第36話 可能性の白筒

「ふあぁー、よく寝たぁ」

 のりこたちがイソマグロと奮闘しているその頃、りょうたはようやく目覚めた。日の光を浴びて起きる休日のひと時は、何とも言えない贅沢感がある。

「......あれ? おねえちゃんがいない?」

 今頃は、体を大の字にして寝ているはずの姉の姿が見当たらない。りょうたは不思議に思ったが、あまり気に留めなかった。

 それより、りょうたにはどうしてもやりたいことがある。とにかく、まずは朝ごはんだ!

「おはよう」

 りょうたはまだ眠気が抜け切れていないため、目をこすりながらリビングへやってきた。

「おはよう! りょうた、朝ごはんはそこにあるからね?」

 洗い物をしている背後でりょうたの気配に気付き、京子は彼に言葉を掛ける。母はいつでもマルチタスクなのだ。

 テーブルの上には、お手製BLTサンドウィッチと牛乳が置かれている。朝食にはこれくらいの軽食がちょうどいい。りょうたは、それらを手早く食べ終えると再び寝室へ向かう。

 しばらくすると、りょうたはリビングへ戻って来た。その手には、何やら段ボールの小箱を抱えている。

 彼が軽々と持ち上げているあたり、中身は割と小型のもののように見受けられる。りょうたは床にその箱を置いて開封し始める。果たして、その中身は何なのだろうか?

「よぉし、やるぞっ!!」

 りょうたが開封した箱からは、白い筒状のものが出てきた。外見からはお洒落な加湿器のようにも見えるが、どうやら違うようだ。

地球だいちの鼓動を感じろ! ビッグバン!!」

 りょうたは何やら独り言をつぶやいている。おそらく、TVCMの真似なのだろう。

 箱には取扱説明書も同封されているようだが、りょうたはそれに一切見向きもせずに次の作業へ入る。

 といっても、白筒から伸びているコンセントプラグを差し込むだけの簡単な作業だ。その筒は通電された途端、青白く点灯し始める。そして時折、都内の街灯のごとく鮮やかな電飾を放つ。

「あらぁ、綺麗なイルミネーションね!?」

 その電飾を見て、洗い物を終えた京子は思わず感嘆する。しかしりょうたは、そんな電飾など目もくれずにスマートフォンで何やら操作している。

「......よしっ! Wi-Fi繋がったぞ!!」

 りょうたは並々ならぬ達成感に包まれている。どうやら彼は、インターネットの無線接続をセットアップしていたようだ。

 島長家は基本的にインターネットに関して疎く、家族は誰一人としてインターネット回線のことなど気にも留めていなかった。そのため、りょうたは以前から良行にWi-Fi接続機器の購入を懇願していた。

 特に、先日のE・Bバトルでは大容量の通信を伴っていたため通信費がかさんでいた。そういった現状を打開すべく、りょうたは自ら島長家のインターネット環境を整えることにしたのだ。

 情報化社会となった昨今、Wi-Fiの存在は最低限度文化的な生活における必須アイテムといえる。

「......すごい! ワーウルフの動きが滑らかだ!!」

 りょうたはテストプレイでE・Bの動作確認をする。やはり、スマートフォンの通信回線ではいくら何でも限界がある。だが、りょうたの目的はこれに留まらない。

 りょうたはスマートフォンでSNSを立ち上げ、画面を確認する。

『ひとつなぎのうどんは実在する! もう誰も......引き返せねぇ!!』

 SNSには静止画だけでなく、動画も数多く投稿されている。りょうたが偶然目にしたのは、虎男というライブ配信者が投稿した映像。

 彼はとある町のうどん屋を訪れており、注文したうどんを実食して驚愕したようである。その映像からは、とてもしなやかで丈夫な麵を食べることに苦戦していることが伝わってくる。

 しかし、これはりょうたの本懐ではない。彼はスマートフォンであるアプリケーションを立ち上げる。

 それは『Laplaceラプラス』と呼ばれるコミュニケーションツールである。このアプリケーションは主にチャットやビデオ通話などに用いられ、多くのスマートフォンユーザーが使用している。

「えっと、もえちゃんは......あった!」

 りょうたは登録ユーザーの中から『もえ』というユーザーを選択する。そして、その中からビデオ通話のアイコンをタップする。

『......あ、りょうたくん! Wi-Fiつながったんだね!』

 画面の向こうにいるのは、ガールフレンドの花島もえである。画面越しながら、彼女の表情はにこやかだ。

「もえちゃんだぁ! 僕、Wi-Fiつなぐの頑張ったよ!」

 りょうたがどうしてもやりたかったこと、それはビデオ通話でガールフレンドのもえと会話することだった。ビデオ通話は莫大な通信費が掛かってしまうため、Wi-Fi接続は必須事項だった。

 しかし、島長家にはインターネット回線が開設されていなかったため、りょうたは地団太を踏んでいたのだ。

 その念願が成就したりょうたの表情からは、満面の笑みがこぼれていた。

「......好きな人との会話って、何よりも素敵な時間よね」

 二人の会話を京子は優しく見守っていた。彼女の表情は、甘酸っぱい初恋を懐古してうっとりしているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る