第9話 結成! のりこ探検隊

「私は学校で、クラスの男子たちから噂を聞いたのよ――」

 のりこが、何やらりょうたに語りかけている。

「どうやら、羽馴の森の奥深くに未確認生物がいるって話なのよ......」

 りょうたは、それを話半分に聞いている。

「その名も......ハナレドン!!」

 のりこは身振り手振りで必死に説明するが、りょうたは興味を示さない。

「......お? 水属性のメガロドンきた!」

 以前に軽く触れたが、彼はスマートフォンゲームE・Bエレメンタル・ビーストに夢中である。本作品には、五行思想にならって木・火・土・金・水の属性が設定されている。各属性にはそれぞれ得手不得手があって、これらが三すくみならぬ五すくみを生み出している。

「......ちょっと、聞いてるの!?」

 のりこがりょうたへ噛みついているが、お構いなしの様子。

「むむむ......」

 のりこは、どうにかりょうたの感心を惹きたいようだ。

「りょうた、これが証拠よ!」

 苦肉の策で、のりこは手書きのイラストを提示する。稚拙でつたない絵のタッチが、何ともいえず微笑ましい。

「ふーん。それで、そのハナレドンはどこにいるの?」

 りょうたは姉の必死さに、仕方なく付き合うことにした。のりこは、そうとも知らずに話を続ける。

「地図もあるわ。きっとこの辺りにいると思うの!」

 これまた、のりこが必死に描いたであろう地図である。あまりにも大雑把な道に、矢印とともに と記されているあたり、のりこの切実な思いが伝わる。

「......なるほど、この丘っぽい所をハナレドンが棲家すみかにしているわけだね?」

 のりこの稚拙な絵から概要を読み取ってしまうりょうたは、なかなか出来た弟である。弟から理解されたのりこは感無量といったところ。

「ハナレドンは空を飛ぶことができるの。しかも、急降下して獲物を襲う......とても獰猛な生物なの!!」

 のりこは臨場感のある解説を見せる。もちろん、彼女は現物を見たわけでもないのだが、ここまで流暢りゅうちょうな語りに違和感を覚える。

「......何だか、とても怖い生き物だね!」

 あまりにも鬼気迫るのりこの語りに、りょうたは思わず耳を傾けてしまう。

「とにかく、私達はこのハナレドンを探索する必要があると思うの!!」

 のりこの根拠ない使命感が発現した。おそらく想像であろうが、ここまで見事にかたり尽くしてしまうのりこの才能には感服してしまう。

「うん! これは絶対に見つけなくちゃね!!」

 りょうたは見事、のりこの策にはまってしまった。

「探検の決行は明日! 各自、きちんと休養を取るように!!」

 何故かのりこが話を仕切りだした。

「のりこ隊長! 了解しました!!」

 りょうたは即座に敬礼した。どうやら、のりこを隊長としてのりこ探検隊がここに結成されたようだ。

 翌日、早朝からのりこ隊長による点呼が行われた。

「1! 2! ......よし、全員揃っているわね!」

 たった二人で全員というのも違和感を覚えるが、のりこ探検隊の出陣式が無事に執行された。

「二人とも、何をしているんだ?」

 リビングでコーヒーブレイクをしている良行には、何だか奇妙な光景が映っていることだろう。

「決まってるじゃない! のりこ探検隊の点呼よ!」

 のりこは当然のように言い切る。

「そっかぁ、探検隊か......まぁ、せいぜい頑張れよ」

 良行は、のりこの話をあまり理解せずに返事をした。そんなことより、今の彼はペルー豆の鼻を突き抜けるような、心地よい香りに夢中だ。

「おとうさん、のりこ探検隊は未知の遭遇を果たすのよ! 期待しててね!」

 のりこは自身の意気込みを父へ語った。

「あぁ、楽しみにしてるよ......」

 良行は、のりこの話など上の空である様子。のりこたちの思いとは裏腹に、焼きとうもろこしを思わせるコーヒーの香りが、場違いな雰囲気を醸(かも)し出す。

「さぁ! のりこ探検隊、出発よ!」

 のりこが号令を掛けると、りょうたはそれに合わせて勝鬨かちどきを上げる。

「......おっと、ジャーキーを忘れるところだったわ。ハナレドンは餌付けできるかもしれないから必携ね!」

 ハナレドンは、どうやら肉食のようだ。

 玄関を出ると、当然のようにケンが座していた。

「あら、ケンちゃんものりこ探検隊に入りたいの?」

 彼が源家から脱走してきたことは、もはや言うまでもない。

「ワン!」

 のりこの問いかけに、はいと言わんばかりにケンは吠えた。

「いいわよ。ただし、隊長は私だからね!」

 ケンは、のりこの言葉に尻尾を振って応えた。

「これは入隊の印! 受け取ってね」

 のりこは第一のジャーキーをケンへ与える。さながらきび団子のようだ。

 出発からまもなく仲間を増やし、のりこ探検隊の旅は次回へ続く......続くったら続く。




(余談)


「羽馴島の空を支配するという未確認生物、ハナレドン。彼の存在は、島民が遥か昔より脈々と語り継いできた。その伝承を検証すべく立ち上がった、我らがのりこ探検隊。二人と一頭は、期待に胸膨らませて羽馴の森の奥地へと進行する。彼女達は、その先で何を目撃するのか。次回、のりこ探検隊――のりこ探検隊の冒険! ――深淵の先へ導け、ケン!」

 のりこは何やら能書きを垂れている。

「......おねえちゃん、さっきから一人で何をぶつぶつ言っているの?」

 りょうたは思わず怪訝な顔をしてしまう。

「何となく、探検隊って感じがするでしょ?」

 どうやら、のりこは形から入るタイプのようだ。


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