第八膳 『孤独を癒すラーメン』(回答編)
孤独の僕が買ってきたのはスーパーで売っている一つ430円のアルミ鍋のラーメンセット。地元で超有名ななべ焼きラーメンの発祥の店、橋元食堂が食品メーカーと共同開発している商品だ。
ストレートの生めんと地鶏が濃厚に香るしょうゆベースのスープに加えて大き目に切られた京ネギ、鳥の細切れの胸肉、輪切りのちくわ、そして仕上げの生卵までが顔をそろえるオールスターセットだ。
一見ラーメンとミスマッチと思えるこれらの具材が懐かしのスープと絶妙なハーモニーを奏で、食するものを天上の世界へと送り込む。
しかし初期セットでもいいが、やはりここは元料理人としてアレンジすべきだろうと申し訳のようにニンジンの細切りを足す。こういうものはあまり手を加えすぎてもいけない。スープの濃度を殺す可能性があるからだ。
数分の調理のあと、下受け皿に慎重において食卓に運ぶと着席した。
手を合わせ……
「クルッポー」
「……」
「……」
「……」
「いいや、食べよう」
僕はずるずるとなべ焼きラーメンを啜った。
さすがの美味しさというか料理人を経た今でもこういうものは時々食べたくなる。
「美味い」
「ああ、美味い」
はふはふいいながら麺を啜り、ぐらぐらに沸いたスープを付属の蓮華で飲む。生卵を蓮華に上手に乗せて箸先ですっと割るとそれに麺をくぐらせた。
濃厚な黄身が麺にまとわりついて腹のあらゆる隙間を埋めていく。
何と天井破りの美味さ! ……でもなあ、本当は二人で食べたかったんだ。
冷蔵庫に仕舞ったもう一つのアルミ鍋を切なく想った。彼女が来たときのためになんて期限も気にせずに二つ購入してしまったのだ。
うん、孤独の鍋と向き合っているとどうも郷愁が吹き出していけない。脳裏に彼女の笑顔が弾ける。オイシイって喜んでくれたな、なんて。僕の分も残さなかったな、なんて。
どうしてこんなに思い出すんだろう。
孤独の寂しさを紛らわせるようにテレビをつけると地元の情報番組がやっていた。
『なんと不時着したUFOが消えたとの情報を聞きつけ現場に駆け付けました。地元の方にお話を伺ってみましょう』
『夕べ見たんですよ』
『何時ごろですか』
『さあ、10時半ころだったかなあ。ミラーボールのように光ってましたよ』
『女の子が歩いて行っていたんです』
『何歳ぐらいの方ですか』
『さあ、高校生ぐらいだったかなあ』
『オレ動画撮ってますよ』
そういって少年が見せたスマートフォンには飛行機ともとれるような微かな光の揺らめきが映りこんでいた。それも数秒で消える。
「エイリアンなんていないから」
呆れ吐息する。世間は複雑な僕の胸中にちっとも寄り添わないじゃないかと恨めしく思いながら力なく笑った。
好きなのかな、とふいに思う。
いやいや、違う。相手は一回りも年の離れた女の子だ。けれど、振り切ろうとすればするほど彼女のオイシイが溢れだす。
料理を芸術と捉え、理想ばかり追っていたあの日の愚かな自分はもういない。彼女が変えてくれたんだ。マナー何てへったくれだという豪胆な食スタイルに僕は気づけば魅了されていた。
料理で大事なのは心を満たすことであって虚栄心を満たすことじゃない。一番大事なそのことに気づかせてくれたんだ。
徒然なるままに彼女と囲んだ食卓を思い出す。
――お茶漬け
――カレー。
――シチュー。
――餃子。
――ちらし寿司。
――ハンバーグ。
――天ぷら。
僕はただひたすらに彼女に会いたかった。
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