第68話 早すぎた向上心

 ルークの合図とともにステファニーはプロテクをタンクであるビットマンとゴーレムに付与し、左手を後ろに回して秒数を数え始める。ルークはゴーレムに指示をしてロックラブへと向かわせて自身は飛び降りた。



「ヘイスト」



 ステファニーはその後指揮棒のような杖を振ってヘイストをゴーレムへと飛ばした。そして彼女は左足で地面を叩いてリズムを取って秒数把握を図っていた。


 ビットマンはコンバットクライで全体のヘイトを稼いでターゲットを取り、その間にソーヴァはロングソードを構えて切り込む。ゴツゴツとした岩を背負っているロックラブの頭にロングソードが入り込む。


 ビットマンは少し大きめの手盾と帯剣という装備だが、その動きは洗練されていて堅実だった。ロックラブの鉗(はさみ)を帯剣で弾きながらも軽快な動きでモンスターたちの攻撃を避けている。


 それがビットマンの基本的な戦闘方法であり、その戦闘方法は大盾を使う以前のガルムと酷似していた。しかし神のダンジョンでその立ち回りを培(つちか)ってきたガルムと違い、ビットマンの戦闘方法の根本を支えているものは十年ほど任務を全うしてきた兵士としての経験である。


 神のダンジョンと違いダンジョンは数百年前から存在し、その内から湧き出るモンスターは人類の脅威と成りうる。そのためダンジョン対策に兵隊が組まれることはしばしばあり、ビットマンもその一人だった。


 一兵卒から始まって数多のダンジョンで鍛え上げられ、外のダンジョンのモンスターを安定して狩ることを任務とした兵士。そこで十年生き残ったビットマンは子を成した妻に望まれて兵士を引退。そこからは命の危険がない神のダンジョンに潜るようになった。


 外のダンジョンでモンスターと長年戦ってきた経験や知識。それを持ち合わせた立ち回りはとても安定性があり、基本的に怪我を負わない兵士のお手本のような動きだ。それでいてモンスターを倒す必要もあるため自力でモンスターを攻撃する余力もある。


 命の危険を全く顧みずモンスターを次々と屠(ほふ)っていく狂騎士のガルムとは真逆、堅実に守り確実にモンスターへ傷を追わせていく騎士。それがビットマンという男だった。


 そんな彼が外のダンジョンでも見かけるロックラブに遅れを取るはずもなく、複数を相手にしても余裕のある距離を取って立ち回っている。隣に来た召喚獣のゴーレムも盾になっているおかげで全く崩れる気配がない。


 その間にソーヴァが一匹ずつロックラブをロングソードで叩いて体勢を崩させ、空いた顔目掛けてロングソードを突き刺す。白い粒子と共にロックラブは絶命していく。



「ヘイスト」



 ゴーレムにヘイストを再付与したステファニーは落ち着いていた。そして十秒ほど経過するとまた細い杖をさっと振るってプロテクを飛ばし、ビットマンとゴーレムへ付与させる。秒数管理もきちんと出来ている。


 そして何事もなく戦闘は終了。土色のゴーレムが何度か被弾したものの、ステファニーがゴーレムに杖先を当ててヒールを行うと身体は再生して元通りになった。


 その後もロックラブやギウターという小型の恐竜のような見かけをしたモンスターや、溶岩を身に纏ったラバゴーレムなどが出現したものの戦況は安定していた。


 タンクを担うビットマンの安定性にソーヴァのモンスターを的確に倒す攻撃力。ステファニーもプロテクは基本的に切らさないし、ビットマンが被弾するとエリアヒールを張ってヒールを飛ばして回復していた。


 そしてルークはPT全体を見回して補助している。タンクが辛そうならゴーレムを向かわせ、アタッカーが辛そうなら他の召喚獣などを召喚し補助に向かわせる。アルドレットクロウのPTは大体完成していると言ってもいいほどに安定していた。



(放っておいても勝手に成長するな、これは)



 全員の細かいところを見ればまだ改善する点は見られるものの、あくまでそれは細かいものだ。特にタンクとアタッカーに関しては努が指摘するところを探す方が難しいほどだった。ビットマンは勿論、説明会で散々文句を垂れていたソーヴァもタンクに動きを合わせている。ソーヴァは不満たらたらの表情ではあるが、動きはしっかりとしていた。


 しばらく戦闘を続けて六十二階層への黒門を見つけ、五人PTは黒門を潜り六十二階層へと向かった。そして休憩のため一同は一旦ギルドへと帰還した。


 ギルドの食堂に座り注文をルークが頼んだ後に、彼は努へにこやかな視線を向けた。



「どうだい? うちのPT」

「……特にコメントすることがありませんね。皆さんとても上手いです」



 努は少し困った表情をしながらルークの問いに受け答える。白魔道士に関しては努も実戦を積んでいるので指摘する点はたくさんあるが、一月半ほどでここまで出来るのなら上出来だった。



「ステファニーはどうだい? 君の目線から見て」

「…………」



 ルークの問いにステファニーは審問を受ける罪人のように身を固まらせ、固唾を飲んで努の言葉を待っていた。その視線に努は言いにくそうにしながらも切り出した。



「あー、同業者の人には自然と厳しい評価をつけちゃうんですけど、ステファニーさんは見ている限りとても上手いですね。まさか一月半でここまで出来ているとは思いませんでした」

「……いえ、私は三ヶ月前から情報員さんに勧められてツトム様の飛ばすヒールを練習していました」

「え? 三ヶ月前?」

「ん? あぁ、君のことは事前にうちの情報員が三十番台付近から調べていて、データを取っていたんだ。それで君の飛ばすヒールに回復力があることを知って、色々検証してたのさ」

「へぇ~。アルドレットクロウには情報員なんて人もいるんですねぇ。凄いな」

「ほとんどの台はうちの情報員が見ているよ。有望な新人や情報を逃さないためにね!」



 ふふんと鼻を鳴らしながらもルークは運ばれてきた果汁ジュースをごくごくと飲む。努がその情報員の存在に感心しているとステファニーに不安そうな視線を向けられたので、彼は話を元に戻した。



「例え練習を始めたのが三ヶ月だとしても、ステファニーさんが優秀であることに変わりはありませんね。僕の見た限りでは」



 ステファニーはエリアヒールを回復する場合にのみ設置する工夫をしたり、プロテクの効果時間を把握している節が見られた。更にヘイストも付与しようとしているところも見受けられる。


 ステファニーは戦闘中にルークの召喚獣であるゴーレムにヘイストを飛ばしていた。今はまだ時々ヘイストの効果時間は切れてしまっているものの、付与している相手は意思を持たないゴーレムだ。ヘイスト切れによる体感の違いに不満を覚えることはない。そのためステファニーは気兼ねなく実戦でヘイストの練習出来るので上達も早くなるだろう。


 しかしステファニーは努の言葉を聞いて儚げに微笑んだ後に目を閉じて横へ首を振った。



「ありがとうございます。でも私なんて、まだまだです」

「ん? そうなるとツトム君の評価は間違っている、ということかな?」



 ルークの意地悪げな笑みを浮かべての質問にステファニーは言葉に詰まった。意地の悪い人だと努がルークを見ていると、ステファニーは助けを求めるような目で彼を見ていた。



「ツトム様」

「……いや、そんな目で見られても。別にステファニーさんはそこまで謙遜する必要は無いと思いますけどね。優秀だからこうやってアルドレットクロウの一軍にいるわけですし」

「……私はどうせすぐに追い抜かれるんです。今は一軍ですけど、一月後には二軍、三軍に落ちることでしょう」



 努がルークの方を見ると彼はぶんぶんと首を振った。確かに二軍三軍のヒーラーも優秀であるが、現時点で一番ヒーラーとして優秀だと判断されたのはステファニーである。情報員や事務員、クランメンバーなどの評価を総合した結果なので、これは正当な評価である。


 ステファニーはその正当な評価を受けて、またアルドレットクロウの一軍に昇格することが出来た。だが彼女は嬉しい半面、不安もあった。翌月にはもう一軍を引かせられるかもしれない不安。追う者から追われる者へと変わることへの覚悟が、ステファニーにはまだ備わっていなかった。


 なのでステファニーはその評価を重く感じ、謙遜を繰り返している。だがその謙遜は二軍三軍のヒーラーたちから見れば、気持ちの良いものではない。謙遜も度を過ぎれば軋轢(あつれき)を生む。


 その軋轢を解消するためにルークはステファニーに度を過ぎる謙遜を止めてもらうため、彼女が尊敬している努に褒めさせることによって自信をつけさせようとしていた。



「ですのでもっと精進しなければいけません。ツトム様に評価して頂いたことはとても嬉しいのですが、私はまだまだです」



 しかしそれは失敗に終わった。ステファニーは努の評価を受けてもなお、自分の実力に自信は持てなかった。ルークは小さくため息を吐いた。その隣にいるソーヴァもステファニーを見て難儀な女だ、と吐き捨てている。


 だが努は彼女のその態度を見て細い目を見開いた。


 確かにステファニーは三ヶ月間でこれだけ自分で身につけられたので、かなり優秀な部類に入る。手放しで褒められるしこのままでも彼女は自分で成長していくだろう。なので努は何も教えないつもりであった。


 しかしそこまで自分の実力不足を知って嘆いているのなら話は別だった。確かにステファニーは優秀であるが、それは初心者の中で優秀であるということに過ぎない。まだまだ彼女に教えたいことなど努にはたくさんある。努は下を向いたステファニーに明るい声をかけた。



「ステファニーさん、凄い向上心ですね! 素晴らしいです! それならば練習あるのみですね! ちょっと待ってて下さい。メモを出すので……」



 努は給仕から運ばれてきた豆のトマトスープを受け取った後に自身のマジックバッグを漁り始める。努の目の色を変えての豹変ぶりにステファニーは目を丸くしていて、ルークも驚いている様子だった。



「取り敢えず、これに全部目を通して頂けますか?」

「……えっと、これは?」

「火山で現在わかっているモンスターの表と、後は現在の一軍PTの皆さんのジョブに関する情報ですね。取り敢えずこれ全部読んで下さい。役に立つと思うので」

「は、はぁ。全部ですか……。わかりました」



 どっさりと机に出された書類にステファニーは思わず顔を引きつらせた。その書類は努の手書きではなく、新聞社に彼が依頼して書いて貰っている『ライブダンジョン!』の知識を用いて書かれた情報の塊である。流石に現在の階層以降の物は自分で記して保存しているが、それ以外は新聞社に依頼して複製して貰っている。


 続いて努はヒールを唱えて球状の気体を次々と出すと、複数のヒールを自身の頭の上で回転させ始めた。



「あとヒールですけど、ステファニーさんはまだ機動操作が甘いですね。それに飛ばす速度が遅すぎます。このくらいの速度で回す練習をして下さい」

「は、はい」



 ぎゅんぎゅんと努の頭の上で数個のヒールが結構な速さで回っている光景を、ステファニーはあっけに取られつつ見ている。



「それと支援スキルですが、秒数把握がまだ出来ていませんね。まずは基本のプロテクから練習しましょう」

「あ、はい。今もそれは練習しているところです」

「いや、今のステファニーさんは手や足で数えていますよね?」

「えぇ。そうですけど」

「そもそも手で数えているものは数秒ズレていますし、足の方は相当秒数がズレていて酷いです。今は二十秒前にプロテクを飛ばして付与しているのでいいでしょうが、その時間を減らしていく時にそれでは苦労します。今のうちにその間違った秒数を修正するところから始めましょうか」

「……はい」

「幸いにもモニター、台に表示されている時間は正確です。まずは台の時間を見ながら手足での秒数把握を正確にしましょう。あ、勿論手足を使わなくてもいいですよ。僕はそうしていますので」

「…………」

「最初はヒールとプロテク。この二つの練習ですね。大丈夫です。秒数把握の方は一月ではどうにもなりませんが、少しは掴めるはずです。それにヒールに関しては一週間くらいで効果は出ますよ。それならば二軍に落ちることはまず無いでしょう」

「あ、はい」

「はい。これが練習内容のメモです。暇だと思ったら常にやっておくといいですよ」



 努が話しながら書いていたメモをステファニーに渡すと、彼女はおずおずとそれを受け取った。



「いやぁ、アルドレットクロウは凄いですね! こんなに向上心があるなんて、期待が持てます!」

「そ、そう」



 先ほどまで努にあった優しい雰囲気が一瞬で吹き飛び、何か形容し難いものに変わったような豹変ぶりにルークは驚いて短い言葉しか返せなかった。



(……教官を思い出す)



 ビットマンは自身が少年時代の頃にしごかれた教官を思い出して少し身震いした。

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