第23話 源親子

 時は少し遡り、ここは万事屋みなもと。

「ありがとうございました!」

 彼女はこの店の店主、源秋子。活気あふれる女性だ。

「さて、亜細亜さんへ炭を発注しないと!」

 これから観光シーズンを迎える本島で、アウトドア関連商品は大きな収入源となる。おそらく炭は、バーベキュー用品といったところか。

「お勤めご苦労様」

 店の暖簾をくぐってやって来たのは、母である源文恵。

「散歩? ケンがいないようだけど?」

 どうやら、文恵は散歩の途中でケンに逃げられたらしい。これがいつもの光景なのか、秋子は特に気に留めていない様子。

「あの子、まだ若いから元気いっぱいでね。リードを振りほどいて逃げちゃうのよ......」

 本来は飼い主の管理不行き届きだが、この島では割と寛容である。近隣住民はみな顔見知りで、仮にペットが脱走しても発見者が飼い主の元へ連れてきてくれる。

 いうなれば、地元民の信頼関係があってこその恩恵である。

「とりあえず、お茶でも飲んでいく?」

 秋子は、文恵に煎茶を淹れる。

「あなたが継いでから、この店はずいぶん様変わりしたわね?」

 みなもとは代々経営を継承してきた店で、秋子も先代の文恵夫妻から経営を継承した。

「当たり前でしょ? あまりにも古臭い店だったし」

 秋子の口ぶりから、みなもとは久しく店舗改修がされていなかったようだ。

「あなた達三姉妹が島を出ていたから、正直店を畳むことも考えていたわ」

 ここ数年は客足も減り、みなもとは経営破綻寸前だったと文恵から聞いていた。

「けれど、お父さんが危篤と聞いて真っ先に戻って来たのは秋子、あなただったわね」

 湯呑に口をつけて、文恵は話を続ける。

「だって私しかいないじゃん。春奈は役員だし、夏美は連載抱えているし......」

 秋子は不愛想な言い方だが、彼女なりに家族を心配していたことは窺える。

「それに、お婿さんまで連れてきて!」

 文恵はクスリと笑う。

「あれはびっくりしたよ。まさか駆け落ちするなんて思わなかったからさ!」

 秋子は思い出して、どことなく顔が赤くなっている。

「あなた、私に似て美人さんだからね?」

 文恵は不敵な笑みで言う。

「まぁ、確かにね......?」

 互いに容姿端麗なのは、親子とも自認している。

「けど、水商売は不本意だったよ? 高校中退したのが失敗だったな......」

 秋子は後悔の念に苛まれる。

「私は失敗と思わない。みなもとを黒字にしたのが、何よりの証拠!」

 文恵はピシッと指差す。

「そりゃさぁ、やっぱ実家守りたいじゃん?」

 おそらく秋子は、三姉妹の誰より両親の身を案じていたことだろう。

「冬樹さんも奇特な方。ご実家の家業を捨ててまでウチの婿に来たのだから」

 冬樹とは、秋子の夫を指すようだ。

「それなぁ。せっかく玉の輿だと思ったのに......」

 秋子が口惜しそうに語る。おそらく、冬樹は金持ちの御曹司だったのかもしれない。

「いいんじゃない? 今の冬樹さん幸せそうだし」

 文恵は嬉々として語る。

「けど、冬樹って変人だと思う。春奈の会社とネット通販提携しているのに、それでも島外で営業するとかさ。あいつ、絶対愛人いると思う」

 秋子は訝しんで言う。

「細かいことは気にしない! 旦那留守で元気がいい!」

 文恵は柄にもなく笑い飛ばす。

「もし不倫してたら、あいつの実家からたんまり慰謝料もらえばいいか」

 文恵の言葉で、秋子も開き直った様子。冬樹の営業で、意図せず姉二人と業務提携を結ぶことになったのは大きな成果といえる。

 上京後、源三姉妹は各々の道を進み、両親を介する以外に交錯することはないと思っていた。彼女たちを繋ぎとめているのは、紛れもなく冬樹だ。

「そうそう! 最近ウチの近所に新しい人が引っ越して来たのは知ってる?」

 文恵は思い出したように話題を変える。

「そういえば、先週くらいに誰か引っ越してきていたね?」

 秋子はあまり気に留めていないようだ。しかし何故だろう? どことなく文恵の表情に笑顔が見える。

よしゆき・・・・が、帰って来たのよ?」

 秋子は、文恵の言葉に耳を疑った。

「え? 今なんて??」

 秋子は、今一度聞き返す。

「だ・か・らっ! よしゆきが帰って来たの!」

 文恵は満面の笑みを浮かべている。

「まっさかぁ?」

 秋子はその名前を久しく聞いていない。よしゆきという名前を。

「だって、アニキはもう帰らないって言ってたはず?」

 秋子にとって、彼は旧知の仲であった人物なのだろう。彼女は、文恵の言葉の意図が掴めない。

 もしや、母は認知症なのだろうか? しかし、特段そのような言動は見受けられない。

 だとすれば、他に意図があるのだろうか? 秋子は思考を巡らせる。

「......そのうち、ここを訪ねるかもしれないわね?」

 文恵の言葉を意味深に思う秋子であった。

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