第41話 シルバービーストにお邪魔します

 努とカミーユとガルムはソリット社の謝罪記事が出された二日後、シルバービーストのクランハウスに訪れていた。ギルドからかなり遠い位置に建てられている立地条件の悪いクランハウスは、その分土地は広く建物も三階建てと中々に大きい。


 努が玄関前にある呼び鈴を鳴らすとすぐに中背の男が扉を開けた。そのボサボサした茶髪の男は努を見るとにやにやと面白そうに笑った。



「おいでなすったな? 話題沸騰中のツトム君?」



 相変わらず無精髭(ぶしょうひげ)を生やしっぱなしにしているミシルが三人を出迎えた。その彼の出迎えに努はドッと疲れたように肩を落とした。



「ようやく犯罪者扱いされなくなったのは嬉しいんですけど、今度は行く先々で何回も声かけられて辛いですよ」

「あのソリット社にあそこまでやらせりゃ、そりゃそうなるだろうさ! ソリット社があそこまで下手(したて)に出るなんてな。火竜三人討伐ってもあれは異常だろ。一体どんな裏技を使ったんだ?」

「秘密です」



 努が人差し指を自身の高い鼻の前に出すとミシルは怖いねぇ、と呟きながらも楽しそうに笑いつつも後ろの二人にも声をかけた。



「ガルムもカミーユさんもよく来てくれた。歓迎するぜ」

「あぁ。今日は世話になる」

「いやいや、こちらこそ世話になるわ。三人で火竜討伐なんてブッ飛んだことしたPTをクランハウスに招けるなんてな。ま、取り敢えず上がってくれ」



 おちゃらけたように言うミシルが後ろを向いて努たちに手招きした後に歩き出したので、努たちもそのままシルバービーストのクランハウスへと入っていく。


 広い木製の廊下にはいくつもの扉があってどの扉も薄く開いている。その隙間からは子供らしき視線が歩く四人をきらきらとした目で見つめていた。その者たちは獣人の孤児や他の村などから来た流民たちで、ミシルは貧しき獣人や流民たちの保護も兼ねつつクランハウスを設立していた。


 そして大きいリビングに三人は招き入れられた。そこには赤と青の鳥人など見知ったメンバーの他に、何十人もの獣人や竜人の老若男女が静まりながらも待機していた。



「取り敢えず、ガルムとカミーユに会いたい奴らを集めてきた。悪いが二人は相手して貰っていいか?」

「うむ、そのために私は呼ばれたようなものだしな」

「直接話すのは久しぶりだ。少し気恥ずかしいが、行ってくる」



 ガルムとカミーユはその老若男女の下に歩いて行った。ガルムは相当根強い人気があるのか皆に話をせがまれ、カミーユは竜人の若者や老人に拝まれていた。神竜人というのは竜人であれば本能でそれを感じ取ることが出来るらしく、カミーユは竜人たちを中心に囲まれていた。


 その様子を大変そうだなと眺めていた努は肩をポンと叩かれた。



「……ツトムにもファンは出来るさ」

「いや、別に落ち込んでないですよ。それより――」



 慰(なぐさ)められるように言われた努はミシルの手を軽く押しのけた。喋り始めようとした努の気持ちを察したようにミシルは言葉を遮(さえぎ)った。



「あぁ言うな。最初は誰しも通る道だ。もう少し落ち着けばツトムにも絶対ファンは出来るさ。あの火竜戦でツトムに注目してた奴も結構いたみたいだぞ?」

「……はいはい。それで? ヒーラーさんは何処にいるんです?」

「あぁ、そういや今日はそれが本題だったな。おーい! ロレーナ!」



 努の言葉に本来の目的を思い出したミシルは、十人は座れるほどの大きいソファーに座っている兎人へ手を上げて呼び寄せた。彼女は頭から生えている長い耳を立てた後に二人の下に歩いてきた。


 目元がパッチリとした兎人のロレーナはおどおどとしながらも努にお辞儀した。努も彼女に釣られてお辞儀をし返す。



「こいつがロレーナ。うちの一軍ヒーラーだ。んで、この人がツトムな。火竜戦はお前も見てたし知ってるよな」



 お互いの紹介を受け持ったミシルがそう言うとロレーナはこくこくと頷く。努は微笑を浮かべながらも改めて頭を下げた。



「今日はよろしくお願い致します」

「は、はい! よろしく、お願いいたしますです!」



 敬語を使い慣れていないロレーナは恐縮するように何度も頭を下げた。その様子に努は苦笑いしているとミシルが謝るように片手を顔の前に出した。



「わりぃ。多少の失礼は勘弁してやってくれな」

「別に大丈夫ですよ。それで、今回は飛ばすヒールについて少し検証したくて僕も付いてきたわけですが、少しお話を伺ってもいいですか?」

「あぁ。こっちとしても大歓迎だ。こんな早く来てくれるとは思ってなかったからな。……取り敢えずあっちで話すか」



 ミシルがガルムとカミーユの周りにいる人だかりの反対側にある机を指差し、努は頷いて移動して席につく。反対側にはミシルとロレーナがついた。



「それで飛ばすスキルについてですけど、今はどんな感じです?」

「大した進歩はねぇな。一応飛ばす精度は前よりも上がったが、回復スキルの方は回復力がさっぱりだ。あ、でも確か支援スキルは多少いけるんだっけか?」

「うん。プロテクとか、ヘイストなら効果が弱まることはなかった」

「でも、それなら吟遊詩人の方がいいもんな。誤射の心配もねぇし効果時間も長いし、何より全員にかけられる。それに今の飛ばすヒールだと吟遊詩人より回復力がねぇ」

「うん……」



 兎耳を折って沈んだ様子のロレーナに努はうーんと腕を組んだ。回復力がどれほど酷いかを実際に見ないとまだわからないが、ミシルの言う通りなら完全に吟遊詩人の下位互換だ。それでは現状の状況では一度限りのレイズしか利点がない。


 白魔道士として差別化を図るには努と同じように回復力のある飛ぶヒールが必要になる。ただ何も飛ぶヒールだけが全てではない。飛ばさなければ回復力が落ちないというのであれば、アルドレットクロウのような運用でも問題はない。


 ただ回復力を落とさずにヒールを飛ばすことが出来れば白魔道士の戦略幅が広がる。アルドレットクロウの白魔道士を見ていると白魔道士が回復するためタンクに近づかなければいけないので攻撃に巻き込まれて死んでしまっているところが何回かあった。出来るのならばどちらも出来る方がいい。


 努は組んでいた腕を解いてミシルを見た。



「草原の薬草の回復力は軽い切り傷が癒せる、って認識で大丈夫ですよね?」

「あぁ。飛ばすヒールだと精神力全開でも切り傷すら完全には治んねぇ。手の荒れが治るくらいだな。水場の主婦には喜ばれたけどな」

「それは……」



 酷いなという言葉を飲んだ努は少し考え込む。



「彼女のレベルはどのくらいです?」

「五十六だ」

「僕より高いですね。ってなるとやっぱり……」



 ヒールの回復力が落ちている原因は恐らく、知識の差だろうなと努は考えた。彼はゲームでの知識は勿論、人体に関する知識も一般的な大学生レベルで頭に入っている。人体の構造や無意識間に入っている知識。それらがヒールの効果を高めているかもしれないと彼は推察した。


 ならば知識を全て教えれば彼女のヒールは回復力が上がるのか。その方法もありではあるがそれは手間と時間がかかる。それに努は他にもヒールの回復力を上げる方法は候補があった。



「うーん。それでも取り敢えず見てみないことには何とも言えないですね。色々と原因は思いつくのですが、確証が持てないです」

「つーことは……」

「予定が空いているのなら一緒にダンジョン行きたいですね。一度ミシルの一軍PTに僕を入れて貰ってもいいですかね? 取り敢えず五人で潜って実戦を見たいです」

「ほんと気前がいいな、おじさん涙が出そう」

「まぁ、今日はご飯も頂けるようなのでね。そのお礼ということで」



 ミシルの大げさな泣き真似に努は軽く笑いながらそう返す。兎人のロレーナはぴこぴこと兎耳を動かしながらも気合の入った表情で努を見つめていた。



 ――▽▽――



 その後シルバービーストのクランハウスには百人を超える大人数が一階の広間に集まり、立食パーティのような形で昼食を取った。ガルムは亜人を中心にわっと囲まれ、カミーユも竜人は勿論他の人種の者のファンにも声をかけられていた。


 そして努も何人かに声をかけられていた。主に火竜戦のことと捏造記事に関しての話題を振られて、努は微笑を浮かべながら無難なことを答えていた。何人かと話を終えると周りで様子を窺っていた者たちも努の柔らかい雰囲気を見た後、ちらほらと話しかける人が増え始めていた。


 そしてその立食パーティが終わるとガルムはクランハウスにある広い庭で稽古をつけはじめ、カミーユはミシルに預けられた生意気な新人たちを引き連れて五十一階層の渓谷へ向かった。


 努は実戦を見るためにシルバービーストの一軍PTに入って五十五階層へと向かうことになった。シルバービーストのPT構成は冒険者のミシル。片手剣士と拳闘士の赤、青鳥人。白魔道士のロレーナに荷物持ち兼アタッカーの構成だ。


 シルバービーストの最高階層は五十六階層であり、そこでの連戦でどうしても崩れてしまうため今はレベルを上げている最中だという。ミシルのレベルは六十二で他の者は六十以下である。


 そしてそのPTの荷物持ちを受け持つことになった努は、一度ギルドでマジックバッグの中身を全て預けた後ミシルからPTの備品を全て受け取った。ポーションに数々の罠。軽食のビスケットや黒パン緊急用の煙玉などを努は吟味しながらも、風呂敷のように広げたマジックバッグにぽいぽいと収納していく。


 それを感心したように見つめているシルバービーストのPTたち。受付でPT申請を終えたミシルはどんどん吸い込まれていくそれを覗き込んだ。



「そのマジックバッグいいな。逸品物(いっぴんもの)だろ?」

「銀箱から出たやつらしいですね。滅茶苦茶高かったですけど」

「だろうなぁ」



 努が装備を揃えた際に一番高かった物がこのマジックバッグだった。一般的に普及しているマジックバッグはそれよりも容量は少なく外観は大きい。荷物持ちは黒門に入れるギリギリのかなり大きめな安物のマジックバッグを背負っている者が多い。



「それでは自分はしばらく様子を見てますね。荷物持ちの仕事はしますけど」

「あぁ。頼むぜ」



 口角を上げたミシルにそう言われた努は魔法陣に入り、シルバービーストの一軍メンバーと共に五十五階層へ転移した。


 転移した努は早速いつもの癖でポーションを詰め替えしそうになって止めた。いつものPTと違いポーションは基本荷物持ちが管理し、個人でポーションは携帯しない。もし携帯させてしまえば怪我をしてすぐに飲み干してしまう者が現れるからだ。


 勿論信頼関係の深いクランや大手クランなどは個人携帯を認めているところもあるが、シルバービーストは基本個人携帯をさせない方針である。安物の緑ポーションでも細い瓶一つで一万Gと高い。シルバービーストは孤児などを養っている背景もあり、金銭にはかなりシビアである。


 赤の鳥人が周りを偵察しにいっている間に努は暇なので、丸めたヒールを十個ほど宙に浮かべて遊んでいた。お手玉のようにくるくると回るヒールにロレーナは目を見開いた。



「す、凄いですね」

「え? あぁ。勿論実戦じゃこんな出しませんよ。でも暇な時はこういうことやっとくといいですよ。結構練習になるので」

「ぬおっ」



 十個の丸めたヒールをミシルの周りで虫のように走り回らせながら努はロレーナに話した。早速彼女もヒールを宙に一つ浮かべて飛ばし始める。少し覚束無い部分は見えるものの操作は出来ているようだった。努はその様子に頷きつつもヒールを木へと向かわせる。



「地上から当てる場合はモンスターを迂回しながら当てるので、木とかで練習するといいですね」



 十個のヒールを木の周りで同時に回転させながら努が言うと、ロレーナも自身のヒールを木へと向かわせる。最初は動きが遅かったがだんだん慣れてきたのかヒールの操作がスムーズになっていく。


 偵察の終わった赤鳥人はぐるぐると回っているヒールの群れにぎょっとしながらも帰って来た。そして地形情報をミシルに伝えると彼は山の中で戦闘することを決め、その五人PTの山道行進が始まった。


 努がモニターで観察したことで得たシルバービーストの基本的な戦法は、鳥人たちのスキル、フェザーダンスでモンスターの視界を奪ってからSTR攻撃力の一番高いミシルが削っていく戦法だ。それに二人の鳥人もフェザーダンスだけではなく奇抜な動きで相手を翻弄しつつ、片手剣や鉤爪でモンスターを倒せるアタッカーだ。


 そして白魔道士のロレーナは開幕の支援スキルと戦闘終了後の回復などを行う。それとフライ、レイズ要員である。このPTは主にミシルが主力アタッカーとなるので、彼が死んだ時にロレーナがレイズを使い囮となる。


 荷物持ちの者は基本荷物持ちの階層更新のために連れられただけの者が多く、本当に荷物を持つだけの者が多い印象だった。稀にアタッカーへ参加する者もいたくらいである。


 それを把握している努は後ろから二番目に並びながら山へ行進していく。先頭は一番経験があり攻撃力も高いミシルだ。


 ミシルのジョブである冒険者は地形効果無効の常時発動型のスキルと、宝箱を開錠することの出来るスキルが特徴的なジョブだ。それにLUKが他のジョブに比べて比較的高いため、宝箱のドロップ率も僅かながら他の者より高い。


 戦闘関連はダブルアタックを筆頭に軽戦士系のスキルが多く、中でも特徴的なのはブレイズオスレイというスキル。武器に超高速の振動を纏わせて武器の威力を高めるスキルは高レベルの冒険者特有のものだ。



「……赤熊だ。構えろ」



 前を歩くミシルが小さい声で後続の者を止めた。前方から何かが走るような音が聞こえてくる。緑の景色に似合わぬ赤い毛を持つ赤熊(レッドグリズリー)だ。


 鳥人たちが木の枝木に飛び乗ってフェザーダンスを撃つ構えをしながらも四足で走ってくる一匹の赤熊を見据える。青の鳥人が自身を指差して赤の鳥人が頷き、距離が充分に近づいた時にスキルを放った。



「フェザーダンス」



 青の数多(あまた)もの羽根が勢いよく赤熊に襲いかかる。立ち止まった赤熊がその羽根を防ぐために顔を塞ぎながら下を向く。それと同時に射撃が止み、ミシルはその羽根の最後尾についていくように走った。



「ブレイズオスレイ」



 振動した刃が赤熊の腕をいともたやすく切り落とした。叫ぶ赤熊の顔面にミシルはククリ刀を突き入れて脳を裂くように上へ薙(な)いだ。ドスンと倒れる赤熊から粒子が溢れ中型の無魔石が地に落ちる。



(いっぱい来なきゃヒールは試せそうにないな。早く怪我しないかなミシルさん)



 少し黒いことを内心で思いながらも努は魔石を拾ってマジックバッグに収納した。

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