第66話 アルドレットクロウへ

 アルドレットクロウの火竜討伐成功でギルドがざわつく中、努は一番台に映るPTを見て感心するように唸っていた。タンク1ヒーラー1アタッカー2の構成。クランリーダーは召喚士なので詳しくはわからないが、構成から考えて恐らくタンク寄りだったのではないかと努は推測していた。



「おー、随分早いですね」

「はぁー。先越されちまったよ。あの糞餓鬼、絶対手紙とか寄越してくるわ。進捗の方はどうですかって」



 アルドレットクロウの火竜突破によりギルドはてんやわんやしている。レオンはそんなことを言いながら忌々しそうに笑いながら頭を掻いた。



「でもアルドレットクロウのおかげで、この戦法なら火竜討伐出来ることが証明されましたしね。金色の調べもこの調子なら一月後にはいけるんじゃないですか? あとは動きが合ってバルバラがフライの空中機動に慣れればいける気がします」

「そうか。……実はツトム、話があるんだが」

「あ、勧誘はお断りなので」

「……だよなー。まぁ仲間探ししてるって聞いた時から無理だと思ってたけどよ」

「形はもう出来てるので、後は皆さんで頑張って下さい。その方が上手くいきそうですしね。皆さん筋は悪くないので大丈夫だと思いますよ」



 努に軽くあしらわれたレオンはがっくりと肩を落とした。そして努が金色の調べPTに向けてそう言うと、バルバラは名残惜しそうな顔をして、ユニスは無表情だった。ディニエルはお疲れ、と軽い様子で手を上げた。



「ツトムさん、もう行ってしまうのか? まだ時間はあるのだろう?」

「えぇ。最初の見込みでは二ヶ月くらい指導することを覚悟してましたけど、バルバラさんは中々優秀でしたので一月ちょっとで終わることが出来ました」

「……そうか」



 それがお世辞だということはバルバラにもわかっていたようで、あまり喜ぶ様子を見せなかった。そして彼女は兜を取って脇に抱えると頭を下げた後、努の手を両手でしっかりと握った。



「ツトムさんのおかげで、探索者を続ける希望が持てた。本当にありがとう」

「いやいや、バルバラさんには少し厳しくした面もありますしね。よく頑張ってくれました。こちらも教えがいがありましたよ」

「うぅ……。本当に、ありがとう。良かった、探索者続けてて……」



 重騎士の自分が他の者に尻込みすることもなくダンジョンを探索出来て、そして自身が役に立っているという実感がある。バルバラにとって先ほどの峡谷探索は夢のような時間であった。なのでタンクという役割を教えてくれた努に彼女は深く感謝していた。


 鼻をすすって鉄に包まれた腕を目に当てたバルバラに、努は何回か優しい声をかけた後に背中を軽く叩いて押した。そして帰ろうとするとユニスが慌てたように声をかけた。



「わ、私には何かないのですか!」

「え? ……まぁ、頑張って下さい」

「ふ、ふざけやがって、です! いつか絶対ツトムを抜いてやるから、今から首を洗って待っているのです!」

「あ、はーい」



 地団駄を踏むユニスを努は見下ろした後、その背後にいるレオンを見ると彼は盛大に苦笑いして両手を合わせていた。レオンに努は含み笑いをしつつも締めくくった。



「ではお疲れ様でした。これからも頑張って下さい」



 努はそう言ってそそくさとギルドを出て宿屋へと帰った。受付を済まして努は部屋に入ってベッドに座るとげんなりとした顔をした。ここまで早くアルドレットクロウが火竜を討伐すると思っていなかった努は、どうしたものかと頭を悩ませる。


 七十レベルのPTなら三種の役割の基礎さえ出来ていれば火竜は余裕を持って倒せると努は思っていたが、まさか一発でクリアするとは思っていなかった。確かにそれ以前から何度も火竜に挑んで慣れているとはいえ、導入直後は何回か全滅するだろうと努は思っていた。


 しかしアルドレットクロウの情報員は努たちPTが三十階層を攻略していた時からそのPTを観察していた。なのでいち早くタンクやヒーラーの動きを取り入れていたため、成長は他のクランに比べて数段上だった。


 アルドレットクロウはクランメンバーを一月ごとに評価し、PTを再構築する制度を取っている。そしてPTごとの実力に応じてノルマを設け、毎日そのノルマを達成させている。そのためタンクでもヒーラーでも継続してレベル上げを行う機会が与えられているため、レベル七十のタンクも存在しているし腕もそこまで悪くはない。


 それにノルマを達成できなかったPTは評価を下げられて下の軍へと降格する危険もあるため、PTメンバーも比較的真面目にダンジョン探索に取り組んでいる。


 ただ五人PTだとどうしても周りのメンバーに恵まれずに下の軍へ落ちていく者も中には存在する。そのために情報員やノルマ表を管理している事務員などでモニターを見て個別評価をし、実力のあると判断された者は汲み上げる制度も設けられている。


 アルドレットクロウは効率的なダンジョン攻略を進めるためにクランハウスは大手クランの中で最も大きく、設備も充実している。快適に寝泊りできるクランメンバー専用の部屋に、食堂では美味しい食事やダンジョンへ持っていく弁当を作ってくれる料理人。更には男女の娼婦まで抱え込んでいる。


 その他にも専属鍛冶師をクランで雇って装備の点検などを行ったり、事務員を雇いPTごとの備品を管理させてPTがダンジョン探索に専念できるような環境づくりが成されている。ここまでクランの福利厚生が整っているところは他にない。


 ただしそんなアルドレットクロウにも欠点がある。それはクランを代表するリーダーやエースの不在である。紅魔団、金色の調べ、迷宮制覇隊にはユニークスキルを持つ者が最低一人はいるが、アルドレットクロウには一人も存在しない。



(大丈夫かな……)



 努はもう用済み扱いされることを不安に思いつつも、アルドレットクロウに金色の調べの指導が終わったことを記して手紙で送った。



 ――▽▽――



「ツトム君! アルドレットクロウへようこそ!」



 二日前の努の考えは杞憂に終わった。抱っこを要求するかのように両手を広げているアルドレットクロウのクランリーダー、ルークに努は手厚く迎えられた。


 とても大きいクランハウスに招かれた努は少し屈んでルークと握手を交わした後、二日前のことを切り口に話しかける。



「あ、どうも。先日は火竜討伐おめでとうございます」

「ありがとう! 君のくれた資料のおかげだよ! 火竜自体には大分慣れていたしね。後は当てはめるだけだったよ」

「そうですか。前々から一桁台で見ていたので多少教えるのが楽かなとは思っていたんですが……火竜を突破するとは思いませんでした。しかもあれはタンクとヒーラー導入した初戦ですよね?」

「うん、そうだね。その方が観衆も盛り上がると思ったからさ、かなり作戦を練ったし動きも他で何とかカバーしたよ。タンクの子が火竜自体初めてだったから色々と大変だったけど、何とかね! 凄いでしょ!」



 ルークは火竜の討伐で上機嫌になっているようで、天使のような笑顔でまくし立てるように言った。うんうんと努が相槌を取りながらも頃合を見て歩き出すと、ルークは照れたようにしながらも先導してクランハウスの案内を始めた。


 多数の頭にタオルを巻いた見習いと親方が武器を精錬している工房。多数の料理人が百名を越えるクランメンバーの食事を作るために下処理を素早く行っている食堂。探索者のクランメンバーの他にも事務員や清掃員の者も廊下でよくすれ違い努は何回か挨拶をされた。



「それにしても設備が凄いですね、アルドレットクロウは」

「そうだね。迷宮制覇隊とも引けを取らないんじゃないかなぁ。でもあそこは命懸けだからね。あれでも割に合わないよ」

「そうですねぇ」



 しみじみと努は同調しながらもルークに付いていくと、薄いピンクのカーテンで仕切られた空間の前に付いた。


 甘い香水のような匂いと少し薄暗い雰囲気のする場所を努が見ていると、ルークは彼を見上げて怪しい笑みを向けた。



「覗いていく?」

「……いや、結構です」

「そっか」



 ルークはにんまりとした表情を引っ込めて特に何も言わずに振り返ると案内を続けた。努としても少し、というより大変興味のある場所であったが、類い稀な理性を働かせて我慢した。元の世界へ帰れないことが確定したならまだしも、それまではこの世界に未練が残ることを努はしたくなかった。


 しばらくルークの後ろを努は歩き続けていると、彼は大きい扉の前で止まった。その扉をルークはうんしょと身体で押して開くと、そこには様々な装備をしている探索者たちが多数いた。



「ここがクランメンバーたちが会議する場所で、基本的には皆ここで集まって装備や備品を確認してからダンジョンへ向かうんだ。ツトム君がまた来る時にはここに集まってほしいかな」

「了解です」



 ルークと努がその部屋に入ってくると元からいたクランメンバーたちはざわつき始める。ルークに付いていくと彼は二人がけの席に座ったので、努も机を挟んで正面に座った。


 給仕の者に呼びかけた後にルークは一息ついた後、努と目を合わせて話を切り出した。



「まずツトム君にしてもらいたいことは、うちの一軍ヒーラーを見て欲しいかな。もうあの資料に書かれていることならうちの一軍ヒーラーは大抵出来てるはずなんだけど、君から見て評価してもらいたいんだ」

「わかりました。それは楽しみですね」



 何処かの狐少女とは大違いだ、と努は内心毒づきながらもルークの言葉に耳を傾ける。そしてルークは給仕(きゅうじ)が出したお茶を片手で持って飲んだ後、事務員が持ってきた資料を手に取ると机に出した。



「それとこれは個人的なお願いになってしまうかもしれないんだけど、聞いてもらっていいかな?」

「どうぞ」

「ありがとう。これはツトム君から配布された資料なんだけど……」



 ぴらぴらとページを捲ったルークはその資料の中からある単語を指差した。努もお茶を一口飲んだ後に資料を覗き込む。



「この、バッファーっていうのを詳しく教えてもらえないかなと思ってるんだ。この役割には吟遊詩人などが含まれると書いてあるよね」

「えぇ。そうですね」

「これをもっと詳しく聞いてもいいかなぁ? 勿論追加報酬は払わせてもらうよ」

「そうですか……。まぁ、説明だけなら報酬はいらないですよ。大した説明でもありませんしね」

「ほんと? やったぁ!」



 中性的な顔立ちで幼げな顔をしているルークは高い声を上げる。これで二十超えてるのかぁと努は思いながらも話し出す。



「バッファーとは主に味方へ支援を行う役割のことを指します。白魔道士のプロテクやヘイスト。吟遊詩人の守護の賛歌などがそれに当たりますね」

「ふむふむ」



 ルークは備え付けてあるペンを取って努の言葉を素早くメモし始める。努はルークが書き漏らさないように言葉を止めて様子を見た後に説明を続ける。



「それとその資料に載っていませんが、デバッファーというものもあります。これはモンスターを弱体化させる役割のことを指しますね。黒魔道士や灰魔道士のパラライズや、付与術士のブラインドなどが当たりますね」

「…………」

「基本的に白魔道士や黒魔道士がバッファーかデバッファーを兼任することが多いです。自分もバッファーを兼任してます。ただ吟遊詩人や付与術士はどちらも行うことが出来るので、そのジョブはバッファーデバッファーを兼任した役割を担うことが多いですね。そういった時は纏めてバッファーって名称で呼んでいます」



 吟遊詩人はPT全員のSTR攻撃力を上げるスキル。付与術士は豊富な状態異常をモンスターに与えることが出来るのでライブダンジョン! ではかなり強くアタッカーの効率厨たちがズッ友宣言をしているジョブだ。STRを上げられるジョブはこの二つしかないため、最高DPSを出すことに快感を覚えるアタッカーの者たちには無くてはならないジョブである。



「そんなところですかね。アルドレットクロウは吟遊詩人の方がいるようですし。検討してみていいかもしれませんね」

「ツトム君」



 ルークは真剣な目で努を見上げる。努はその視線に思わず姿勢を正す。



「そのバッファー、付与術士でも出来るよね?」

「はい、出来ますよ」

「……そうか」



 ルークは真剣な面持ちで腕を組んで少し考えた後、改めて努を上目遣いで見つめた。



「ツトム君。そのバッファーの育成というものは出来るだろうか? 付与術士なんだけど、もし出来るのならお願いしたいな」

「……バッファーですか」

「勿論、報酬は弾むよ」



 努の苦い顔を見てルークは畳み掛けるように口にする。努は迷った素振りを見せつつも彼に提案を持ちかけた。



「実は僕、クランを作ろうと思ってるんですけど……」

「……君が欲しいのは人材か。うーん。でも火竜討伐した後だしなぁ。……これならもう少し遅らせておけば良かった」



 周りに聞こえないように小声で呟くルークに努は苦笑いした。



「なんか、丁度いい感じの人いませんかね。最低三十レベルくらいあればいいんですけど」

「……それならいくらか候補は上がるけど、うーん。確約は出来ないね」

「そうですか……」



 がっくり、と努は大げさに肩を落とした。こうなったらもうギルドに斡旋してもらうしかないかと努は方針を変えつつも顔を上げる。



「バッファーの件については大丈夫です。ただ火竜討伐のインタビューのことなんですけど、ソリット社以外の二社に無料で取材を受けて頂くってことは出来ますか? それを取り敢えずの報酬にして頂ければありがたいです」

「え? そんなことでいいなら勿論受けるよ!」

「ありがとうございます。あ、でも出来れば人材の方もお願いしますね」



 口に手を当ててひそひそ声で言った努に、ルークはサムズアップした。

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