第2話 ブツが立派な、エロゲーの主人公。


 信じたくはないが、俺はゲーム世界のキャラクターになっていた。


 それも“ハイスクール・クライシス”というエロゲーで、非業の死を遂げるモブキャラクターとして。



「待てよ? 俺がモブのマコトってことは、他に主人公がいるはずだよな……」


 まな板の上のウナギをザクザクと包丁でぶつ切りにしながら、俺はこのゲームの主人公について思い返していた。



 主人公の名前は“タカヒロ”。


 顔が良くて、勉強や運動の成績は学内トップクラス。


 股間のブツも素晴らしく、まさに天が二物にぶつを与えた男だ。



「タカヒロはたしか、マコトと同じクラスだったよな。ゲームの通りなら、この教室にいるはずなんだが……」


 獲物を探す目付きで、グルリと教室を見渡す。



「――まぁ、十中八九アイツだろうな」


 そんなハイスペックな奴がクラスで目立たないわけもなく。それらしき男子生徒はすぐに見つけることができた。



「タカヒロくん、すっごぉい!! マジで職人じゃん!!」

「うんうん、かっこいい!!」

「あはは、そうかな? ありがとう」


 奴は可愛い女子生徒たちに囲まれながら、包丁で華麗にウナギを捌いていた。


 タカヒロと呼ばれていたし、コイツが主人公で間違いないだろう。



「(日本のどこを探せば、そんなウナギを捌くプロの男子高校生なんているんだよ……なんて、エロゲーの世界で言ったら駄目なんだろうな)」


 ツッコミどころ満載な言動はともかく、タカヒロの放っている陽キャのオーラが凄まじい。


 心なしかアイツがいる場所だけ、キラキラとしたエフェクトが付いている気がするぜ。


 あれで主人公じゃなかったら、逆に驚くレベルだな。



「(さすがは主人公補正というべきか。しかし奴はこれから俺と同じく、命を狙われる運命だしな……嫉妬よりも先に同情心が湧いてくるぜ)」


 俺がそこまでこのイケメン野郎にムカついていないのには、とある理由がある。


 というのも実はこのゲーム、ヒロイン全員が主人公を狙う暗殺者なのだ。



(せっかくヒロインを堕として暗殺を防いでも、別のヒロインに殺される……そんなの、誰が羨ましがるんだっての)


 彼女GETで童貞卒業どころか、まさかの人生卒業である。


 健全な(?)エロゲーをやったことのある同志諸君ならお分かりだろうが、普通のシナリオならば特定のヒロインと結ばれてハッピーに終わるか、ハーレムエンドでウハウハな終わり方をするものだ。


 それを主人公が殺されてエンディングだなんて、このゲームを作った奴はいったい何を考えているんだか。


 きっと有名な鬱エロゲーをリスペクトしたかったんだろうが……シナリオに無茶がありすぎて、納得できないプレイヤーが続出した。



「まぁ、同人サークルが結成記念に作ったのが元らしいし。低予算だったんだろうなぁ」


 それで死ぬ羽目になったキャラクターたちは可哀想だけど。


 楽しそうに美少女たちとイチャつくタカヒロに、俺は少し憐みを込めた視線を向けた。



 あんなイケメン野郎はさっさと地獄に堕として、自分が主人公になり替わろう。そう思うのが普通なのかもしれない。――が、そうも言っていられないのがまた事実なのである。



「ゲームじゃ俺も巻き込まれて殺される流れだからなぁ。いわばアイツと俺は運命共同体ってやつか」


 どうして主人公やマコトがヒロインに命を狙われることになったのか?


 残念ながらそれはゲーム中で明らかになっていない。エロゲーにそんな設定など必要ない、という制作陣の考えがあったのかもしれない。


 だがその理由が分からない限り、俺の平穏なセカンドライフは永遠にやってこないだろう。



「(どうにかして黒幕を探し出し、暗殺を防がなくては)」


 生存ルートのキーとなるのはおそらく、マコトというキャラクター。つまり、俺だ。


 ゲーム開始直後のイベントでタカヒロの命を救い、彼の親友ポジションとなるキャラクター。


 作中の役どころは、金さえ払えばエロアイテムでヒロイン攻略のお手伝いをしてくれるという、非常に優秀なお助けキャラだった。



 しかもこのマコト、どういうわけか主人公との好感度が設定されている。そこから推察をするに、何かしらストーリーに深い関わりがあるのかもしれない。


 一部の奇特な女性プレイヤーたちは、主人公とのBLルートを発生させて楽しんでいたが……とにかくこのマコトというキャラクターは、謎の多い存在だった。


 まぁ俺が男を好きになることは絶対に有り得ないし、BLルートはひとまず置いておこう。それより重要なのは、マコトの持つ優秀なアイテムの数々だ。


 もしかしたら未だ発見されていない救済エンドが、どこかに眠っているかもしれない。



「(トワりん以外は正直どうでもいいし、暗殺ヒロイン共はすべてタカヒロに押し付けよう。生存ルートを探しつつ、俺はトワりんとの幸せを掴み取ってやるぜ!!)」


 せっかく最推しに出逢えたんだ。何が何でも俺はトワりんと結ばれてみせる。


 心の中で静かに決意した俺は、さっそく行動に移すことにした。



「――見付けたぞ、柳嶋やぎしま莉子りこ。タカヒロを狙う最初の暗殺者は、あの女だ」


 まずはオープニングイベント、“ウナギで毒殺を目論む金髪ギャル”の攻略だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る