第4話 ジ、エンドってやつ。


「えっ!? 莉子ちゃんが僕の料理に悪戯を!?」


 柳嶋の暗殺計画をボカしながら説明してやると、タカヒロは目を丸くして驚いていた。こいつ、俺が命がけの戦いをしている間も女子とイチャイチャしやがって……。



「あぁ。柳嶋はお前の気を引きたかったんだってよ」


「タカヒロ殿、申し訳なかったにゃ。せつも構って欲しかっただけなんだにゃあ……」


 隣りにいる柳嶋莉子は猫語で謝罪すると、タカヒロにペコリと頭を下げた。


 アイテムを使った躾の甲斐あって、さっきまでの生意気な態度はすっかり鳴りを潜めている。



「悪戯ぐらい、別にどうってことはないんだけど……莉子ちゃん、その語尾はどうしたの?」


 突然変な口調へと変わってしまった柳嶋を心配するタカヒロ。高圧的で毒舌キャラだった彼女の変わりようも相まって、かなり怪しく見えるのだろう。



「あっ……あぁ、気にしないでくれ。これはちょっとした罰だから」


「そうだにゃん。ごしゅ……虚戯うつろぎ殿に調きょ……怒られて、せつも深く反省しているんだにゃん」


 おい、てめぇ。今なにを口走りそうになった?


 ジロと睨むと、柳嶋はテヘッと可愛く舌を出した。



「柳嶋はまだまだ反省が足りないみたいだから、あとでもう一回お仕置きが必要だな」


「ひっ!? せつのカラダが壊れちゃうから、手加減はして欲しいんだにゃん……」


 まったく、これだからメスガキは。ていうかあれでも一応、手加減はしたんだぞ?


 本当は自主規制レベルのヤバいアイテムがゴロゴロしているんだからな。



「なんだか良く分からないけれど……とにかく、マコっちゃんは僕のことを助けてくれたんだよね?」


『????の好感度が上がりました。(好感度:100%)』


「え? あ、あぁ……そうだな?」


 おっと……柳嶋のアホっぷりに気を取られていたせいで、イベント進行のことをすっかり忘れていた。取り敢えず、これで主人公と接触する最初のイベントは見事クリアだろう。


 ……っていうか、誰だよマコっちゃんって。会話するのはこれが初めてのはずなのに、いきなり好感度が爆上がりし過ぎだろうコイツ。


 プレイヤーとして操作していた時は何とも思わなかったけれど、この距離感の近さはなんというか……うん、イラっとくる。



「ありがとう!! 僕ってどういうわけか、いっつもトラブルに巻き込まれちゃうんだよね。……ねぇ、マコっちゃん。良かったらこれからも、僕のことをちょくちょく助けてくれないかな?」


「うえっ、俺がタカヒロを助ける!? あ、いや……うん。分かったよ」


「えへへ。僕って人見知りだから、なかなか男友達ができなくって……。マコっちゃんが一緒に居てくれたら、僕は凄く嬉しいよ!! これからもよろしくね!!」


 タカヒロは俺の手を握り、嬉しそうにブンブンと上下に振った。いや、ある意味ではシナリオ通りに進んだから別に良いんだが……。



「あ、あぁ。よろしく……」


 友達認定が早すぎだろ、タカヒロくんよ。そんな距離感がぶっ飛んだ付き合いができるんなら、友達なんて簡単に作れると思うぜ。


 しかも俺が助けたのはお前のためっていうか、自分のためなんだけどなぁ。



「コイツ、なんか怖いにゃ……純粋過ぎて、見ていると拙の心が浄化されそうだにゃあ」


「……言うな。これから長い付き合いになるんだぞ、きっと」


 しかしこの純粋無垢な好青年が、ゲームが進むにつれてヒロインにド変態鬼畜プレイをするようになっちまうだなんて……エロゲーだから仕方ないとはいえ、なんだか妙な感覚になってくるな。



「あら、虚戯うつろぎくんにもようやく友達ができたのね?」


「トワりん!? いや、俺は別にコイツとは……」


「コラッ。また変な呼び方をして。ちゃんと先生って言いなさい!……にしても、本当に良かったわ~」


「いや、だから……」


 いつの間にかやってきていた磯崎先生まで混ざり、場はさらに混沌としていく。


 ……ていうか、怒るトワりんも可愛いかよ。



「さぁ、みんな。お喋りも良いけれど、手を動かさないと授業が終わっちゃうわよ!」


「「「はーい!」」」


 こうして無事に最初の暗殺イベントを攻略した俺は、タカヒロたちと共にウナギの蒲焼きを作るのであった。




 ◇


「くそ、あんなところまで主人公補正がされるってズルいだろ……」


 放課後、俺は授業で食べたうな丼を思い返しながら廊下を歩いていた。


 タカヒロの作ったうな丼は悔しいほど美味かった。試食した奴らは俺も含め、全員がその味に魅了されたぐらいに。ついつい食べ過ぎてしまい、午後の授業はほとんど寝落ちする羽目になった。



「えっと、放課後はたしか家庭科部イベントだったっけ」


 最初の暗殺を防いだ後は、しばらく穏やかな交流イベントが続くはず。


 タカヒロの腕前に感心したトワりんが、自身が顧問を務める家庭科部に彼を誘うのだ。


 部活って言っても廃部寸前で、最初はマコトが一人所属しているだけ。


 そこへタカヒロが入部することで、彼を中心にヒロインが集まってくるという流れだ。



「まぁこれに関しては何も心配は要らないだろう。それよりも、明日以降のイベントの対策を練らないと……」


 ゲームと違って、主人公を思い通りに動かすことはできない。代わりに俺自身の手でハッピーエンドを目指さなくてはならないのだ。


 できる限りのイベントを思い出し、最適の行動を起こせるように準備せねばなるまい。



「失礼しまーす。トワりん居る~?」


 アレコレと考え事をしているうちに、目的の家庭科室に到着していた。部室となっている家庭科室の扉をガラガラと開ける。


 放課後まで寝てしまったせいで、ここに来るのが遅くなってしまった。トワりんとタカヒロはもう来ているはずだが――。



「……え?」


 驚くほど視界が真っ赤に染まっていた。


 窓から差し込む夕焼けのせいかと思ったが、それよりもさらに赤い。



「なんだよ、これ……」


 教室の床一面に広がる赤い海。


 そこに立つひとつの人影があった。



「い、磯崎先生……?」

虚戯うつろぎくん……どうしよう、私……」


 右手に包丁を持ったまま立ち尽くす磯崎先生。その頬は涙で濡れている。


(これはいったい……)


 ここに居るはずのタカヒロの姿が無い。


 ――いや、違う。


 俺が見て見ぬふりをしていただけだ。



 奴は最初から、調のだから。



「タカヒロ……どうして……」


 まな板の上で頭だけの姿になったタカヒロは、生気を失った瞳で俺を見つめていた。



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