第3話 ブラッドドラゴン

「危ない……!」


 俺はランの肩を掴み力いっぱい引き寄せる。

 ブラッドドラゴンが目の前に現れて数秒と経たない間に、鋭い爪が先ほどまでランのいたところを深くえぐった。


「すまない……」


「いえ、お互い様ですよ」


 俺とランはブラッドドラゴンから距離を取り、共に武器を構える。


 ランは片手直剣を抜いた。彼女の剣の独特な光り方は昔一度見たことがある。とてつもなく硬い金属、オリハルコン。

 その強度は鉄を遥かに超え、Aランク程度の魔物であればまず弾かれることは無いと言う。


 だがオリハルコンは希少性が高く、そうポンポンと得られるものでは無い。オリハルコン装備一式をつくるならば、王国の騎士の生涯賃金相当が必要だと言われているほどだ。


「その剣……いったいどこで……?」


「以前ダンジョンで獲得したんだ。結局、私にはこれしか与えられなかったのだがな」


 ダンジョン内の宝箱などでもそういった武器が手に入るということは知っている。だがそれはとてつもなく確率が低い話だ。何より深い階層でなければそのような武器は出てこない。

 であれば、ランが所属していたパーティは相当な熟練パーティということになる。


「君はその杖からして、エンチャンターか」


「はい。ただ、レベルが低くてあまり多くの魔法は使えませんけど」


 俺は使い込まれた杖を握り直す。今まで共に頑張って来た大事な武器。決して性能が良いとは言えない……だけど、パーティを結成した時初めて買った杖を強化して使ってきた思い出のこもった杖。

 その思い出も、グロスを思い出してしまう呪いと化して俺をむしばむことになるのだが……。


「サザン、属性付与は出来るか」


「は、はい! 火属性と水属性が出来ます!」


「水属性か。ブラッドドラゴンに相性は悪くないな。かけてくれ」


 目の前にSランクの魔物がいる以上、物思いにふけっている暇は無い。俺は属性付与魔法を発動し、ランの剣に水属性をエンチャントする。


「いくぞ!」


 ランはブラッドドラゴンの爪による斬撃を華麗な身のこなしで躱した。そのまま懐に潜り、硬いうろこの無い腹側に一撃を入れる。

 腹の下にいるランに向けて炎を吐くブラッドドラゴンだが、既にランは尻尾の方に回っているため炎が当たることは無い。


「ドラゴンスラッシュ!!」


 再び腹の下に潜り込んだランは、ドラゴン系の魔物に高い効果を持つドラゴンスラッシュを放とうとした。

 だがその攻撃が発動することは無く、ランの剣は甲高い音を立てて折れてしまったのだ。


「な、何だと……!?」


 剣が折れた反動で一瞬の隙が出来てしまったランに、ブラッドドラゴンの尻尾による薙ぎ払いが襲い掛かる。

 ランは大きく吹き飛ばされたが、幸いにも俺の方に向かって飛ばされたためすぐに彼女の元に向かうことが出来た。


「今回復します!」


 所持していたポーションを使いランの傷を癒す。だが受けたダメージが大きすぎるためか、所持しているポーションを全て使い果たしても完全に回復させることは出来なかった。


「ありがとう、サザン。それにしても、まさかこの剣が折れるとはね……」


 ランは折れてしまった剣を見つめながら憂いに満ちた表情を浮かべる。


「だが、それでも戦い続けなければ生き残ることは出来ない」


 ランは折れた剣を握り直し、ブラッドドラゴンへと向かおうとする。だがその行動は無謀という他ない。ただでさえレベルが足りていない状態で、さらに武器すらも万全で無いのならまず勝ち目はないのだから。


「いくらなんでも無茶ですよ! 折れた剣であのブラッドドラゴンを倒すのは!」


「それでもやらなければ、今ここで君も私も死ぬだけだ」


 ランがブラッドドラゴンに向かって飛び込むのと、ブラッドドラゴンがこちらに向かって飛翔してくるのは同時だった。

 ランは折れた剣を巧みに使いブラッドドラゴンの攻撃を受け流しつつ、尻尾に斬撃を加えていく。


 しかしリーチの短さによりランは徐々に追い詰められて行った。だんだん防戦一方になり、動きが鈍くなっていく。さっき受けたダメージが回復しきっていないことが重荷になっているようであった。

 限界を迎えたランが一瞬ふらついた時、ブラッドドラゴンは鋭利な爪を彼女に突き刺すべく振り下ろした。


 俺は……無意識の内に体が動いていた。


「サザン!?」


 ランを突き飛ばす。その反動で今度は俺が振り下ろされる爪の対象となった。


 俺は今ここで終わることを覚悟し、目を閉じた。

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