第61話 金色の反省会

 どんよりとした二人を連れ帰った翌日。努はユニスに話しかけたが反応を示さなかったので、バルバラに指導を集中させながらも三十九階層を探索していた。


 昨日|骸骨(スケルトン)十体を相手にした経験のおかげかバルバラは成長の兆しを見せていた。骸骨(スケルトン)を受け持てる数が一体増え、支援無しでも安定するようになってきている。クリティカル攻撃を貰わなければ骸骨相手に苦戦することはないので、彼女もそれをわかってきて立ち回りが良くなってきていた。



(この調子ならば二日後くらいに骸骨弓士(スケルトンアーチャー)を投入してもいいかな)



 一先ずの目標であるオークには弓士がいるため遠距離攻撃にも慣れてもらう必要がある。バルバラの丸盾での殴打で骸骨が吹き飛ばされる光景を見ながらも、努は次の彼女の訓練方法を考えていた。


 一方ユニスは上手くいかないことに苛立っているのかぶつぶつ言いながらまだ努と同じことをしようとしているが、最初から出来るはずもなく失敗続き。努は最初タンクに絞って支援や回復させるように進言したが、ユニスに三日くれと言われたので放っておいた。


 バルバラは節々の痛みに耐えながらも十体の骸骨を受け持ち、ディニエルは何度もかけ直されるヘイストによって幾度となく身体の感覚を変えられてため息を吐いていた。



(ディニエルさんは無言タイプか。日本人っぽいな)



 努の主観では地雷ヒーラーに遭遇した際に日本人の対応で一番多いことは、無言で立ち去ることだった。勿論親切に立ち回りを教える者や罵倒の言葉を浴びせる者も中にはいるが、大抵は面倒を嫌ってさっさとPTから退出することが多い。


 だが今回の場合はすぐにPT解散など出来ないのでディニエルは不満を持ちつつも無言だ。この状況はあまり良くない。阿吽の呼吸のような連携が自然と取れている良い無言ではない。これは互いに不満や改善案を持ちつつも口にしない悪い無言である。


 努は白杖をくるくると両手で回して遊びつつ三人の戦闘を見ていると、ディニエルがある行動を取り始めた。


 ユニスの発射したヘイストをディニエルは避け始めた。飛んでくるヘイストを避けつつも矢を放って骸骨を倒し始めたディニエル。それが二度目、三度目となるとユニスはディニエルの行動の意味を察し、躍起(やっき)になってディニエルにヘイストを当てようとする。


 そしてヘイストを当てることに夢中でバルバラへの支援を忘れ、プロテクが切れてヒールも行き届かない。努は『ライブダンジョン!』で何度も経験した無言で何度も全滅する野良PTを思い出して残念そうに頭を押さえた。



(これがあと二日続くとかバルバラさんの胃が死にそう)



 何の支援も貰えずに骸骨の攻撃に晒されているバルバラを見て努は介入してやりたくなったが、ここで介入しても自分が満足するだけでユニスは成長しないことを彼はわかっていた。何処かむずかゆさのようなものを感じながらも努は三人の戦闘を見守る。


 そしてようやくバルバラが危機的状況に陥っていることにユニスは気づき、彼女にプロテクとヒールを大慌てで飛ばす。しかしユニスの動揺がスキルに伝わったのかそのプロテクとヒールは半ば霧状となりバルバラに届かない。


 ディニエルはそれを見て業を煮やしたのか連続して素早く矢を放った。放たれた矢は正確に骸骨の頭蓋骨をどんどん貫いていき、骸骨十体は一時的に無力化された。



「ヒール」



 骸骨がいなくなったことに落ち着きを取り戻したのか、ユニスのヒールは今度こそ球形を保ちバルバラに当たった。二、三度ヒールを当てたことを確認した努は声を張った。



「はい! 一旦撤収します! 集合して下さい!」



 努の大きい声に三人は振り向く。ディニエルは手にしていた矢をしまって真っ先に努のところへダルそうに駆け寄ってくる。バルバラはおずおずといった感じで走ってきて、ユニスは復活する骸骨を見て舌打ちをした後に走ってきた。


 集団墓地を離脱してギルドに帰還した四人は、努に促されてギルドの食堂に備え付けられている椅子に座った。努はマジックバッグから紙とペンを取り出してテーブルに置いた。



「昨日からタンクとヒーラーが基礎的なことを出来るようになり、一応実戦方式での訓練が出来るようになりました。なので今日からはその実戦方式の訓練が終わった後に、三人には反省会を必ずして貰います」

「は、反省会か」



 兜を外してむわりとした熱気を放ったバルバラはタオルで顔を拭いた後、気まずげに前へ座っている二人の女性を見た。バルバラは今まで二軍以下だったことと自身のジョブにまだ劣等感を持っているせいか、二人に対しては何処か気後れしていた。



「ではバルバラさんからどうぞ。何か不満に思ったことはありませんか?」

「わ、私からか!?」

「はい」



 努はバルバラへにこやかに申すと注文を取っているギルド職員に手を上げて、四人分の飲み物を注文する。その後に努はまだ何も言っていないバルバラへ催促するように視線を向けると、彼女は努の無言の視線を怖がりながらもポツリと口にする。



「ヒールを、してほしいかな」

「はい。ユニスさんにもっとヒールをしてほしいと。他には?」

「……他はもうない、です」

「そうですか」



 さらさらと紙にバルバラの意見を書き記した努は次にユニスに話を振った。するとユニスはディニエルをキッと睨んで彼女を指差した。



「こいつ、ヘイストをわざと避けているのです! 先程もやっていましたが、一体なんなのですか!?」

「はい。ディニエルさんがヘイストを避けると。他には?」

「……他は、別にないのです。でもバルバラには申し訳ないことをしたのです。すまないのです」

「いや、いいんだ」



 ユニスに頭を下げられたバルバラは恐れ多いと言わんばかりに両手を前に突き出してバタバタと振った。努は運ばれてきたお冷を口にした後にディニエルへ目を向けた。彼女は面倒くさそうにしながらも視線を斜め下に落とした。



「ヘイスト邪魔だから私に飛ばさなくていいよ」

「はい、ディニエルさんはヘイストいらないと。他には?」

「なっ! ふざけるのも大概にしろです!」



 ディニエルのぶっきらぼうな物言いにユニスが黄色い尻尾を逆立てて声を荒げると、彼女はユニスの声量に顔を引きながらも自身の長く突き出た耳を手で抑えた。



「出来ないことやっても意味ないでしょ」

「ぐっ。た、確かに今は出来ていないですが、あと三日で仕上げてみせるのです!」

「そんな簡単に出来るとは思えないけどね」

「この男に出来て、私に出来ないはずがないのです!」

「ま、まぁまぁまぁ! 落ち着け二人共!」



 前の席で今にもディニエルへ掴みかかろうとしているユニス。バルバラはディニエルを守るように身を乗り出して片手で二人の間を遮(さえぎ)った。あと三日で本当に出来たら凄いなぁ、と努は思いながらもペンを持つ手を動かした。



「取り敢えずお互いの意見は出ましたね。あとは僕が三人の戦闘を見て思ったことを言っていきますね。まずはバルバラさん」

「は、はい」

「今日はかなり骸骨の対処が上手かったです。前日の実戦で何か掴めたようですね。この調子でどんどんいきましょう」

「はい」



 バルバラは隣に座っている努にそう言われると強く頷いた。ユニスはその様子を見てくだらないものでも見るように鼻を鳴らした。努は次にそんなユニスへ視線を向けた。



「ユニスさんは、あと三日でしたね。それまでは何も口出しはしませんので、頑張って下さい」

「……言われるまでもないのです」

「ただし三日で何も成長が見られない場合は僕の指示に従って下さいね」



 ユニスは努の言葉に渋々といった様子で頷くと、お冷の入ったコップを両手で持ってこくこくと飲み始めた。ユニスは同業者なだけに言いたいことは山ほどあったが、努は全て飲み込んだ。実際に彼女は基礎的なことは全て短期間で習得しているため、期間も余っている。なので三日くらいはユニスの好きにやらせるようにした。



「ディニエルさんは、特に無いですね。そもそも本気出してなさそうなので評価しようがないです」

「そう」

「あ、でも言いたいことを心の内に留めすぎな気はしますね。もう少し自分のしてほしいことを言ってみるといいかもしれません」

「そう」



 ディニエルは努の言葉をまるで気にしていないのか、短く返しながらお冷のコップを手に持ってゆらゆらと回している。先ほどのヘイスト避けといい随分と行動の読めない不思議ちゃんだな、と努はディニエルの人物像がよくわからないことになっていた。そしてその後休憩を挟んでまた三十九階層の集団墓地へ向かった。



 ――▽▽――



 その反省会から二日経過したがユニスは大して変わらない様子で遂に猶予もあと一日となり、彼女はどうしたものかと頭を常に悩ませていた。


 効果時間を整理しやすいようにヘイストより効果時間の長いプロテクの時間を短くし、ヘイストと効果時間を合わせることで秒数の把握は出来るようになった。しかし動くディニエルにヘイストを当てようと意識を向けると、途端に秒数把握にズレが生じてしまっていた。


 それに努はバルバラにコンバットクライを打つように指示をしていて、それは骸骨が復活するタイミングで指示をしていることはユニスにもわかっていた。しかしバルバラとディニエルに支援をして回復も度々行う。その中で骸骨の位置把握や復活したタイミングも見るとなると、視野の広さがなければ務まらない。ユニスには戦闘状況を把握する力もまだ足りていなかった。


 レベル五十以下の白魔道士。それもぽっと出の者だ。その男に出来て、何故私には出来ない。ユニスはその悔しさをバネに三日目。バルバラとディニエルとダンジョンへ潜った後の夕方、他のクランメンバーやレオンに頼んで実戦訓練を行っていた。そして努が最初に行った行動を真似てみた。最悪置くヘイストさえ出来れば良いと考えていたユニスは愕然(がくぜん)としてしまった。


 努はレオンの動きを把握し動きを予測することでその進行方向へ置くヘイストを地面に設置していた。しかしユニスには置くヘイスト以外の仕事を放棄しても、レオンに置くヘイストを踏ませることは出来なかった。


 置くヘイストには発動から設置まで発生遅延(タイムラグ)がある。そのため予想して置いてもその発生遅延のせいでレオンは既に通り過ぎてしまうことが多発。およそ五時間ほど練習したがユニスはレオンに置くヘイストを踏ませることは一度も出来なかった。


 努の行っていた支援を三人に絶やさず飛ばしてタンクの様子を見て回復。置くヘイストをレオンに当ててモンスターの位置を把握してヘイト管理。更に自身がタンクとなってモンスターも多数引きつけて戦う。ユニスにはまだ、支援スキルを三人に当てて維持することすら出来なかった。そして今回は以前の飛ばすスキルや置くスキルと違い、自身が成長していることも感じられない。ユニスは自分がこの立ち回りを習得出来る未来が全く浮かばなかった。


 ユニスは夜遅くまでレオン率いる一軍メンバーと練習をしたが、わかったのは自身と努の圧倒的な差だけだった。もう辺りは真っ暗な中ユニスはクランハウスに帰ると、身体を清めて寝間着に着替えクランハウスで割り振られた自室に帰った。


 自分があの男より下であることを認めろ。火竜を倒した功績はガルムやカミーユ、エイミーが占めていたわけではない。お前の評価は間違っていた。


 言外(げんがい)にそう突きつけられているような気がして、ユニスは悔しさのあまり手に持っていた杖をわなわなと震わせた。そしてその杖を自室の壁に思いっきり投げつけた。


 カランと音を立てて地面に落ちる杖。ユニスは重く息を吐いてすぐにその杖を拾った。



(……認めてやるのです。あいつは今、私より優秀なのです)



 ユニスは赤く腫らした目をごしごしと袖で拭うと、可愛らしげなダブルベッドに飛び込んですぐに眠った。


 そして翌日の朝。ユニスはすっきりとした面持ちで目を覚ました。そして彼女はすぐに身支度を整えるとクランハウスの食堂で朝食を食べて、努がクランハウスに来るのを入口で待った。


 彼女は自身で努の立ち回りを真似しようとしたが、出来なかった。そして今のままでは絶対に出来ないだろうと感じてしまった。なので彼へ頭を下げて師事を乞い、立ち回りを教わるために朝早くから待っていた。


 しかし朝の九時になっても努は姿を現さなかった。今までの努は八時半には既にクランハウスの広間にいて何かの書類を見ていた。ユニスは腕を組んで苛々としているように片足をトントンとしていると、バルバラとディニエルが入口から出る際にそんなユニスを見つけた。



「あ、ここにいたのかユニス。探したぞ」

「……どうかしたのですか」

「どうかしたもなにも、今日も訓練に行こうと思うのだが……何か用事でもあるのか?」

「いや、無いのです。勿論行くのです。……だけどあの男が来ないのです。朝から待っているのに、よりにもよって何で今日遅刻しやがるのです。ふざけやがって、です」



 苛立ちを表すように背後の尻尾をぶんぶんと振るユニスを、バルバラは言いにくそうにこめかみへ指を当てた。すると隣にいたディニエルがため息をついた。



「今日はツトムさん来ないって昨日言ってたじゃん。聞いてなかったの?」

「えっ」



 昨日は何としても立ち回りを習得しようと躍起(やっき)になっていたユニスは、努の言葉を完全に聞き逃していた。ディニエルは呆れたようにまたため息をついた。ならば完全に自分が朝早くから入口で待っていたことは、無駄だった。ユニスは羞恥で顔を赤く染めながらも、癇癪(かんしゃく)を起こしたように持っていた杖で地面を強く突いた。



「何で今日に限ってあいつは休むのです! これは金色の調べの依頼なのですよ!? そんな簡単に休んでいいはずがないのです! 理由はなんなのですか!?」

「いや、知らないけど」

「……確かギルド長に呼び出されて、二日ほど暇を貰うと言っていたぞ。それならば仕方ないだろう。レオンにも昨日許可を取っていたしな」



 顔を真っ赤にして叫ぶユニスをバルバラが宥め、ディニエルは五月蝿そうに両耳を塞いだ。そして三人は十分後にはギルドへ向かい練習をし始めた。

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