表を見せた。



「明日からは七十階層に潜る前にレベリング作業をします。そのために消費する備品をこちらでまとめてみました」

「わかりました。……なるほど」



 オーリは落ち着いた様子で努の書類を受け取ると目を通し始める。素材の管理や売却、備品調達はほとんどオーリが行っている。彼女ならば市場価格と照らし合わせて現実的な数値に修正することが出来るだろう。



「甘いところがあると思うので修正して頂けると助かります」

「いえ、今のところ特に修正するところはございませんよ。明日の備品についてはこちらで用意しておきますね」

「ありがとうございます。取り敢えずしばらくはこの通りにいくので、よろしくお願いします」

「はい。畏まりました」



 オーリは何処か人を落ち着かせるような笑みを浮かべた後にお辞儀した。努もお辞儀をし返した後、思い出したように口にした。



「あ、魔石換金について少しお話したいんですけど……」



 努はドワーフ少女の魔石換金所のことについて話すと、オーリは少し考え込んだ後に了承した。早速明日伺ってみるとのことだ。そんな彼女の言葉に努は気まずそうに眉を下げた。



「オーリさん。明日休みですよね?」

「はい。そうですが」

「休日くらいゆっくりしていいですよ」



 オーリの休日はクランメンバー同様二日設けている。その間の家事は日雇いのハウスキーパーに任せて備品管理などは努が行っているのだが、オーリは休日にも自主的にクランハウスへ顔を出してくることがほとんどで、家事や経理をしていく。


 努の気遣ったような言葉にオーリも困ったように眉を下げながら首を傾げた。



「情けないお話ですが、休日に何をしていいのかわからないのですよね。今までずっと働き詰めでしたので」

「あぁ……。そうですか。それなら今度の休みはクランメンバー全員でどこかに行きましょうか」

「…………」



 努の提案にオーリは何とも言えない表情で沈黙してしまった。余計なお世話だったかなと努が思っていると、彼女は取り繕うように微笑んだ。



「ありがとうございます。是非ご一緒させて下さい」

「あー、いえ、嫌なら断って頂いて構いませんよ? 別に強制するつもりはないので」

「いえ、先ほどはあまり誘われることに慣れていないので、驚いてしまっただけです。是非お願いします」

「あぁ、そうなんですか。では今度皆に予定を聞いておきますね」



 裏を感じない笑顔を向けられた努は安心したように頷いた。



 ――▽▽――



 翌日から無限の輪のレベリングが開始された。昼から六十六階層に潜り火山で経験値効率の良いモンスターを中心に狩り、作業にならないように工夫しつつきちんとダンジョンから出て休憩を取る。


 努のゲーム知識である程度地形情報が一致する場所があるので、ディニエルの索敵を頼りに狩場を決定していく。様々なモンスターの溜まり場や、壁に埋まっているゴールデンボムという経験値が多く貰えるレアモンスター、サマチュラという定番の経験値稼ぎモンスターなどを中心に探す。


 このPT構成だと物理攻撃が通りにくいゴーレム系は相性が悪いため、柔い虫系モンスターが一番狩りやすいだろう。虫モンスターへの抵抗も努以外は特になかったので、それらをどんどんと倒して経験値を稼いでいく。


 昼から潜って一時間ほどしたらボルセイヤーを狩り、アーミラを満足させつつレベリング作業を続ける。龍化中には経験値効率が一番いいサマチュラを狩っていく。


 そして夕方には六十七階層への黒門を見つけられたので、一度ギルドに戻って休憩を取る。ディニエルは自分からあまり気持ちを口に出さないので、何も言わなくても休憩は多く取らせた方がいい。


 夕食を食べつつ一時間半ほど休憩した後に六十七階層へ転移。引き続きレベリング作業をしつつ、暇を見ては採掘や素材を採集していく。その過程でゴールデンボムというレアモンスターも見つけられるかもしれないので、理にかなっている。



「よぉ! ツトム!」



 努たちが汗水流して採掘をしていると、金の狼耳が特徴的なレオンが突然後ろから声をかけてきた。努は鶴嘴つるはしを下ろして驚いたような顔でニヒルな笑みを浮かべているレオンを見返した。



「どうも。同じ階層にいたんですね」

「あぁ。良かったらこの後一緒に探索しねぇか? あ、俺ら六十九階層まで行ってるから、黒門は譲れるぜ?」

「そうなんですか」



 黒門は一つのPTが潜るとランダムな場所に転移する。なので二つのPTが同じ階層で探索している場合は早い者勝ちになることがほとんどで、協力して探索することは滅多にない。


 しかし金色の調べは既に六十九階層まで進んでいるため、いつでもギルドから転移出来るので黒門にこだわる必要はない。レオンの提案に努はクランメンバーに意見を聞いたが、特に嫌がる者はいなかった。


 努としても金色の調べと共同探索を行うことは悪いことではない。レベリング効率は少し落ちるが他のPTを直接見ることは良い刺激になるだろう。特にアーミラ、ディニエルはモニターをあまり見ないのでいい機会だ。


 それに金色の調べにはディニエルを引き抜いた借りもある。努はレオンの提案を了承すると採掘道具をマジックバッグにしまって彼に付いていった。


 金色の調べの一軍PTはレオン、ユニス、バルバラ、アタッカーとタンクの女性が一人ずつ。奇しくも無限の輪と同じ構成であった。大きい狐耳と尻尾を揺らしているユニスは、小さい身長に合わせて仕立ててもらった純白のローブを羽織っている。彼女の装備は努とほとんど同じ物だ。


 兜を被っているダリルと同じほど背の大きいバルバラも重騎士なので、彼と装備は同じようなものだ。冷却機能のついた重鎧に大きな盾と槍を持っている。バルバラはレオンに付いてきた無限の輪を見ると兜を取った。押し込まれていた真ん丸の熊耳が解放されて勢い良く飛び出す。



「一緒に探索してくれるってよー」

「よろしくお願いしまーす」

「おぉ、ツトムさん! ありがとうございます!」

「……ふん。わざわざご苦労なことです」



 バルバラはパッと顔を輝かせながら努に頭を下げ、ユニスは偉そうに腕を組んで顎を上げている。変わっていない二人の様子に努は苦笑いしながら他の二人にも挨拶を済ませた。



「探索方針は金色の調べに任せますね」

「お、わかった。それじゃ、あっちにモンスターの群れいたからそこ行こうぜ」



 ユニークスキルとヘイストでAGIがSになるレオンの索敵力は間違いなく一番だ。彼に従っておけばそこまでレベリング効率も落ちることはないだろう。それからお互いのクランメンバーは少し話し合った後、六十七階層の共同探索が始まった。

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