第25話 ようやく、見てくれたね。
トワりんの住むマンションに到着した俺は、エレベーターに乗り込む。そして最上階まで上がると、ドアの前に立った。
はやる気持ちを抑えて、ゆっくりとチャイムを鳴らす。
すると中からドタドタという音が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
「あっ、おかえりなさいマコト君!」
「(おかえりなさいって……なんだか夫婦みたいだな)」
今すぐ抱きしめたくなるのを我慢して、ただいまと返す。
トワりんは俺が何か反応をするか期待していたのか、ちょっとだけつまらなさそうな表情を浮かべていた。
リビングに入り、二人並んでクッションに座る。トワりんの家に来るようになってまだ数日だけど、もはや定位置となっている場所だ。
隣のトワりんがコテン、と俺の肩に頭を預けた。
「ねぇ、DVDを観る前にイチャイチャしない?」
頬を赤らめながら、上目遣いで聞いてくるトワりん。その姿は反則的に可愛くて、思わず胸キュンしてしまう。
いつもならここで欲望のままに襲いかかっていただろうが、今日はそういう訳にもいかなかった。なぜなら――。
「ねぇ、トワりんって俺のどこを好きになったの?」
――俺はまだ、彼女の本当の気持ちを聞いていないからだ。
宇志川から言われた言葉を思い出す。もしも彼女が、俺に対して恋愛感情を抱いていなかったら。ただ都合のいい存在としか見られていなかったとしたら……。
「マコト君を好きになった理由……?」
彼女は首を傾げながらそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。
その沈黙が怖くなって、心臓が激しく鼓動を始める。緊張しながら待っていると、やがてトワりんは静かに口を開いた。そして、衝撃的な一言を口にした。
「うぅん。あらためて考えてみると、分からないかも?」
――はい? 予想外の答えに思考がフリーズする。
えっ? 俺のことが好きじゃないってこと?
う、嘘だろ……いや、ちょっとは覚悟していたけれど、本当に? あんなに甘えていたのに、あれも全部演技だったの? やっぱりアイテムなんかに頼った罰が当たったのか? でも好感度に関しては何もいじってないはず。まさかシステムがバグった?
俺の脳内は一瞬にしてパニック状態に陥る。そんな俺をよそに、トワりんはさらに追い打ちをかけてきた。
「正直に言うとね。最初は本当にどうしてマコト君と付き合うことになったのか、自分でも分からなかったの。だってマコト君は私の生徒だし、それ以上の関係じゃなかったでしょう?」
トワりんの言葉がグサグサッと胸に突き刺さる。
うん、そうだよね。確かにそうですよね。俺みたいなモブキャラがトワりんと釣り合うなんて最初から思ってないし、そもそも教師と生徒が付き合えるわけがないんだよな。
うんうん、分かっていたさ。だから気にしていないぞ。全然悲しくないからな!
どうやら俺の心は、既にブレイク寸前らしい。心の中で泣きながら、必死になって自分に言い聞かせている。
しかしトワりんは俺の心情など知る由もなく、トワりんは淡々と話を続ける。
「だけどマコト君の優しさに触れるうちに、いつの間にかキミのことがを好きになっていたの」
そこで一旦話を区切ると、トワりんは優しく微笑みかけてきた。その笑顔はとても美しくて、まるで女神のように慈愛に満ちたものだった。
俺はゴクリと唾を飲み込むと、彼女の次の言葉を待った。
「私のために一生懸命頑張ってくれる姿が大好き。たまに見せる男の子っぽいところとか、照れた顔が可愛いところ。あとは……って、もうダメ。恥ずかしくてこれ以上言えないよぉ……」
顔を真っ赤にしたトワりんは、両手で自分の頬を押さえる。その様子を見た瞬間、俺は確信した。
――あぁ、この子は間違いなく俺のことを好きでいてくれたんだ。
俺は嬉しさのあまり、衝動的にトワりんを抱き寄せた。突然の出来事に驚いた様子のトワりんだったが、すぐに大人しくなり、身体を預けてくる。
「あのね。私が思うに、好きになったキッカケとか理由なんて、何でもいいと思っているの」
トワりんは俺の頭を撫でながら優しい口調で言った。俺は黙ってその言葉を聞き続ける。
「だって私たち、何かドラマティックな出逢いや告白があったわけじゃないでしょう?」
……うん。アイテムで事実を捻じ曲げただけだしね。あらためて言葉にすると、ちょっと情けない。
というより、トワりん。俺との思い出がないことに気付いていたんだな。それなのにずっと、変わらず接してくれていたんだ。
「あはは、心配にさせちゃった? 違うの。過去に何かをしてくれたからって理由で好きになるとね。『じゃあ今は?』とか『将来はしてくれるんだよね?』ってどうしてもなっちゃうの。そうやって過去に縛られるの、私いやなんだ」
トワりんは父親からの愛情に執着していた時期があった。だから一方通行の報われない愛の辛さを知っている。たしかに過去ばかり見て、その人との未来を楽しめなくなったら終わりなのかもしれない。
「大事なのは、一緒にいる時間を好きになること。私はね、マコト君とご飯を食べたり、こうして話をしたりするのが大好きなの」
それは俺も同じだ。だからこそ、彼女と離れたくないと思った。そして今、俺が抱いている感情は紛れもない本物だ。
――なら、俺の取る行動は一つしかない。ゆっくりとトワりんから離れると、姿勢を正して彼女に向き直った。
「俺も、こうして貴女と共にいる時間が何よりも大好きです」
俺はトワりんの目をしっかりと見つめながら、心の底からの告白をした。
トワりんは「やっと私を見てくれた」とこぼしながら、大きな瞳から涙をハラリと流した。
そしてどちらからともなく、俺たちは唇を重ね合った。
これで良かったんだ。これでもう不安に思うこともない――。
「――ごめんね、マコト君」
「あ、れ……急にねむ、く……?」
唇を離した後、なぜか謝るトワりん。
だけどその理由を尋ねる前に、俺の意識は遠のいていった。
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