同族を殺せ その2

 闘技場のど真ん中で、黒髪少女は目を瞑っていた。それを泣きなながら様子を窺う短髪少女。相手は闘う気だ。普通ならここまで怯えていたら逃げ出している。だが、流石はジパルグ人だった。


 こんな状況でも相手が“魔王”と呼ばれる者でも背中は見せない。立ち向かい、必死に生きようとしている。


 黒髪少女は剣の柄に手を添えると瞼をゆっくりあけ、身体を沈みこませる。短髪少女は来る、と思い、同じく身構えた。一瞬の速さで、黒髪少女は距離を詰め、剣を引き抜く。その斬撃を短髪少女は勘を頼りに受け流した。上にあがった刃先はそのまま、流れるように縦に斬り下ろされる。見切られていたのか、短髪少女は後ろに下がって避けた。


 上手く避けることができたが、これで黒髪少女の攻撃は終りではない。


 連撃が続く。攻撃を続けることで、相手のミスを狙うのが目的だ。振り下ろした剣を今度は刺突する。短髪少女の脇腹に剣先が入った。これでは致命傷にはならない。短髪少女は後ろによろけながら逃げたが、視線は外さない。


 次の攻撃に備えていた。


 黒髪少女は相手の懐に飛び込み、横一文字に斬りつける。短髪少女の胸に刃が当たり、麻の服を斬り裂いた。そこから血がじわじわと滲み出る。流石に痛かったのか、その場で膝をついた。そのタイミングを逃さないと、剣を振り下ろそうとしたが……。


 なんと、それを弾き返した。


「し、死ねない!!! 私はこんなところでええええええ!!!! 死になくないいいいいいいい!!!! うわあああああああ――――ッ!!!!」


 狂った狂犬の如く、口から身体から血を撒き散らしながら短髪少女は黒髪少女へ反撃してくる。


(――――――なんだ、こいつは……)


 その壮烈な闘いに観客は歓声をあげるのを忘れ、凝視していた。


 黒髪少女は一旦、距離を取り、再び剣を鞘に納める。


(――――――三段構えの攻撃を、さらにとどめの一撃を弾き返した。なんてしぶとい……)


 しぶといと思った黒髪少女は自分もそのしぶとさで、ここまで生き残ったのだと悟った。


(――――――なるほど。これがジパルグ人か、これが、私か……)


 今度は決める、そう決意した黒髪少女は相手を見据える。ふらふらと傷口を押さえ、痛みを堪える短髪少女の意識は既に朦朧としていた。それでよく立っているな、と感嘆してしまうほどだった。


 白目でなにかをぶつぶつとつぶやく短髪少女が自ら動き、攻めてきた。この状況で、攻めてくるのか?! と驚愕してしまった。


「あぁあああああああああ――――ッ」


 もはや、獣の如く、人間の言葉とも言えない声を発しながら剣を振り回す。まるで、悪魔にでも取り付かれたかのような不気味な動きをしていた。攻勢に出るはずが、気がつけば、防御に入っていた。これでは勝てない。


 剣を受け止め、押し返したあと、もう一度、腹部を斬り付けた。血しぶきが上がり、黒髪少女の顔にかかる。血に温もりがなかったことに怪訝したがそれでも黒髪少女は完全に決まった。そう思いきや斬り裂かれたにもかかわらず、短髪少女は剣を振り下ろしてきたのだ。黒髪少女の肩に刃が入る。


「つぅ!!」


 短髪少女はその勢いで、黒髪少女にのしかかってきた。そこで、驚く。身体が既に冷たくなっていたのだ。どのタイミングで死んだのかわからないが、死んでいるのにも関わらず、この短髪少女は闘っていたのだ。それには流石に恐ろしさを感じた。そうまでして、生きたかったのかと。同情はしないが、なぜか心が痛かった。同族を殺すのが、とても辛かった。いつも潔く死んでくれるのに、ジパルグ人は死んでも相手と刺し違えようとする。二度と闘いたくない相手だと悟った。


 顔を歪めた黒髪少女はのりかかってきた短髪少女を抱えて、優しく地面に横たわらせる。目が空いたままだったので、瞼を閉じさせて、黒髪少女はそのまま、入ってきた鉄門をくぐっていく。その後ろ姿はいつも見る凛々しい彼女ではなかった。重たい足取りで、とても、悲しい雰囲気が出てきた。

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