第31話 あの子と、自分。
狂ったように高笑いを上げる玄間。その姿はとても正気とは思えなかった。
だが激しい頭痛が俺を襲っているせいで、奴に構っていられる余裕はない。
そして頭が痛むと同時に、なぜかトワりんに似た女性が脳裏に浮かんでは消えていく。
俺に向ける明るい笑顔、料理が好きで毎回たくさん作ってくれた。仕事は真面目なのに、二人きりの時は甘えてきて……どの彼女もトワりんに似ているのに、どこか雰囲気が違う。これはいったい誰なんだ……!?
「この記憶は……どうして俺は知らないはずのトワりんのことを……」
「ははっ、どうやら元の世界での記憶を思い出し始めているようだね」
混乱している俺を見て、玄間は笑みを浮かべた。
玄間の言い方だと、この記憶は本物ということなのだろうか。
でも俺は現実にいた頃のことはほとんど忘れているし、そもそもこの世界での記憶しかないはず……。それともコイツが俺に何かしたのか?
玄間は椅子に座り直すと、落ち着いた様子を見せた。そしてゆっくりと語り始めた。
「君が思い出そうとしていることは全て事実だよ。なにせ私は君の記憶をもとに兎羽を……君の言うところの『トワりん』を作り出したのだからね」
「は……? どういうことだ……?」
玄間が言っていることがまるで理解できない。
俺の記憶を元に、ゲーム内のキャラクターであるトワりんを生み出しただって?
いやいや、そんな馬鹿なことあるわけがない。そもそも俺がトワりんを知ったのは、ハイスクール・クライシスがキッカケなんだぞ!?
非現実のキャラから現実の兎羽さんをって、それじゃ卵と鶏が逆じゃないか。
現実の兎羽さんに会ったこともない俺の記憶を元にする必要なんて、コイツには……。
「まず前提が違うのだよ、マコト。君は元の世界の兎羽を知っている」
玄間はデスクの上で片肘を突き、そこに顎を乗せながら語り始めた。
「大学を卒業後、私は完全な兎羽を手に入れるため、この世界を作り始めた。そのためにはよりリアルな彼女のデータが必要だった」
「ハイクラを作った時のデータじゃ足りなかったってことか」
「そうだ。あんなモブヒロイン扱いされた兎羽なんて不完全も良いところだろう?」
悔しいが、その点に関してはコイツに同意だ。メインヒロインも魅力的だったが、トワりんだって負けていない。
「私は大学院へ行くのをやめ、彼女と同じ会社へ就職しようとした。……だが兎羽は大学を卒業したあと、就職を辞退して行方をくらませてしまっていた」
タカヒロに振られた兎羽さんは、大学のあった地元を離れ、他県へ引っ越してしまった。
彼女に執着していた玄間だったが、あまりにも突然だったために見つけ出すまで時間が掛かってしまったらしい。
「一年を掛けて彼女の痕跡をかき集め、私はようやく見つけ出した。……だが、その時には既に他の男と結ばれてしまっていた」
「ま、まさか……」
「そう、キミだよマコト君。私にとって二番目に恨んだ人物こそ、元の世界におけるマコトなのだ」
そんな、現実世界でも俺とトワりんは恋人同士だったなんて……。衝撃的な事実を聞かされ、俺は言葉が出なかった。
つまり俺を殺したいほど憎んでいた理由は、交際していたことが原因だったという訳か。
「じゃあ俺が初対面のはずのトワりんを好きになったのって……」
「ふん。気に食わないが彼女に対する記憶が潜在的に残っていたんだろう。理屈は分からんがな」
しかしそうなると疑問が残る。
俺と玄間は出逢ったことなんて無いはずだ。どうやって俺から兎羽さんの情報を抜き出したんだ?
いや、待てよ。俺は確かにこの世界にくる直前、誰かに襲われたような――。
「……」
――あの時の男はやっぱり玄間だったのか。
俺は黙り込んでしまった。正直言って、思い出したくもない出来事だったからだ。
「ふむ、心当たりがあるみたいだな。まぁいいさ。それよりも話を続けよう」
思い出すだけでも吐き気がする。
玄間は特に追及することなく、淡々と言葉を続けた。
彼は俺を襲って拘束すると、自分の研究室に連れ帰った。
そしてすでにほぼ完成していた、このゲーム世界に意識を飛ばす装置に俺を接続したらしい。
「キミのおかげで、私の知らない兎羽のデータを手に入れることができた。そこ点に関しては、非常に感謝をしているよ」
「ふざけんな! 人を襲っておいて何が感謝だ!」
自分勝手で身勝手にも程がある。
人殺しをしておきながら平然と語れる神経を疑うぜ。
「あぁ、安心してくれ。現世のマコト君はまだ死んではいないさ。まぁ、兎羽のデータ収集が終わった時はこちらで処理しておくから心配はいらない」
「……なんだよ、それ」
「キミには分からないかもしれないが、私にとってはキミを殺すことも兎羽を取り戻すための過程に過ぎないのだよ」
狂っている。コイツはもう人間じゃない。完全に頭がイカレてるヤバい奴だ。現実じゃ兎羽さんを手に入れられないからって、ゲームの中に逃げ込んだのかよ。
「そんなに睨むなよ。それにキミだって、この世界で良い思いをしたんだろう?」
「なっ……」
玄間は嘲笑しながら俺を見下した。
まるで見透かしたように、俺の心の内を言い当ててきたのだ。
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