第45話 効率的な狩り

 どこまでも続いているような赤茶色の地平線。風で土煙が巻いている中、四人PTはモンスターの群れと戦っていた。その四人の足元には既に多数の魔石がごろごろと転がっている。


 上空に浮かび上がっている努は上からPTの動きを観察しつつも支援スキルを放っていた。その下では土色のオーク七匹を相手にしているガルムに、二人がかりでワイバーンを削っているカミーユとエイミーがいる。


 努は体内時計でガルムのプロテクと二人のヘイストの効果時間を刻みながらも、ワイバーンの棘飛ばしやオークの弓を警戒する。ガルムは何とか囲まれないように位置取りながらもオークの攻撃を大盾で防ぎ、時偶シールドバッシュで跳ね返して一斉に攻撃されないようにしている。


 しかしオークも少しばかり知能があるために、出来る限り囲んで一斉に攻撃をしてガルムを削りにきている。常にガルムはオークの攻撃に晒され続けてポーションを飲む暇などない。頭などの急所は避けているものの胴体や足に棍棒や長剣などが当たり、ガルムをじわじわと追い詰めていく。



「ヒール」



 その上から努のヒールがガルムへピンポイントに降りかかって彼を回復する。しかし回復スキルや支援スキルによって稼がれるモンスターへのヘイトは、他の攻撃などによる個別ヘイトとは違いその場にいるモンスター全員のヘイトを稼いでしまうことになる。ガルムに攻撃をしばらく加えられていなかった後衛のオークが、努に向かって弓を構えようとした時。



「コンバットクライ」



 赤の闘気がガルムから広がってオーク全体を包む。コンバットクライ。その赤い闘気を受けた者は放った本人への闘争本能を強制的に刺激されてしまうスキルだ。そのスキルを受けた弓を構えたオークは闘争本能を刺激され、自然とガルムに向かって弓を放ってしまう。


 知性があるとは言っても所詮はモンスター。人間ほどの知性があり冷静であるならば闘争本能を振り切って努を攻撃することは可能だが、モンスターでそのスキルを無効化出来るものはいない。


 弓を大盾で防いだガルムはオーク七体に何度か攻撃を当てられ続けてはいるが、この調子ならあと五、六時間は耐えられる。VITは頑丈さを示すステータスではあるが、その他にも持久力なども含まれる。素のVITがA-もあるガルムのスタミナは桁違いに高い。


 そしてガルムがオーク七匹を引きつけている間に、カミーユとエイミーはワイバーンに集中して戦闘を行うことが出来る。二匹のワイバーンの内、既に一匹は魔石へと姿を変えていた。


 警戒するような唸り声を上げながらもワイバーンは蛇のような尻尾を大きく振るい、その先端にある矢尻のような棘を二人へと飛ばした。カミーユは上へ、エイミーは下に避けながらもフライで空を駆け巡りながらワイバーンに迫る。



「双波斬」



 エイミーが双剣を重ねて空を切り開くようにすると、そこから不可視の斬撃が飛んだ。そのまま小声で何度も呟きながらもエイミーはいくつもの双波斬をワイバーンに向かって飛ばしていく。


 彼女が双剣を振るうごとにワイバーンの翼が刻まれていく。その嵐のような不可視の斬撃にワイバーンは地面へ逃げるように翼をはためかせた直後、その横から鉄の暴力がワイバーンの足を切り落とした。


 片足をカミーユに切り落とされたワイバーンは空中で体勢を崩して地面へと落ちた。その胴体を上から大剣が貫く。



「エンチャント・フレイム」



 その大剣が炎を纏いワイバーンの内臓を焼き尽くす。光の粒子となって消えていったワイバーン。肉体に突き刺さっていた大剣の感覚が消えるとカミーユは地面に刺さっていた大剣を抜き、ガルムに殺到している土色のオークたちに背後から迫った。



「ヘイスト。カミーユ! 西からバーン五匹! 東にカンフー……十匹以上! 龍化いつでもどうぞ!」



 エイミーにヘイストを飛ばしながら努が空から大声で声をかけると、カミーユは上から聞こえる努の声に手を上げて答えた。



「龍化」



 カミーユがオークの群れに走りながら龍化を開始する。身体に薄く張り付いている赤の鱗から紅の光が漏れ出し、その背中まである長い赤髪から赤の翼が突き破るように生え出てきた。


 カミーユが地面を踏みしめると彼女は一気に加速した。銀の剣線が通過。瞬く間にオークの腕が飛び、そのことをオークが認識する頃には首が飛んでいた。エイミーもカミーユに続いてスキルを放つ。



「ダブルアタック」



 一瞬の間に行われる双剣での二連撃。それを両足に受けたオークは地に跪(ひざまず)き、その筋肉で固まった屈強な首はいともたやすく切り裂かれた。青い血液が地面を染めた後、そのオークは粒子となって消えて血の跡も消失した。


 龍化状態のカミーユはまさに一騎当千という言葉がぴったりな暴れっぷりだ。ヘイストを付与されたカミーユを止められるモンスターなど峡谷には存在しない。彼女の今の強さは迷宮制覇隊で一番の戦闘力を持つ副クランリーダーとも劣らない強さを誇っていた。


 そんな彼女の足元に努はヘイストを置く。地面をじんわりと滲み出るように出てきた青のヘイストをカミーユは意識して踏み抜くと、彼女のAGI敏捷性が一段階上昇する。


 置くスキルはスキル名を放ってから発生まで少しの発生遅延(はっせいちえん)があるため、その分カミーユの速い動きの先を努が予測しなければならない。その予測を完璧にこなすことはとても難しく、今の努でも確実に出来ているとはいえない。


 しかし努がカミーユの足元へ精密にヘイストを置かなくとも、カミーユがヘイストを意識してきちんと触れてくれているので置くスキルの成功率はほぼ百パーセントだ。


 努の時間管理とガルムやエイミーを見ながらもカミーユの動きを予測出来る視野の広さ。そしてカミーユがきちんと努のヘイストを戦闘中でも意識していること。その二人だからこそ出来る連携である。


 オークを全滅させた二人は一旦下がり、プロテクの付与されたガルムが続いて来たワイバーンとカンフガルーの群れへコンバットクライを放つ。支援スキルを放った努に意識を向けていたモンスターは、その闘気に煽られてガルムへと向かい始める。



「アタッカー、ワイバーン優先。ガルムはカンフガルー引き付け頼む」



 カミーユとエイミーは努の指示に従いワイバーン五体を受け持ち、ガルムはカンフガルー十数匹を迎え撃った。


 ワイバーンの棘には強力な麻痺毒があり、ガルムがそれを受けてしまうと身体が動かなくなってしまう。努のメディックがあるとはいえ一瞬でも動きが止まってしまえば、モンスターに致命的な一撃を貰ってしまうことになる。


 VITが高ければ高いほど頑丈力は増す。そのVITの原点は身体を覆う不可視の神の加護である。VITが高いほど神の加護が強くなり、普通の人間が食らえば即死するような打撃や斬撃にも耐えることが出来る。


 しかしその神の加護にも弱点がある。人体の急所。首や左胸などの急所は神の加護が効きにくくなっている。


 なのでもしガルムの動きが止まった際に急所を突かれた場合には致命的な攻撃、クリティカル攻撃になりガルムが崩れる可能性がある。そのため一瞬でも動きを止めないためにも、麻痺毒のあるワイバーンは優先的に狩る必要がある。その理由がありアタッカーの二人はワイバーンを優先的に狙うよう努に指示を受けていた。


 空を飛ぶワイバーンはまるで鳥に啄(ついば)まれる虫のように足や翼を失っていく。カミーユの龍化状態でのワイバーン戦はもはや虐殺の域に入っている。速度も力もワイバーンが劣り、遠距離攻撃もカミーユにはブレスがある。


 エイミーはカミーユに翼や足を奪われて地に落ちたワイバーンを切り刻み、魔石へと変えていく。地面へ無数に転がっている魔石を避けつつもエイミーは空から落ちてくるワイバーンに次々と止めを刺していく。


 ガルムは十数匹のカンフガルーの蹴りや拳突きを大盾や腕などで受け止めては離れ、シールドバッシュで弾き飛ばしを繰り返している。打撃ならば顔面などに受けない限りは致命的な攻撃になり得ないので、ガルムはクリティカル攻撃だけは受けないよう徹底している。


 腕などに受けた打撃が重なって少し痛む程度になる頃には上空の努からヒールを受け、その傷はすぐに回復する。シールドバッシュで弾かれていないカンフガルーが努の方へ向き始めるとガルムがコンバットクライを発動。そのループは戦況を安定させることが出来てアタッカーも存分に力を発揮することが出来るようになる。


 ガルムのプロテクと消耗具合に気を配ってプロテクやヒールを飛ばし、カミーユの素早い動きの先を予測して置くヘイストを時間が切れる前に余裕を持って踏ませる。そしてエイミーは努の支援スキルに気を配ってくれているおかげで、支援スキルの効果時間ギリギリでも間に合うため余計なヘイトを稼がずに済む。それに彼女の一撃は軽い分ヘイトの管理がしやすく、クリティカル攻撃もあるため火力も充分にある。


 淀(よど)みなく回っている戦闘状況。互いが互いを意識して動いている動きに、自身がそれに合わせて彼らの力を最大限引き出せているという自負。努は自然と口角を上げつつも支援スキルを放った。


 そしてワイバーンを倒し終わったアタッカー二人がガルムに合流。カンフガルーはその二人に削られてどんどんと魔石へと変わっていき、最後の一匹を倒したエイミーが一息ついて上空の努に手を振った。


 努は周囲を確認した後にするすると上からエイミーの方へ降りてくる。地面へぞんざいに転がっている百近くある魔石に努は困ったように頭を掻いた。



「全部拾うの大変だなぁ」

「ねぇねぇツトム! 七連戦もしたよ!」

「そうですね。あと十三連戦はいけそうかな?」

「ほ、本当に出来そうだから怖い……」



 はにかみながらマジックバッグを下ろした努にエイミーは魔石を手一杯に抱えながらも乾いた笑みを浮かべた。四人で落ちている魔石をどんどんと回収していき、総計は百十六個となった。


 その魔石を拾うだけでもかなりの手間がかかって疲れた努は、やっぱり荷物持ちが欲しいなと改めて思った。戦闘に参加しなくとも戦闘中に魔石を拾い集めてくれるだけでも探索の効率が上がるだろう。


 しかし五十階層を越えてまで荷物持ちをする者はいない。荷物持ちだけ最高階層なんて無視して来れないかな、と努はそのシステムに不満を持ちながらも疲れた右腕をぐるりと回した。



「やー、疲れましたね。お疲れ様です」

「まだまだ私はいけるぞ?」

「わたしもわたしも!」



 七連戦を難なく終えてはしゃぐアタッカー陣二人を努は宥(なだ)めつつも、汗を多くかいて前髪を濡らしているガルムにタオルを渡した。



「ガルムもお疲れ様」

「うむ」



 タオルを受け取って顔の汗をごしごしと拭いているガルム。頭もわしゃわしゃとタオルで拭くと彼の髪はぼさぼさになり、その中で存在を主張するように黒い犬耳が立っていた。


 ガルムから少し濡れたタオルを受け取った努はそれをマジックバッグにしまい、各自に水筒を渡して水分補給をさせた。乾いた喉を麦茶で潤(うるお)した努は水筒のコップから口を離した。



「戦闘はかなりいい感じでしたね。それじゃあさっさと黒門探して帰りましょうか。そろそろ夕方になるので」

「えー、もうそんな時間なのー? もっと行きたーい」



 まだまだ遊び足りないとでも言わんばかりにエイミーが唇を尖らせる。ガルムは少し汗で濡れた前髪を分けながらエイミーを横目で見た。



「この調子なら明日にでも五十九階層は目指せるであろう。無理をする必要はない」

「はいはい。わんちゃんの大真面目なご感想ありがとうございまーす」

「……火竜戦が楽しみだ。貴様の無様な姿が中継されるのだからな」

「はぁー!? あんたこそまた火竜に踏み潰されるんでしょ!! いっぺん死ね!」

「お前が死ね」

「は? やる気?」



 ガルムがエイミーを冷たい視線で見下ろし、エイミーはつま先を伸ばしつつもガルムに今にも飛び掛りそうだった。そんな二人を見てやれやれと両手を横に上げるカミーユに、努は同調するように肩をすくめて二人の近くに寄る。



「小学生か」



 努が背伸びをしながら二人の頭に軽くチョップする。ガルムはすまなそうに顔を伏せ、エイミーは不満そうに努を見上げた。



「久しぶりだからはしゃぐのもわかるけど、二人共程々にしなさい」

「こいつから突っかかってきたんじゃん! 私悪くないよ!」

「……この猫から挑発してきたのだ。私はただ正論を言っただけだ。こいつが悪い」

「いや、PTメンバーに死ねなんて言う人には支援スキルも回復スキルもあげませんからね」

「お、と言うことは私が独り占めか。いやぁ嬉しいね」



 後ろからカミーユに肩を抱かれた努は少し驚きながらも微笑を崩さない。その努の表向きな笑顔を察した二人はさっと努に近づいた。



「えぇ!? やだやだ! ごめんなさい!」

「すまないツトム」



 努に縋るように擦り寄ってきた二人に後ろのカミーユは可笑しそうにくすくすと笑い、努はとぼけたような表情を崩して二人の肩を叩いた。



「ほら、今日はもう帰りますよ。僕が疲れちゃったんでね」



 努の言葉に二人がこくこくと頷き、努はやけに従順になった二人を見て笑いを堪えながらもフライで浮かび上がったカミーユへと付いていった。

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