第63話 成長の兆し 

 その後努はアーミラとカミーユと一緒に夕食を食べて、主にダンジョン関係の話題で盛り上がった。カミーユはダンジョンの情報交換で今日一番の輝いた表情を見せる努に苦笑いをしながらも、食器の片付けを行っていた。


 カミーユの娘であるアーミラは現在四十一階層に入ったところで、もうシェルクラブの対策を探っていると努に話していた。彼女はカミーユ同様にまずはアタッカー五人でシェルクラブを突破してレベルを上げた後、ヒーラーを連れてシェルクラブを倒していくプランのようだった。


 努はシェルクラブの巣のことを話しかけたが、あの情報は既に新聞社に託して後日掲載される予定である。そろそろその記事が公開されるはずなので、努はアーミラにその新聞社二社の発行する新聞の情報をチェックするように勧めておいた。


 その代わりに努はアーミラにレベル上げのしやすい場所を教えた。



「そういえば、三十九階層の集団墓地は攻略しましたか?」

「集団墓地? あぁ、あの糞うっぜぇところか。あそこは白魔道士しか旨みないんだろ?」

「いや、デミリッチは経験値が美味しいんでもし攻略出来るならレベル上げにはオススメですよ」

「へー」

「最初は白魔道士しか骸骨(スケルトン)倒せませんけど、デミリッチが表に出れば骸骨は再生しなくなりますからね。浜辺でレベル上げるよりは期待値高いですよ」

「え!? そうなのか!?」

「そうですよ。ただ白魔道士が最初面倒だとは思いますけど……ってもうこんな時間か」



 話の途中で努はかべにかけられている時計をふと見ると慌てて席を立った。気づけばもう二十一時を過ぎている。話に夢中になりすぎたと思いながらも努はカミーユに声をかけた。



「遅くまでお邪魔してすみません。では僕はこれで」

「あぁ。またいつでも来るといい」

「何だ? 泊まっていかねーのか? なんなら私外に出てく――あいたっ!」



 コツンとお玉を頭に投げつけられたアーミラは痛みに倒れている。努は誤魔化すように笑いながらも礼をした後にカミーユの家を出て宿屋へ帰り眠りについた。


 翌日はいつものように魔石を換金しポーションを補充。それが終わった後に努はエイミーのことを思い出したが、彼女はそもそも魔石を鑑定する担当ではないことを知ってホッとした。


 エイミーはダンジョンから出たアイテムを鑑定する担当であるので、彼女へ会いにいくには宝箱を見つける必要がある。しかし努は運の悪いことに今まで一度も宝箱に巡りあったことがない。普通は四十階層に行くまでには一回くらいは見てもおかしくないのだが、努は悲しいことに宝箱を見つけれずにいた。



(エイミーに会いに行くのはいつになるのやら)



 そもそも普通に休日会いに行くという選択肢は浮かばなかった努は、早く宝箱が出るといいなと思いつつも明日金色の調べへ行く際の準備をした。残りの時間はいつものようにモニター前でずっとダンジョン攻略の様子を眺めていた。


 そして努は少し気合を入れつつも翌日の朝、金色の調べのクランハウスへと向かった。いつものように書類を確認しようと八時過ぎに努が入口へ向かうと、そこには黄色の尻尾を不機嫌そうに立てて揺らめかせているユニスが立っていた。


 誰か待っているのかなと思った努は絡まれるのも面倒だったので、ユニスを見て少し立ち止まった後に裏口から回ろうと方向転換した。するとユニスがどたばたと走りながら彼を追いかけてきた。



「どこに行くのです!」

「……あ、どうも。おはようございます」



 朝から随分と元気だなと努は思いつつも追いついてきたユニスに応対した。ユニスは相変わらず不機嫌そうだったが、何処か恥ずかしそうにもじもじている。


 そして意を決したのかユニスは努を見上げた後に頭をガバっと下げた。



「……すまなかったのです」

「え?」

「だから! ……すまなかったと言っているのです。貴方の技術はあのスキルだけではなかったのです。私が間違っていた」

「はぁ」



 出会い頭唐突に謝られた努は要領の得ないまま返事をすると、ユニスは頭を上げて真剣な面持ちで彼を上目遣いで見上げた。



「だから、私は何をすればいいのか、教えて欲しいのです。取り敢えず前にタンク優先と言われたから今はそれをやっているのです」

「……あぁ。そういえばもう三日経ったのか」



 ユニスの様子からして出来なかったのだろうと察した努は、少し考え込んだ後に彼女を見下ろした。今までの威勢の篭った目はどこへ行ったのか、随分と従順そうな目つきになっている。



「なら取り敢えず実戦ですね。今の状況を見せて下さい。それで判断します」

「……わかったのです」

「それではいつもどおり、九時に集合でお願いします」



 努はそう言うとユニスの隣をすり抜けてクランハウスに入っていった。ユニスは努の素っ気ない態度を見て歯に何か詰まったような顔をしながらも、彼に続いてクランハウスへと入っていった。



 ――▽▽――



「エリアヒール」



 早速三十九階層の集団墓地に向かった四人。そして努が見学する中で三人PTの戦闘が開始した。幾多もの骨が浮いている間にユニスはエリアヒールを設置。



「プロテク」

「コンバットクライ」



 そしてユニスはプロテクをバルバラに送る。ディニエルがかったるそうに矢を番え始めてバルバラはコンバットクライを発動。骸骨たちを一斉に引き付ける。


 ディニエルにヘイストは飛ばない。ユニスはバルバラにのみ集中して援護を行っていた。プロテクの標準効果時間は九十秒。それ一つならばユニスは切らさずに付与出来る。彼女は努が休んでいる二日間はバルバラにのみ集中して訓練を行っていた。


 タンクであるバルバラに骸骨の攻撃が集まり、彼女の高いVIT頑丈さでそれを全て受ける。こうすることでPT全体のダメージを抑えることができ、更にヒーラーのユニスも一人だけを回復すればいいため集中出来る。


 そしてアタッカーのディニエルもモンスターの攻撃に晒されないため、余裕のある状態で最大限の攻撃をすることが出来る。モンスターの攻撃を避けながら矢を放つことと、狙われずに撃つのとでは威力が違う。それに精神的余裕も生まれてくる。


 ディニエルの放った矢は骸骨をどんどんと打ち抜いていく。彼女が欠伸をかますほどに戦闘状況は安定していた。


 そして骸骨の半分ほどがディニエルによって倒されて再構築され、ヘイトがリセットされる。ユニスは全ての骸骨が復帰したことを確認した。



「バルバラ! コンバットクライお願い!」

「コンバットクライ」



 そして戦闘中のタンクに指示を出してコンバットクライを発動させ、再度全ての骸骨のヘイトをバルバラに集めさせる。プロテクの秒数やヒールのタイミングなどまだ改善すべき点は見受けられるが、基本的なことは出来ていた。



(いいじゃん)



 基礎的とはいえ前回とは比べ物にならないほど見ていて安心感のある戦闘。この二日で三人は練習を欠かさず行っていたため、お互いの動きをわかってきたことも大きい。


 そのまま三十分ほど戦闘を続けさせたが特に問題なかったので、努は戦闘を一度打ち切って三人を集めた。



「いいですね。見違えました。バルバラさんはもう骸骨相手は大丈夫そうですね」

「そ、そうか? なら次は、とうとうオークか!?」

「いえ、次は骸骨弓士(スケルトンアーチャー)を入れての訓練です。オークはその後ですね」

「わかった!」



 努は満足げに頷くバルバラからユニスに視線を動かすと、彼女は緊張したように身体を強ばらせた。挙動不審な狐の尻尾に努は目を取られつつも指摘をし始める。



「ユニスさんは基本的なことは出来つつありますね。見ていてもこの二日間で練習をしていたことが見受けられるほど、動きが見違えていますね」

「……当たり前のことなのです」



 ユニスの顔は厳しい表情を浮かべてその言葉を聞いているが、背後の尻尾は割と嬉しそうに揺れ動いている。ディニエルはその後ろで左右に動くふかふかの尻尾を目で追っている。



(この人……)



 この前もユニスは少し褒めた時に満更でもなさげな表情をしていたことを努は覚えている。その時は勘違いだと思っていた。



「しかしプロテクの秒数管理が甘いです。効果が切れる四十秒前に付与していたことを何回か見ています。せめて三十秒程度に抑えて下さい」

「わかったのです」



 ユニスの表情は先ほどと変わらないが、後ろの尻尾はしおしおと垂れ下がっていく。背後のディニエルの視線も尻尾を追いかけて下がっていく。



(もしかして褒めると伸びるタイプかもな……)



 てっきり捻くれ狐と思っていただけに努は意外そうにしながらも、ユニスに対する人物像を改めた。


 その後は骸骨弓士を出現させての戦闘を三人にやらせてみたものの、バルバラが矢の対処に慣れていないためクリティカル攻撃を連発されて崩れてしまった。ユニスも支援に集中しすぎたせいかヘイト管理が出来ず、頭に矢を数本無防備で受けて骸骨に群がられてあっさりと死んでしまった。


 なにげにPTメンバーが死ぬことを初めて経験した努は少し苦い気持ちになったが、同時にわくわくしながらもレイズを唱えた。白杖から光の柱が空に迸ると、それに沿うように光の粒子が集まり地面に集まってくる。


 そしてユニスは亜麻色の粗末な服を着て仰向けの状態で復活した。おぉーと努が感心している間に全てのヘイトが彼に集まったが、全てディニエルが骸骨を素早く処理したため努が自衛するまでもなかった。



「……初めて蘇生されたのです」



 ユニスは目を覚ますように頭を振った後に脱げたインナーや半甲冑を恥ずかしそうに回収し、亜麻色の服の上から手こずりながらも半甲冑を装備して戦線に復帰した。



(女性だといろいろ大変そうだな)



 努はユニスの装備を着用する姿を見て素直に思った。薄いインナーと亜麻色の服では厚さが違うためか、半甲冑がしっかりと装備できないのか少しぐらついている。だがここで脱ぐわけにもいかないので随分と面倒くさそうだった。


 実際神のダンジョンが最初に出来た頃は、女性探索者の蘇生後の着替えは重大な問題であった。天幕など用意する暇もないし、毛皮や麻、タイツなどの下着は解除されてしまう。男性ならまだしも女性にとっては大問題であるし、神の眼まであれば絶対に脱げないため装備が出来なくなる。


 そんな問題に直面した女性探索者は度重なる検証をした。その結果、ダンジョン産の衣類、装備などは絶対に全て解除され、その他にも革や鉄、厚い麻や毛皮などの防御性が高いと判断される物は解除されることが判明。


 だが防御性のない薄い布や綿などであるならば解除されないということも判明した。そのためこの迷宮都市の下着文化は女性の需要によって急激に成長し、防御性を持たせずに凝ったものなどが生産されていた。


 ごほん、と努は気を取り直すように咳払いをしてユニスを見るのを止めて、その後も三人が骸骨弓士を交えた骸骨軍団と戦う様を見守った。

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