第59話 実戦練習

 それから一週間が経過するもバルバラは骸骨(スケルトン)の集団相手にまだ苦戦を強いられていた。受け持てる数は六体に増えたもののやはりゴブリンなどに比べると手ごわいため、目覚しい成果は出せていない。


 しかしバルバラの気持ちは前に向いているし、実戦の空気やコミュニケーションも悪くない。残り二十日もあればバルバラは最低限のタンクとしての役割は果たせるようになるだろうと目処がついて努は一安心していた。


 他にもタンクとしてはスキルの制御など教えることは山ほどあるが、一先ずはモンスターにクリティカル攻撃をもらったり簡単に囲まれないことの方が重要である。モンスターの攻撃をある程度集中させてPT全体のダメージを抑える。それがタンクとしての役割が持てる最低条件であるからだ。


 それにコンバットクライなどのヘイト関連に関して努はユニスに教えるつもりだったので、バルバラにはコンバットクライを最初に放ち、その後はヒーラーの指示でヘイト系のスキルを使うことだけを覚えて貰えればよかった。


 一方ユニスは二日で支援スキルの効果時間均一化に成功していた。後の二日間には回復、支援スキルの効果も小、中、大に分けて精神力が配分出来るようになり使い分けが出来るようになり、飛ばすスキルの制御も向上。残りの三日では飛ばすヒールもエリアヒールの上ならば努以上の回復力を見せるようになり、努が見せた置くヘイストも自分で練習し習得していた。


 置く支援スキルやエリアヒールに関しては実戦も交えて練習させようと思っていた努は、ユニスの成長速度に少し驚いていた。



「さぁ。言われたことはやったのです。次はなんなのですか? すぐに習得してやるのです」



 皆が起きだして朝食を食べている金色の調べのクランハウスの食堂。そこで努が暇な時にやっている支援スキルを飛ばしての制御練習を真似しているユニスは、ヘイストをぶんぶんと宙に回しながら努に言い放った。その顔は誇らしげで顎を反らせていて、頭の上の狐耳も自己主張するように大きく立っている。


 こんなもの、少しの時間とコツさえ掴めば習得など造作もない。ユニスは努の今の立場と、その立場にいることを何とも思っていないような彼の態度に腹が立っていた。確かにエリアヒールのスキルコンボとヒールを飛ばして味方を回復することは自分では思いつかない発想であったし、これは白魔道士にとってかなり有用な情報である。


 しかしこれだけで努という男がレオンに一目置かれていることがユニスは気に食わなかった。レオンが一目置いている一番の理由である火竜を三人で倒した実績も、PTメンバーはあの騎士職の狂犬で有名だったガルムに、ユニークスキル持ちで外のダンジョンでも実績を上げていたカミーユがメンバーだ。確かに努も弱いとは言わないが、その有名な二人を引き連れているのだから偶然噛み合って倒せる可能性は充分にある。


 エイミーを入れた二度目の火竜攻略もガルムの強さに頼った戦法であるし、努はただ回復と支援をしているだけ。その支援、回復スキルの習得が難しいのなら努の実力をユニスは認めたであろうが、努が行っている飛ばすスキルや置くスキルも練習すれば十日で彼女もほとんど習得が出来た。


 この男は少し発想力が良いだけで、他は自分と何ら変わりはしない。むしろまだ五十レベルにすら到達していない中堅クランがお似合いの者だ。そんな者が自分の上にいてレオンの前でわざと自分に恥をかかせたことは、ユニスの自尊心を大いに傷つけていた。



(それも今日で終いなのです)



 ユニスは努が使っていた置くヘイストも彼に教えられることなく習得出来ていた。自慢のスキルを勝手に習得されさぞかしこの男は悔しがるだろうなと、ユニスは愉悦の表情のまま努を見上げている。


 一方努はユニスの見上げているのに見下しているようなその態度はまだしも、彼女の早い成長速度と不味いポーションを飲んでまで練習する熱意には一定の評価をしていた。ユニスが飛ばす回復、支援スキルの基礎習得に一月ほどかかると目処をたてていた彼はユニスに軽い拍手を送った。



「まさかこの一週間で教えてもいない置く支援スキルも習得するとは思いませんでした。ユニスさんはとても優秀なのですね」

「……ふん。この程度、当たり前なのです」



 この十日間ユニスは努に感情の篭った言葉をかけられたことはなかった。しかし今回初めて努に感情の篭った賞賛の言葉をかけられたユニスは、少しだけ満更でもない表情のまま努から視線を切った。背後の黄色い尻尾が僅かに持ち上がっている。


 努はユニスの表情と反応を見て少し怪訝げな顔をした後、一旦それを置いておいて話を続けた。



「ではそろそろ実戦で慣らしてみましょうか。アタッカーを連れてまずは三人PTで行ってみましょう、場所は変わらず荒野で」

「わかったのです」

「アタッカーは……ディニエルさんがいいかな。弓なら加減も効きそうですしね」



 努の言葉に頷いたユニスは早速眠そうな目でサンドイッチを頬張っているディニエルに声をかけにいった。ユニスの隣にいたバルバラは透き通った黄色の果汁ジュースをストローで飲みながら苦笑いしている。



「ユニスは本当にツトムさんのことを毛嫌いしているようだね」

「まぁ、彼女はまだ実力がある分いいですよ。ははは」



 実力はあるが性格に難のある人間はいくらでも努は『ライブダンジョン!』で見てきたし、それを見た中ではユニスでもまだ比較的マシな部類に入る。腕もなく性格も終わっているクランメンバーを思い出して魚の死んだような目になった努に、バルバラは更に引きつったような笑みを浮かべた。



「あ、今回から少し実戦を交えてバルバラさんには練習して頂くので、戦闘中も出来るだけ僕の指示出しに従っていただけると助かります」

「り、了解した」

「やや、指示出しといってもコンバットクライを撃つタイミングを指示するだけですので、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ」

「そ、そうか」



 今でも戦闘中に何度も努にいくつか厳しめの声を送られているバルバラは、明らかにホッとした様子でストローを咥えた。金色の調べでは特に指示出しなどもなく個人で戦う方針のため、努のすぐ飛んでくる指示出しにバルバラはおっかなびっくりな様子だった。


 努の言動が怖いわけではないのだがバルバラ自身でも戦闘中に今のは悪い行動であった、と思った途端に努の行動修正の指示が飛んでくる。それをバルバラは不快には思っていないものの、努の一挙一動を見逃さない視線と指示出しにはどうにも落ち着かなかった。



「あー、でもかなり偉そうに指示出ししてしまっているので、ご不快に感じたのなら申し訳ないです」

「いやいや、不快には思っていない。ただ、少し、その……怖い、というか」

「えっ」



 気まずそうに言い終えたバルバラはストローに空気を送って果汁ジュースを泡立たせている。努はバルバラの返事に言葉を詰まらせた。努としてはあまり言葉を荒げたという自覚はなかったが、バルバラが怖いと感じたのならば意識のすれ違いが起きているということだ。バルバラの性格を読み違えて少し調子に乗りすぎたかと努は嫌な汗をかいた。



「それは……申し訳ないです。これからは怖くないような指示出しをしていこうと思います」

「いやっ! でも私のためになっていると思うのだ! 私は今までこの職に甘えていた部分もあった! だから今は厳しくしてもらった方がむしろいいっ!」

「あ、そうですか。……でもこちらも意識はしてみますね」



 とても大きな声で捲し立ててきたバルバラに努は少し身を引くと、その後納得したようにうんうんと頷いた。

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